35、毎週の楽しみ
文化祭。
それは体育祭に並ぶ高校生活の一大イベントだ。
この学校も例に漏れず文化祭が開催される。
――というわけで、今俺の所属するクラスでは、HRで文化祭に関する話し合いが行われていた。
「それじゃあ、文化祭実行委員が決まるまで、このHRの進行を代理で務めさせてもらう。誰か、立候補者はいないか?」
教壇に立ち、池が通る声で言った。
各クラスから一名選出し、生徒会と協力して文化祭のあれこれを進めるのが文化祭実行委員だ。
クラスの連中は互いに顔を合わせ、ふざけながらも「お前がやれよ」「メンドクセーよ、お前こそ」などと、言葉とは裏腹に楽しそうに話をしていた。
「池君がするのはダメなのー?」
クラスの女子の誰かがそう言った。
誰もが認める完璧超人、池ならばきっと、楽しい文化祭の実現をしてくれる。
クラスの皆がそう思っているのは、間違いない。
「生徒会役員は文実との兼任が出来ないことになっているんだ、すまない」
苦笑を浮かべつつ、池は言った。
「そっかー」
と残念そうに応じる声。
彼女も、ダメ元で言ったのだろう。
池の言葉を聞いて、では誰がふさわしいかとクラスのあちこちで話が行われる。
誰も立候補がないまま、しばらくして。
「あ! 選挙管理委員会で副委員長もしていた友木は?」
どこかから、俺の名前が挙がる。
まさかここで俺の名が呼ばれるとは思いもしなかったため、驚いた。
クラスメイト達はその意見に対し、
「あり! 実務的には委員長よりもよっぽど働いてたらしいし、良いんじゃね!?」
「今度こそ委員長やっちゃえ!」
など、意外と好印象だった。
「優児はやってみたいと思うか?」
みんなの意見を聞いて、池が俺に問いかける。
俺は肩を竦めて言う。
「推薦してもらえるのはありがたいけどな。選管も面倒ごとは多かったが、文実もそうだろう? 積極的にやりたいとは思わないな」
俺がはっきりと言うと、「確かに……」とクラスの連中も苦笑する。
文実は多忙だと聞く。俺と同じように、積極的にやりたいという者は誰もいなかった。
「それなら、ここは公平にくじ引きになるが、みんな良いか?」
池の言葉に、投げやりな様子のクラスメイトが頷く。
文実に選ばれるのは、約40人に1人。誰もが自分には当たらないと考えていることだろう。
適当に用意したくじを引いて、そのなかで当たり(もしくは外れ)を引いたのは……。
「うっわ、引いちゃった……」
割と休み時間中に朝倉と話すことが多い、同級生の仲では大人びた女子である、木下だ。
周囲は自分が文実にならなかったことでホッとしていた。
そして、「頑張れよー」などと、気楽に木下に声をかけていた。
彼女は憂鬱そうに溜め息を吐いてから、「仕方ないっかー」と呟いてから、池と進行役を変わろうとする。
「よろしくな」
池が木下に笑いかけると、まんざらでもない様子で、「はーい」と答えた。
「あ、そうだ。一つ皆に言っておきたいんだが」
それから、教壇を降りる前に、池が口を開いた。
「ウチの高校では、受験を控えた三年は文化祭が自由参加になる。つまり、クラス一丸となって文化祭に参加できるのは、今年が最後だ」
「だから俺は、このクラスの皆で、絶対に忘れられない文化祭にしたいと思っている。……具体的には、ステージ部門か、展示や出店部門かは問わないが、投票で一位になりたい」
この学校の文化祭では、池が言った2部門で、文化祭に来場した一般客にアンケートをとって、どのクラスの出し物が最もウケたかを最後に発表している。
「一位になっても、ちょっとした記念品が受け取れるだけだが。それよりも、みんなと一緒に頑張ったという思い出が、俺は欲しい。……と思うんだが、みんなはどうだろうか」
池の言葉に、クラスメイト達が互いに顔を見合わせる。
それから、
「当たり前だっての!」
「体育祭でもウチらのクラス大活躍だったし?」
「また文化祭でも伝説作っちゃう?」
クラスの連中は、楽しそうに答えた。
「ありがとう、みんな」
そう言ってから、池は今度こそ教壇を降り、進行役を木下に譲った。
