41、無敗の女帝
「ああ、そうか。まだ言ってなかった。紅葉ちゃんとはあれからも連絡は取り合っているんだ」
別に悪いことは何もしていないので、俺はそう答える。
俺の答えに、
「優児さん、恋人に他の女の子と連絡取り合ってるのを隠すって、なんだか下心があるみたいでまずいんじゃないの?」
くすり、と小さく笑いながら、紅葉ちゃんが言った。
確かに、言葉の通りに受け取るとマズそうだ。
しかし相手は冬華もご存知の女子小学生の紅葉ちゃんであり、そもそも恋人もニセモノなのである。
マズい要素は一つもない。そんなことは紅葉ちゃんも分かっているはずだ。
きっと、何故か苛立っているように見える冬華の気配を察して、あえて冗談っぽく言ったのだ。
俺と同等のコミュ障だったにもかかわらず、いつの間にか空気を察して冗談を言えるようにまでなるとは……。
成長が嬉しいような、あっという間に差をつけられて寂しいような、そんな複雑な感情を俺は抱く。
「えー、紅葉ちゃんそれはないでしょー。別にカレピが女子小学生と連絡取り合っていても不安とかは一切ないけど? ただ、知らなかったからびっくりしただけなんですけど?」
固い声音のまま、冬華は言う。
彼女のその言葉を聞いて、なるほど、と俺は反省する。
つまり、俺の人間関係をフォローしてくれる冬華からしたら、黙って交友関係を広げられると対応できない場合が発生する、と。
一言くらい、報告するべきだったな。そう思っていると、紅葉ちゃんは「ふーん」と呟いてから、
「なんか冬華さん重そう。優児さん、疲れない?」
と言った。
冬華のこめかみに青筋が浮かぶ。
確かに、冬華からしてみれば、付き合ってもいない先輩の交友関係を、好意から面倒をみているだけなのに、そんな風に言われるとイラっとしてしまうだろう。
「そんなことはない。俺はいつも冬華に助けてもらって感謝している。ありがとう、冬華」
そう俺が冬華に伝えると、
「は、は~? 私が大好きな先輩のこと助けるのは当然だし? 別にお礼とかいらないんですけど?」
視線を伏せつつ、早口に言う冬華。
機嫌が直ったようで一安心だが、しかし、今度は逆に紅葉ちゃんの機嫌が斜めに。
……一体どうなっているんだ。
「あ、ベイ〇レードやってる! あたしも混ぜて―!」
そんな雰囲気も関係なしに、桜ちゃんが先ほどの男子小学生たちを見つけ、駆け寄りながら言った。
「お、おう桜か」
「別に良いけど。お前バレーの練習もあるだろうし、一回だけな」
「いいよー、ありがとう!」
そうお礼を告げてから、桜ちゃんは男子からベイブ〇ードを受け取った。
桜ちゃんの登場に、男子諸君が挙動不審になっていた。
きっとドギマギしているのだろう。
そして、桜ちゃんは男子と勝負し、
「あー、負けちゃったー!」
一瞬で負けていた。
「桜、相変わらずよっわー」
「双子なのに、姉妹で全然違うのなー」
「その紅葉様は、今日いないのか?」
男子小学生の話題に、ふと上がったのは、桜ちゃんの双子の妹である紅葉ちゃん。
……いや、紅葉様?
