18、感動した
そして、翌週の放課後。
「優児、それじゃ今日から手伝い、よろしく頼む」
「おう」
池との約束通り、今日から生徒会で手伝いをすることになった。
二人並んで教室を出ようとするのだが、途中で葉咲とすれ違う。
彼女と目が合うと、ハッとした表情を浮かべた。
その後、目を逸らしてから早足になって、教室を出て行った。
この間の一件から、ずっとこんな感じだ。
……大分嫌われてしまったみたいだ。
「あー……気にするな。別に夏奈は怒っているわけでも、優児を嫌ってるわけでもない」
表情に出ていたのだろうか?
池がすぐさま俺に声をかけてくれた。
「そうか、フォローありがとな」
「……ま、まぁ。それでいいか」
困ったように池は笑いながら、言った。
それから、俺たちは生徒会室へと向かうのだった。
☆
「田中先輩、もう来てたんですね。お、鈴木もか」
そして、生徒会室に到着すると、既に二人の男女がいた。
「優児、書記の田中先輩と、会計担当の同級生、鈴木だ」
と、池は俺に対して二人を紹介した。
「挨拶するのは初めてだよね? いつも生徒会の雑務を手伝ってくれてありがとう。三年の田中です」
人のよさそうな眼鏡を掛けた男子生徒、田中が俺に微笑みかける。
「本当はもっと早くお礼を言うべきだったと思うんだけど、中々機会がなくってごめんね。同じ学年の鈴木だよ。よろしくね」
大人しそうな女子生徒、鈴木も俺に向かって笑顔を浮かべた。
「え、あ、ああ。……よろしく」
俺は動揺を隠せずにいた。
悪評や噂を散々聞いているはずなのに、この二人は俺に笑いかけてくるのだ。
俺はどういうことかと思い、池を見る。
すると、彼は満足そうに笑った。
「そうだ、鈴木。竹取先輩はまだなのか?」
「うん、真桐先生の手伝いだって。職員室にいるんじゃない?」
「そうか。それなら、俺も少し職員室に行ってくる」
それだけ言って、池は生徒会室を出ようとする。
「ちょっと待て、池」
俺は池を呼び止める。
このまま取り残されたら、俺は正気でいられる自信がないぞ?
「安心しろ。仕事の説明は田中先輩がしてくれる。それに……」
口元に微笑みを浮かべてから、池は続けて言う。
「生徒会役員は、全員優児の味方だ」
池はそう言ってから、無慈悲にも生徒会室を出て行った。
……味方。
そうは言われても、ピンとこない。
これまで、優児と真桐先生以外にそう言える存在がいなかったのだから。
「池君の言う通り、安心してよ。僕たちは、友木君がいつも真面目に生徒会の手伝いをしていたのを知っているから、無駄に怖がったりなんてしないよ」
「うん、田中先輩の言う通り。ただ、顔はやっぱり怖いから、慣れるまで怯えることもあるかもだけど、許してね」
俺に向かって、二人はそんなことを言ってきた。
恐怖を感じさせない態度。
……俺は、それに感動した。
嬉しかった。
この時、俺は池がこれまで生徒会の仕事を手伝わせていたのも、これが狙いだったのではないかと気づいた。
やっぱり、池にはかなわない。
「……うす」
受け入れられた喜びを伝えたかったが、上手く言葉にできなかった。
俺は、つまらない返事をしていた。
「……それじゃあ、手伝ってもらう仕事の説明をしたいんだけど」
と、田中さんが口を開いたとき。
「こんにちはーっ、失礼しまーす!」
と、明るい声を出しながら生徒会室に冬華が入ってきた。
冬華は生徒会室にいる俺たち三人を見渡してから、
「……はれぇ!? 先輩が兄以外の人と普通に会話をしてる? はっ、もしかして! 先輩じゃ……ない!?」
「何言ってんだお前」
驚愕の表情を浮かべる冬華に、俺は呆れつつもツッコミを入れた。
「そうですね、こんな怖い顔の男子高校生なんて、優児先輩以外いませんよね♡」
てへ、と舌を出す冬華。
失礼すぎだろ、おい。