木下は呆れた様子でクラスメイトを見た後に、
「それじゃ、一番を目指すために、私たちは何をするか決めよっかー」
と、出し物の意見を聞く。
「はい!」
と早速挙手したのは、木下の親友であり、よく朝倉をからかっている、小柄な女子生徒の山上だった。
木下が山上に意見の発表を求めた。
「やっぱりウチのクラスの強みは、生徒会長であり全校生徒や先生たちから慕われる池君がいることだと思うの。だから、池君を前面に押し出した企画……。星の王子さまの劇なんて、どうかな?」
山上の意見に、「え、それめっちゃあり」「超見たい」「もう決定じゃん」などとクラスメイト達が沸く。もちろん、主に女子たちが。
その周囲の様子を満足気に眺める山上に、
「あー、すまない。生徒会の関係で、練習時間を十分に取れない可能性がある。流石に劇の主役をするのは、難しい」
と、気まずそうに池が言うと、
「それなら、テ〇スの王子様! テ〇ミュ! テニスウェアは夏奈が持ってるし!」
と鼻息を荒くして山上は言った。
「そう言う問題じゃないだろ」
「むしろそれは別の問題があるだろ」
「私のテニスウェアをどうするのかな?」
木下と朝倉と夏奈が、続けて冷静にツッコミを入れていた。
池を主役とした劇の企画は一旦流れ、クラスメイト達はそれぞれ好き放題に意見を言い合う。
タコ焼き屋台、お化け屋敷、コスプレ喫茶、合唱など、割と定番な意見が出る。
「でもここら辺って、インパクトに欠けるよね。一位を狙ってやるよりも、大滑りを怖がってやるイメージかなー」
木下がこれまで挙げられた意見を一言で切り捨てていた。
その言葉で、新しい意見が挙げづらくなったように思えたが、再び山上が呟く。
「……友木君入れて演劇やったら、めっちゃインパクトなくない?」
……再び俺の名前が呼ばれた気がするんだが。
流石に気のせいだよな。
「ある」
「それは楽しそう」
「絶対一目置かれるね」
好意的な反応が聞こえる。
「私も良いと思う! 優児君が主役、僭越ながらこの私がヒロインでラブストーリーとかだと、最高だと思うかな!」
立ち上がってから夏奈が興奮した様子で言った。
ここぞとばかりの夏奈の熱烈なアピール。
そして、朝倉を筆頭に男子勢の恨めしがるような鋭い視線が、俺の肌を刺している。
「ま、待ってくれ。俺に演技なんて無理だぞ?」
このまま担ぎ上げられる前に、俺はみんなに向かって行った。
「大丈夫だ、友木。だってお前は毎週……」
俺の不安に応えたのは、自信満々の様子の朝倉だった。
毎週俺が一体何をしているというんだ……? と考えていると。
「アク〇ージュを楽しみにしているだろ?」
きらりと光る白い歯を覗かせながら、朝倉がサムズアップをしてきた。
「楽しみにしているけれども……」
俺はただただ、困惑を浮かべるしかなかった。
「アク〇ージュは置いといて。一位を狙うって言っても、所詮は高校の文化祭レベルだから、そこまでガチで演技する奴はいないだろ」
「どっちかっていうと、演技よりも気持ちの問題じゃね。無理強いするようだったら、やめた方が良いよな」
「やってる側が楽しくなくっちゃね」
朝倉の戯言は見事にスルーされ、クラスメイト達が俺に優しい言葉をかけてくれる。
……主役ってわけじゃないだろうし、ちょい役で出るくらいなら、確かにインパクトはあるかもな。
俺が客観的にそう考えていると、
「私としては。ラブストーリーじゃなくっても、優児君との劇は楽しそうだからやってみたいかなー」
優しい声音で、夏奈がそう言った。
それから、俺も考えてみる。
このクラスの連中と、一緒に劇をすることを。
「……まぁ。悪くはないかもな」
俺が言うと、クラスメイト達が一斉に笑う。
「それなら、とりあえずは決まりってことで」
嬉しそうな表情で、木下は黒板に『演劇』と書いて、それを大きな〇印で囲った。
その文字を見てから、俺は池へと視線を向けた。
彼も、こちらの視線に気づいたのか、満足そうな笑顔をこちらに向けてきた。
……間違いなく、記憶に残る文化祭になるな。
俺はそう思うのだった。