32、新生徒会
――そして、放課後。
選挙日当日、最後の演説は終了し、選挙結果を集計し終えていた。
これから校内放送で、選挙結果が流れる。
その後、俺は掲示板に選挙結果を掲示する段取りだった。
「しっかし、下馬評通りの、面白みのない結果だな」
隣に立つ竹取先輩がつまらなさそうにそう言った。
「失礼な言い方ですけど。大方予想通りになりましたね」
竹取先輩の言葉に、俺も同意した。
改めて、俺はその掲示される予定の文書に目を落とす。
『池春馬 生徒会長選挙当選』
……今回の選挙は、波乱も番狂わせも何もなく、つつがなく終了していた。
「一年は白井に軍配が上がったみたいっすね」
選挙の結果を思い返しながら、俺は呟く。
全体の支持率で言うと、白井9%に、黒田が6%。
一年二人の支持率は、白井が勝利していた。
「まぁ、黒田は自爆っぽかったすけどね」
竹取先輩は「ハン」と鼻で笑ったから頷く。
「あいつの主張は極端すぎるからな。白井の方が良いと思う奴も少なくないよな」
黒田は本当に全校生徒に「恋愛禁止」のことを話していた。
逆に、そこまでやって6パーセントも支持されるのは、中々凄いことだと思う。
「白井は、不器用で頼りない感じはしたけど、真摯に学校のことを考えたのが分かるスピーチでしたしね」
立候補を取りやめたい、なんて言っていた白井が立派に壇上に立ち、そしてこのように支持されたことに、俺は実は感激していた。
「乙女も、かなり善戦したんだけど、やっぱり駄目だったな」
「そうすね。竜宮は応援演説に鈴木を指名して、任期を一年終えた者の実績に基づいた演説で、かなり良かったですけど」
そして池の対抗馬だった竜宮はというと、支持率32%。
一年二人の合計の倍以上だったが、それでも池には及ばなかった。
「まぁ、乙女と春馬については、それ以前の根回しの段階から勝負をしていたんだろうから、単純な演説の良し悪しではないだろうけどな」
「根回し……」
「なんだ、あいつらがグレーな手段を使って票集めをしていたかもしれないのが、気に入らないか? 優児はお友達のあいつらに、潔白でいて欲しいのか?」
意地の悪い表情を浮かべて言う竹取先輩。
俺は首を振ってから答える。
「知略謀略を尽くして勝負、っていうのは。意外とあいつららしいなと思っただけっすよ」
俺が言うと、タイミングよく校内放送が流れた。
『選挙結果を発表します。当選したのは、2年A組の池春馬候補です』
わぁっ、と校舎の方から歓声が上がる。
池の当選を喜ぶ声なのだろう。
「……まぁ、その結果がこれってわけだ」
池は応援演説に、先輩後輩関係なく人望があるサッカー部の部長に頼んでいた。
その爽やかかつユーモアのある応援演説により、浮いていた票をしっかりつかんだのだろう。
それに何より、池の一年間の会長生活をみていた生徒が、自然と彼にいれていた。
そして、池も票集めをしていた。
支持率は過半数を超える52%。
残りの1%は、無記名による無効票だった。
「ダントツ一位での当選も、池にとっては当然の結果、なんでしょうね」
「……ここまでは、そうだろうな」
含みを持たせた言い方の竹取先輩に、俺は不思議に思う。
「ここまでってのは、どういう意味すか?」
それから、彼女は俺をじっと見てから、口を開いた。
「……さーな。てか、さっさと校舎戻るぞ」
そう言って、竹取先輩は俺に背を向け、校舎に向かって歩いて行った。
一体何だったんだ? そう思いつつも、俺も校舎へと歩くのだった。
☆
教室に戻ると、多くの連中に祝福を受ける池の姿があった。
既に放課後で、他のクラスの者も、当然のようにいた。
その池の前に一人の少女が歩み寄ると、周囲がスペースをさっと空けた。
「悔しいですが、負けました。……おめでとうございます、会長」
悔しそうな表情で、しかしそれでもどこか満足そうにそう言ったのは、竜宮だった。
互いに全力を尽くした戦いだったからなのだろう、負けても後悔はない、というところだろう。
「ああ、ありがとう。ついては竜宮に、一つお願いがあるのだが」
「なんでしょう?」
「次期生徒会副会長、頼まれてくれるか?」
池の言葉に、ハッとした表情を浮かべてから、優しく微笑んだ竜宮は答える。
「はい、もちろんです……!」
周囲の連中が、二人のやり取りをはやし立てる。
まるで告白のようなシーンだったからだろう。悔しそうな眼差しを向けつつ、ホッとした様子の女子生徒が、なんと多いことだろう。
「悪い、これから生徒会室に向かわないといけない、みんな、ありがとう」
そう断って、池は教室を出る。
それから、生徒会室へ見送られつつも向かって行った。
……そう言えば、俺はまだ何も声をかけていなかった。
折角だし、帰り際に一声かけていこう。
そう思って、俺も生徒会室へ向かったのだった。
☆
生徒会室の扉を叩くと、どうやらまだ部屋に入ったばかりだった池が出迎えてくれた。
「どうした、優児?」
池の問いかけに、俺は答える。
「まだ当選のお祝いを言ってなかったと思ってな。おめでとう、池会長」
池がそれを聞くと、ニヤリと笑う。
「ああ、ありがとう。優児も、選管お疲れ様」
「おう」
池からのねぎらいの言葉に、俺も答える。
「というか、当選初日から生徒会の仕事か?」
俺が苦笑しつつ問いかけると、彼は首を横に振った。
「いや、そういうわけじゃない」
「そうなのか? ……それならなんでここに?」
様になる微笑みを浮かべてから、彼は言う。
「できるだけ人のいないところで優児に話したいことがあってな。他クラスの生徒もいる教室の中では話しかけづらかっただろうが、生徒会室に移動すれば、義理堅い優児のことだから、こうしてついてきて、当選を祝ってくれると思っていた」
「……俺は、そこまで分かりやすい性格しているか?」
「まぁ、な」
ふふ、と苦笑を浮かべる池。
俺は照れくさくなりつつ、彼に問いかけることに。
「それで、話したいことってなんだ?」
俺の言葉を聞いた池は、一つ頷いてから、俺の目をまっすぐに見つめた。
それから、彼はゆっくりと口を開く。
「優児。生徒会役員になってくれないか?」