37、HTT
「あら、優児さん」
黒田と白井と話をした翌日の休み時間。
廊下を歩いていたところ、偶然顔を合わせた竜宮に、声をかけられた。
「おう、竜宮」
俺は手を挙げて応えると、彼女は微笑みをもって応えた。
このままスルーするのもどうかと思ったので、立ち止まり話しかける。
「昨日、黒田と白井と、少し話をした」
「あら、そうだったのですね。何を話していたのでしょう?」
「生徒会のことだ。白井は大変だけど先輩に教えてもらいながら、やっていけてるって」
「ああ見えて彼、素直なので教える側としては助かるんですよ」
クスリと笑ながら、竜宮は続けて言う。
「それで、黒田さんは、なんと話していたんですか?」
「黒田は……」
と言いかけてから、流石にあのいやらしい妄言を聞かせると、こいつは調子に乗るだろうな、と気づく。
「池も竜宮も、中々手ごわいだと。……生徒会長の座を虎視眈々と狙っているんじゃないか?」
色々と言葉を選び、俺はそう言った。
「あら、それでは今後は、もう少しきつめに躾ないといけないかもしれませんね……」
言葉とは裏腹に、楽しそうにそう言った後、「なーんちゃって」と笑いながら言う竜宮。
「そうか……」
なんだか竜宮の様子がおかしい気がした俺はそう呟いた。
今日の竜宮はいつもに比べて偏差値が高そうに見えるというか、成績学年トップクラスの美少女副会長に相応しく見えるというか……。
違うはずだ。
本当のお前はもっと――
ポンコツのはずだろ?
そう訝しみつつ竜宮を見ていると、
「どうしたんですか、怖い顔をして?」
きょとん、と首を傾げて尋ねられた。
「……機嫌が良さそうだと思ってな」
俺がそう言うと、竜宮はパァっと表情を明るくさせた。
そして、照れた表情でもじもじとしながら、
「えー……、気づいちゃいました?」
と、上目遣いでそう言った。
俺は自分から話を振ったにもかかわらず、めんどくさいことになりそうな予感がして、
「ああ、すまない。勘違いだった。それじゃあもうクラスに戻る」
じゃあ、と告げて歩こうとしたところで、
「そうなんです、実はとても良いことがあって」
と、俺の腕を掴み、逃れられないようにしてから、周囲に聞こえないよう、囁いた。
「最近会長……私のこと、好きみたいなんですよ」
「いや、竜宮はこの間振られたばかりだろ」
何を言っているか理解が出来なかったが、とりあえず妄言を垂れ流す竜宮にツッコミを入れる。
すると、竜宮は小さく「はぁ」と溜め息を吐いてから、
「私に告白をされてから、意識をするようになった。そういうことでしょう。今頃、どうしてあの時振ってしまったんだと、激しく後悔をしているはずです」
うっとりとした様子で、そう言った。
俺は愕然とし、何も言えなくなった。
「初心な会長は告白する決心がつかず、しかしそれでも私と一緒に居たいから、生徒会選挙で勝ち残ろうと必死になり、無事に会長になりました。そして私を副会長にとお誘いしてくれたのでしょう、そう考えるのが自然です。これが恋愛心理戦、というものなのでしょう」
黒田と同レベルのことを言っていた。
やはりこいつと黒田は仲良くなれるだろう
「それになんだか最近、優しいんですよね、会長」
池はいつだってみんなに優しいので、それは間違いなく気のせいだった。
「つまり総合的に考えて、会長と私はもうお付き合いをしていると言って過言ではないでしょう……!」
まるで成長していない……。
図らずも谷◯の動画を見た安◯先生と同じ感想をたつみやにたいして俺は抱いた。
しかし。
「そうか、それは良かった! それじゃあ俺は、教室に戻る。じゃあ」
日々、わずかながらも成長し続ける俺は、これ以上はめんどくさいことになる前に、さっさと教室に戻ろうとして……。
「時に優児さん」
残念ながら、俺の回避行動は未然に防がれてしまった。
俺の腕を捕まえる竜宮の手に、さらに力が入っていた。
「会長から聞きましたけど。クラスで演劇をされるようですね。しかも、役者として舞台に立たれるとか」
妄言を垂れ流すのを止めた竜宮が、文化祭の話を振ってきた。
俺はホッとして頷いてから、
「具体的に何をするかは、まだ決まってないけどな」
と、彼女の言葉に答えた。
「そうなんですか。でも、楽しみです。とても面白い試みだと思いますから」
上品に笑いながら、竜宮は言う。
そして続けて、
「ちなみに、生徒会役員も、実はステージ発表をするんですよ」
人差し指をピンと立て、そう教えてくれた。
「そうなのか。ちなみに何をするんだ?」
「バンドですよ。二曲ほど演奏するんです」
「バンドか。文化祭の準備でも忙しいのに、大変なんじゃないか?」
激務の生徒会に、練習の時間を確保できるのだろうかと、至極真っ当な疑問を抱いた。
しかし竜宮はというと、得意げに胸を張って答える。
「心配はご無用です。放課後、ティータイムを行なっていますので」
「お前は本当に漫画が好きだな……」
「優児さん程ではないですよ」
フ…、と志々〇真実のように不敵に笑いながら、竜宮は言った。
いい加減にしろ、という言葉を俺は呑み込んだ。
「まぁ、放課後にティータイムは冗談でして。生徒会のバンド演奏、実は恒例行事でして。去年も演奏をしましたので、慣れたものなんですよ」
そうだったのか。
俺は去年の文化祭はサボっていたので、知らなかった。
「ん? 黒田と白井は今年からだけど、二人とも楽器ができるのか?」
俺の問いかけに、竜宮はゆっくりと首を振った。
それから嬉しそうに口を開いた。
「あの二人のツインボーカルです。楽器が出来ない役員は、ボーカルを割り当てられるのが習わしです。ちなみに去年は竹取先輩がボーカルでした」
わざわざ楽器が出来ないと強調してから竹取先輩の名前を出すあたり、彼女の人望のなさが垣間見えてつら……くはないな。
内心俺がそう思っていると、竜宮は手首に巻いた腕時計に視線を落とし、「もうすぐ休み時間、終わっちゃいますね」と呟いた。
「これからお互い忙しくなりそうですが、体育祭に続いて楽しい文化祭になるように、私も生徒会として尽力いたします」
そして、俺と目を合わせ、優しい声音で言った。
一般生徒を慮る生徒会副会長の一面を見た気がする。
「ああ、俺も今年の文化祭は楽しみにしてる」
俺の言葉に竜宮は満足そうに頷いた。
それから俺に向かって、
「それでは、失礼しますね」
そう言ってから会釈をして、彼女は自らの教室へと戻った。
まるで成長をしていない、かどうかは分からないが。
ちゃんと生徒会副会長してるんだよな、と俺は彼女の後姿を見ながら、そう思うのだった。