31、下馬評
部活動のある委員は既に退室し、残った委員にも疲れが見え始めたころ。
竹取先輩は暗くなり始めた外を見てから、
「今日はそろそろ店じまいだ」
作業中の委員の皆にそう告げる。
各々がその言葉に反応し、凝った身体をほぐしつつ、片づけをさっさと済ませて、あっという間に退室をしていった。
残ったのは、俺と冬華と竹取先輩の三人だけだ。
他の委員が帰った後に、この三人で情報共有をするのは決まったパターンだった。
それぞれの担当の進捗報告を行ってから、俺たちも帰ろうかと思っていると、
「それにしても、今日も大忙しだったな、友木委員長?」
竹取先輩が、揶揄うように言った。
ちょっとした雑談のつもりだろうと思い、俺は軽く応じる。
「自分に人望がないからって、俺に当たるのはやめてもらえないっすか?」
俺の反応に、「えー、辛辣ぅ……」と呟く竹取先輩。
ちょっと気の毒だったので、フォローの言葉を入れる。
「俺は結構竹取先輩に感謝してますよ。副委員長に指名してもらったおかげで、他の委員に認めてもらったんで。今は随分、居心地が良いです」
「竹取先輩の見る目が正しかったっていうのはあるかもしれませんが……それは普通に優児先輩の頑張りだと思いますよ?」
冬華が呆れながら言うと、竹取先輩も続く。
「確かにな。それと、優児が怖がられている間は、冬華が上手く間に入ってくれていたおかげも大きいだろうな」
「ああ、その通りだと思います。ありがとうな、冬華」
俺は竹取先輩の言葉に頷いて、冬華にお礼を告げると、
「彼女の私が先輩に尽くすのは、当然じゃないですかぁ?」
悪戯っぽい笑みを浮かべつつ、冬華は言う。
俺はその言葉を受けて、「いつも悪いな」と苦笑する。
そのやり取りを、竹取先輩はじっと見ていた。
「どうしたんすか?」
不思議に思った俺は、竹取先輩に問いかける。
彼女は、「あー……」と言ってから、
「いや、何でもない。気にするな」
と、どこか含みのある言い方をした。
俺と冬華は顔を見合わせて互いに首を傾げた。一体何を言おうとしたのだろうか……?
しかし、そのことを思案する間もなく、
「ところで、お前らは誰が当選すると思う?」
と、竹取先輩が言った。
「本命は池で、対抗が竜宮。……一年は無理だと思いますね」
池は一年間の任期を全うした大本命であり、竜宮もその池を一年間副会長として支え続けている。
この二人の実績と、そして人気ならば、どちらが当選してもおかしくはないと思う。
俺の言葉の後に、今度は冬華が言う。
「兄さん一択ですね。乙女ちゃんにも、勝ち目があるとは思えないです」
池の勝利を疑わないその言葉。
しかし、冬華がそう言ったことを、俺は意外とは思わなかった。
誰よりも近く、長く池の能力を見せつけられてきたのだから、彼女が池の勝利を疑わないのも、当然だろう。
「冬華の言う通り、どうせ当選は春馬だ。見どころは、乙女がどれだけ得票数を伸ばせるか、ってところだな」
竹取先輩は、つまらなさそうにそう言った。
それから彼女は少しだけ考えてから、
「それよりも、当選した春馬が、優児をどの役職で生徒会に誘うか。そこを話した方が面白かったか?」
と、普通に考えてありえないことを言った。
この高校では生徒会長に当選したものが、各役員の任免権がある。
「副会長に竜宮、会計は引き続き鈴木。書記と庶務は一年の立候補者に声をかける。……俺の入り込む余地はないですよ」
「私は、優児先輩が副会長のポストで声をかけられる可能性も高いと思いますけどね」
俺の言葉に応えたのは、冬華だった。
「あたしも冬華と同じ考えだ」
二人の自信満々な表情に、俺は呆れてしまう。
しかし、そんな俺に、竹取先輩は続けて言う。
「ありえない、と思っているかもしれないけどな……あたしに言わせれば、優児は春馬のことを何も分かってない」
真直ぐに向けられた視線。
これまでのどこか気の抜けた会話からの差に、俺は一瞬言葉に詰まる。
「流石に何もわかってないってことはないですよ」
「……そうだと良いんだけどな。それじゃ、そろそろあたしは帰る。戸締り、頼んだぞ!」
そう言って、竹取先輩はさっさと立ち上がり、部屋を出て行った。
あの貧乳、適当言って面倒ごと押し付けて帰っていったぞ……。
「先輩、心の声漏れてますけど」
「……声に出してたか」
「まぁ、先輩はわかりやすいので、別に声に出していなくても、大体思ってることはわかりますけどね」
くすくすと笑いながら、冬華は俺に向かって言う。
それから、
「竹取先輩の言ったこと。そんなに深く考えなくって良いと思いますよ」
「それは言われるまでもない」
冬華の問いかけに俺は答える。
「それなら、良かったです」
笑いかける冬華と並び、俺はその日、帰路につくのだった。
☆
そして、あわただしい日々が過ぎ。
いよいよ、生徒会選挙の当日となった――。