そんな俺と冬華のやり取りを見ていた田中さんが、彼女を見つつ言う。
「ああ、君は池君の妹さんだよね。初めまして、三年の田中です。君の噂は良く聞いています。今年の入試の成績は一位なんだってね。流石は池君の妹さんだ」
「池君の妹さんも手伝ってくれるなら、心強いかな。私は二年の鈴木。よろしくね」
二人は、俺に向けた時と同じように笑顔を浮かべて、冬華に挨拶をした。
一方、冬華は、「あはー、よろしくですー」と言いながら表面上は笑っていたが、その目は笑っていなかった。
「あ、ていうか、手伝いって何をすればいいんですか?」
即座に話を振る冬華。
彼女の問いに、田中さんが説明をする。
「友木君と池さんに手伝ってもらいたいのは、単純な雑用です。印刷室で過去問のコピーをとって、教科ごとにホチキス留めをしてもらいます」
「それだけですかー? なんか楽そうですねー」
「……有志とはいえ、参加者が200人近く、5教科の過去3年分のコピーだから。思っているよりずっと大変だと思うよ」
視線を逸らしながら、鈴木が答える。
「大丈夫ですよ! 大変でも、頼りになる先輩がいるので。ねっー、先輩?」
と、冬華は笑顔を浮かべながら俺を見る。
こいつ絶対俺に押し付ける気だろ……。
「そうだね、友木君がいれば、頼もしいよ。それじゃ、早速だけど印刷室に行ってコピーをお願いできるかな? 一組の参加者の回答だけ来ていないから、まだ人数が確定していないけど、先行して刷っておいてください」
「えー、一組ってウチのクラスじゃないですかー? 確か、出欠自体はもう取りまとめてましたよ?」
「そうなんだ。各クラスの委員長には今日が期限って言っているから、そろそろ来るはずだね。提出があったら、私がすぐに印刷室に伝えに行くよ」
「はーい、分かりましたぁ! それで、コピーする過去問って、どれですかぁ?」
彼女の問いに、「ああ、ごめんね。これのコピーをお願い」と、かごに入ったそれなりの量の紙束が俺に手渡される。
「それで、これがコピー機の使用方法と、各クラスの参加者数をまとめたものだから」
鈴木が一枚の紙を、冬華に手渡して言った。
「多分今日明日で終わる量ではないと思うので、そんなに焦らずに作業をしてください」
田中さんの言葉に、俺と冬華は頷く。
「それじゃ、早速行ってきまーす!」
冬華は二人に向かってそう言った。
俺も、一つ会釈をしてから、生徒会室を出て行こうとして……。
「失礼します。 ……って、あれ? 冬華。どうして生徒会室に?」
爽やかなイケメン男子生徒が、扉をひいて現れた。
「お、甲斐君じゃん! 私は少し用事があって。……ていうか、勉強会の出欠の提出、ウチらのクラスがビリらしいじゃん! 委員長としての、職務怠慢じゃない?」
「悪い、今後気を付けるよ」
どうやら、冬華のクラスの委員長らしい。
それにしても、さっきや今の会話を聞いていると、冬華は本当に俺と池と話をするとき以外は、猫を被っているんだな。
かなり、愛想がいい。
「すみませんでした、提出が遅くなって」
冬華から視線を逸らし、一言謝罪してから、田中さんへと出欠表を手渡した、甲斐と呼ばれた男子生徒。
謝罪する様子も爽やかだ。
田中さんは「気にしないで良いよ、遅れたわけじゃないんだし」と答えた。
甲斐は、ホッとした表情を浮かべて、それから初めて俺へと視線を向けた。
その爽やかな微笑みが、一瞬にして崩れ去った。
「友木っ……せん、ぱい。……なんで、ここに」
甲斐は、暗い声音でそう呟いていた。
その視線は、いつも俺が受けているように、恐怖や嫌悪感を抱くような視線。
……ではなく。
強い怒りを抱いた視線を、甲斐は俺に向けていた。






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