34、後方彼女面
選挙が終わり、数日が経過していた。
生徒会のメンバーは、池が声をかけ、既に固まっていた。
副会長と書記は前期から引き続き竜宮と鈴木。
そして会計には、一年生立候補者の黒田。同じく一年立候補者の白井も、庶務を担当することになった。
新しい体制でスタートを切ったばかりの生徒会だったが、誰もが不安を抱くことはなかった。
何故なら、完璧超人の池が、引き続き生徒会長を任されたからだ。
……とはいいつつ、池も疲れればちょっとした失敗をすることもあると、俺はそんな当たり前のことを
最近知った。
まさか俺を生徒会に誘うとは……。
彼が無理をしないように、俺も陰から支えよう。
そんな風に考える俺はというと、選管副会長とかいう厄介ごとから解放されて、いつも通りの日々を過ごしていた。
いや。
いつも通りとは言えなかったかもしれない。
俺が選管を終えたことの影響は、個人的にとても大きいものだった。
☆
「先輩、寄り道しましょっか?」
放課後、冬華と共に下校中のこと。
隣を歩く彼女が、楽しそうにそう言ってくる。
「ご機嫌だな」
「そりゃそうですよ! 選管とかいうめんどーなのが終わって、放課後フリーになってるんだから、楽しまなくっちゃですよ!」
「選挙が終わってから、毎日そう言ってるな」
俺が呆れたように言うと、
「ゆうじ先輩は、可愛い彼女と放課後デートするのが嫌なんですか?」
冬華はいつもの調子で、あざとさ全開で上目遣いで言った。
「……それで、どこに行くんだ?」
俺は説得を早々に諦める。
「ゲームセンター行って、今日こそリベンジですよ!」
「連敗記録を更新するだけだろうがな……」
フッ…と俺が嗤うと、
「マジで先輩はもうちょっと手加減覚えるべきだと思うんですよ。普通に引きますからね?」
真顔でそう告げる冬華。
……今日は少しだけ接待プレイで頑張ってみよう、そう思うのだった。
そんなやり取りをしていると、背後から肩を叩かれた。
振り返るとそこには、同じ選管だった二年の男子がいた。
スポーツウェアを着ているし、恐らくは部活動中だろう。
「おっす、友木。今から帰り?」
気安い調子で話しかけられる。
後ろにいた男子生徒が二人、蒼い顔をして震えていた。
「ああ、帰りだ。部活、頑張れ」
俺はそっけなく答えた。
そっけなさ過ぎて、いつも通りのコミュ障っぽい返事をしてしまった。
隣で聞いていた冬華が、ニヤけた笑みを浮かべていた。
「ああ、サンキュー。友木は、……放課後デート楽しんでこいよ。じゃな!」
爽やかな笑みを浮かべた彼に、
「……ああ」
と、否定するわけにもいかず、俺は苦笑を浮かべつつ返答した。
男子生徒は後輩を連れて、外周を走るためだろう、校外へと向かう。
「ちょっと先輩、友木さんみたいな極悪非道なヤンキーといつの間に仲良くなったんすか?」
「マジ強面過ぎてちびりそうだったんすけど……」
俺の前を過ぎ去って、早々に後輩二人が言う。
……聞こえてるんだよなぁ、と思っていると、
「あいつ怖いの顔だけで、成績含めて普通に良いやつだから。お前らも怖がる必要ないぞ」
彼は笑顔を浮かべつつ、二人の後輩にそう言った。
「……そういや、俺のクラスの選管だった奴も、良い人って言ってたような……」
「それはそうとして、ちびりそうなんすけど……」
「それは普通に催しているだけだから、お前は便所にさっさといけよ……」
といったコントをしながら、走る彼らの背中は見えなくなった。
「……先輩は、どんどん色んな人に認められますね」
優しい声音が、耳に届いた。
「お陰様で。……誤解している人間はまだまだ多そうだけどな」
俺はそう応えつつ、冬華に視線を向ける。
そして、彼女の表情を見て、俺は驚いた。
優し気に笑ってはいるのに、どことなく寂しそうな表情を受かべる冬華。
どうして、そんな表情を浮かべるのか。俺にはその理由が想像できなかった。
そんな俺の視線に気づいたのか、冬華はハッとした表情を浮かべてから、一つ咳ばらいをして、
「応援していたインディーズバンドがメジャーデビュー決まったら、きっとこんな気持ちになるんですね……」
涙を拭う仕草を見せながら、冬華はお道化て言った。
「その後方彼女面はやめてくれ」
「いやいや、実際彼女ですし? 先輩を育てたのは実質私と言って過言ではないんですけど?」
揶揄うように言う冬華が、ギュッと俺の手を握り締める。
それから、挑戦的に俺を上目遣いで見つつ、
「つまり、先輩のことを一番近くで応援しているのは、私ってことですから」
と、力強く言った。
実際、そうなのだろう。
俺はそう思いつつも、やはり気恥ずかしかった。
いつもならここで、『ニセモノ』の彼女だけどな、と茶化すのだが……それをしない。
なんだかんだで対人スキルが上がった今の俺なら、ここからユーモアにあふれる切り返しができるのではないか?
いや、出来ずとも、挑戦しなければ成長はないと思い、
「これからも応援よろしく!」
と、微妙にテンションを上げ、バンドのボーカル(あくまで俺のイメージ)っぽく答えた。
俺の反応を見て、「えぇ……」とドンびく冬華を見て。
ちょっと友人が増えたからって、コミュ障が調子に乗るもんじゃないな、と肝に銘じる俺だった。