42、美女
週明けのHRのこと。
この時間は、もちろん文化祭の関係に時間を使うことになる。
今日は何をやるのだろうかと思っていると、教壇に立った文化祭実行委員の木下が、得意げな表情で口を開いた。
「山上先生が土日で劇の脚本を仕上げてくれました! 皆、拍手!」
その言葉に、山上が立ち上がり、「崇め讃えて!」と調子良く言った。
クラスメイト達は拍手を送りながら、
「流石ラノベ作家センセー!」
「ありがとう、ライトノベル先生!」
と囃し立てるように言った。
山上はギュッと目を瞑りつつ、
「い、今はライト文芸志望だし……」
と、涙目で言った。
どちらにせよ、作家志望のようだった。
別に恥ずかしがることもないだろうに、と思いつつ、配られて脚本に目を通す。
「ちなみに脚本については、このクラスに合うよう、私がオリジナル要素を加えてみたから」
オリジナル要素?
そう思いながら脚本のタイトルに目を通すと『美女と野獣』と書かれていた。
「山上先生、タイトルのルビが既にオリジナルからほど遠いのはどうしてですか?」
早速、山上に対して朝倉からツッコミが入った。
その言葉に、俺は激しく頷いた。
「……美女役はもちろん夏奈です」
なんと、山上はそのツッコミを無視して続けた。
「えーと、この『北関東愛の超巨乳美少女JKテニススケバン』っていうのはどういう意味?」
「最近の美女っていうのは、そういうものだとしか……」
夏奈の問いかけに、平坦な口調で答える山上。
「……色々言いたいことあるけど、それは絶対嘘でしょ」
「これが嘘じゃないんだよ、葉咲。他には『静〇県死のヴァイオ〇ンスケバン』とか『奈〇県怪光線〇釈迦スケバン』とか、全国各地に様々なスケバンがいるんだ」
「分かった、二人して私をからかってるんでしょ!?」
朝倉のフォローに、「もー!」と頬を膨らませる夏奈。
「いや、最近のスケバンは本当にそんな感じだ」
「優児君が言うなら、ホントなんだ。へー、凄いね!」
俺の言葉に素直に驚く夏奈。
そして、山上と朝倉は腑に落ちない表情を浮かべ首を傾げていた。
それから、脚本を読み進める。
当然、野獣役は俺だった。
魔女役に木下、家来役に朝倉と書かれている。
「ちょっと待って、家来役にパシリというルビはまだわかるけど、俺の名前にモブって書かれてるのはおかしいだろう。これ、陰湿ないじめだろ!?」
朝倉が違和感を抱いたのか、速攻で抗議した。
すると木下は、はぁ、と大きなため息を吐いてから答える。
「やだなー、一種の愛情表現じゃん?」
「……っ!? は、はぁ? テキトー言うなよな!」
と言いつつ、満更でもない表情で照れた様子の朝倉。
その様子をニヤニヤと眺めていた山上だったが、クラスメイトの視線が自分たちに向けられていることに気づいたのか、恥ずかしげに視線を逸らす。
いきなりラブコメを始めた二人に、クラスメイト達は戸惑いを隠せなかった。
「あらすじは、まぁまぁ普通だねー」
木下が空気を変えるためか、大きな声で言う。
もしかしたら朝倉のラブコメに一枚噛めなかったのが悔しいのかもしれない。
俺も脚本のあらすじ見る。
――北関東の治安の悪い町に住むテニスプレイヤーの娘、カナ。
ある日、カナは魔法をかけられた廃校舎に住むおそろしい野獣にとらえられた生活指導の先生の身代わりに、廃校舎に幽閉されてしまう。
その廃校舎では三角定規に姿を変えられた家来兼舎弟の朝倉が優しく出迎えてくれる。
美女と野獣が、共に少しずつ心を通わせあうようになり。
二人の間で、何かが変わり始める――。
あらすじを読み終わり、大筋は確かに美女と野獣だなと思うものの、いちいちルビがうるさくて目が滑る。
ただ、ツッコミどころやオリジナリティの問題については、ただの高校の文化祭の出し物であることを考えれば、それはそれで有りだろうと思った。
最終的なオチは、魔女の呪いによって強面になっていた野獣だが、テニススケバンとの間に芽生えた愛を知り、呪いが解けて元のハンサムな王子様になり、ハッピーエンドを迎える。
もちろん、ハンサムな王子さまは俺ではなく、「池」の役になっている。このキャスティングは正解だろう。
40分程度の尺だから、ある程度カットしてあるところもあるが、池も最後に出せるし、出番も少ないので彼の負担も、同様に少ないだろう。
これで良いのでは、と考えていると。
「あのさ、このラストって変えちゃだめかな?」
と、唐突に夏奈が提案をした。
どんなラストに変えたいのだろうか?
そう思っていると、夏奈が説明を始めた。
クラスメイトと共にその言葉を聞いた俺は――。
夏奈の意図するところは伝わるが、今のままのラストでも良いのではないか。
そう思ったのだが……。
「夏奈の意見に賛成だ。原案と離れた内容なのはタイトルからもすぐにわかるだろうし、オチを変えてもそう問題はないだろう」
池が、夏奈の案を支持した。
そして彼の言葉に、他のクラスメイト達も
「確かに、そっちのラストの方がこのクラスらしくて良いかもな!」
「原案と同じくらい良い話だと思うよ!」
など、続々と同意を示していった。
やや戸惑いつつ周囲の反応を窺っていると、文実である木下が立ち上がり、言った。
「それじゃ、ラストは変える方向で。それで良いよね、山上?」
「もちろん! 台詞とかの微調整は、任せてねー」
木下に話を振られた山上も、笑顔を浮かべて請け負った。
「それじゃ、あとは細かい配役と小道具や照明の関係を決めたら……ひたすら準備と練習! 皆で目指すよ、アンケート一位を!」
木下の言葉に、クラスメイト達はやる気を露わにして答えた。
そんな中、俺はラストの変更を提案していた夏奈に、視線を向けていた。
彼女は、俺の視線に気づくと、声を出さずに口元を動かす。
『ガ・ン・バ・ロ・ー・ね?』
彼女の口元を読み取った俺は、苦笑を浮かべつつも、頷いて応えたのだった。