そう思い、紅葉ちゃんを見ると、彼女は顔を真っ赤にして視線を泳がせていた。
どうしたのだろうか、そう思っていると、桜ちゃんが言った。
「紅葉もいるよ。ほら、あっちに」
彼女はこちらにいる紅葉ちゃんを指さした。
男子小学生たちはそれぞれ嬉しそうな声を上げながらこちらに歩み寄ってきた。
それに伴い、竹取先輩も再びこちらへ来て、俺の隣に立った。
「あ、紅葉様!」
「今日こそリベンジさせてくれよ、紅葉様!」
やたらとハイテンションな男子生徒たちに、
「ちょ、ちょっとそういうのホントやめて……」
かなり動揺する紅葉ちゃん。
「……なんで紅葉様?」
俺の問いかけに応えたのは、胸を張る桜ちゃんだった。
「この男子たちはよくここで遊んでて、あたしも今みたいに混ぜてもらうんだけどね。前に紅葉も一緒に遊んだら、一回も負けなかったの。それから男子たちの間では、『無敗の女帝紅葉様』って言われるようになったんだよ」
「たまたまなのに……」
桜ちゃんの解説に、紅葉ちゃんはげんなりとした様子で答える。
「そう言いつつ俺たちのリベンジをいつも返り討ちにする!」
「俺たちにできないことを平然とやってのけるッ」
「そこにシビれる! あこがれるゥ!」
安直なジョジ〇ネタは個人的にNGなのだが、当の本人たちがとても楽しそうなので、それも良かろうと思った。
その愉快な様を眺めていると、
「今日は本当に勘弁して……」
と、紅葉ちゃんが弱々しく言う。
すると男子生徒たちは「そっかー」と残念そうに言ってから、立ち去っていった。
哀愁漂う紅葉ちゃんの背中に、なんと声をかけたものか迷っていると。
「あらー。紅葉様は、恋よりもベイの方が得意なんだねー」
と揶揄うように言った。
「……私も悪かったので、今日は勘弁してください」
涙目で言う紅葉ちゃんに、冬華も焦る。
「や、やー。ごめんね紅葉ちゃん、私も意地悪言いすぎちゃった」
と冬華は気まずそうに謝った。
「……お互い様、ですね」
「ん、そだね」
紅葉ちゃんはそう言い、冬華も苦笑する。
……俺には正直よくわからなかったが、二人はどこか互いを認め合ったような表情をしていた。
「紅葉、そろそろ学校に行かないと、練習に遅れちゃう!」
桜ちゃんが、紅葉ちゃんの肩を叩いて言った。
紅葉ちゃんはその言葉に頷いてから、俺を見て口を開く。
「善人くんに聞いたけど、文化祭あるんですよね。私、絶対に行くし、優児さんの劇も楽しみにしてるから」
「おう、ありがとう。見かけたら声かけてくれよ」
俺の答えに、紅葉ちゃんはコクコクと首を縦に振った。
「それじゃ二人とも、またねー」
桜ちゃんが紅葉ちゃんを引っ張るように連れて行き、二人は小学校へと向かって行った。
それを見送った俺に、冬華が唇を尖らせて言った。
「彼女の前で他の女と文化祭で会う約束しちゃうとか、先輩は酷い男ですねー」
「そう言うんじゃないのは、話を聞いていたら分かるだろう」
「どーでしょーねー?」
胡乱気な眼差しを向けつつ言う冬華に、俺は苦笑をする。
今日は妙な絡み方をするな、と思っていると。
「モテモテだな、優児。まさかホ〇ハーレム以外にもロリハーレムのフラグを立てていたとは、正直恐れ入ったな」
唐突に、揶揄うような声が耳に届く。
見ると、竹取先輩が得意げな表情を浮かべていた。
俺と冬華は互いに顔を見合わせてから、
「竹取先輩……いたんですね」
率直な感想を告げた。
竹取先輩は表情を変えないまま、
「竹取先輩だって傷つくことがある。お前たちは、それをちゃんと知るべきだ――」
だけど、どこか寂しそうな声音でそう言った。
それを聞いて、ほんの少しだけ――ほんのわずかだけ。
俺と冬華は反省をするのだった。
☆
ちなみにその後。
冬華と一緒に向かったのは、ハンモックカフェだった。
椅子の代わりに設置されたハンモックに座り、ゆっくりと揺られながら嗜むコーヒーはとても美味く、落ち着いた店内の雰囲気と相まって、誰かさんのせいでめちゃくちゃ疲れた心身をリフレッシュすることが出来た。
「いやー、素晴らしいですね!」
ハンモックの心地よさに心を奪われた冬華。
「コンセプトカフェの参考になったか?」
と、俺が問いかけると、「うーん」と少し考え込む仕草をしてから、
「流石にハンモックをいくつも学校に持ち込むのは無理なので、あんまり参考にはならないですね!」
断言をした冬華。
それは来る前に分かったんじゃないか? とマジレスしそうになったが、
「うーん。そうかもなー……」
と、ツッコミを放棄する俺だった。