29、ナイスマッチョ
「黒田お前……頭大丈夫か?」
不満気な表情を浮かべる黒田の頭が心配になり、俺は率直な感想を言う。
「な、失礼なことを言わないで下さい! 現生徒会は池会長と竜宮副会長がイチャイチャするために用意された場であることは、周知の事実じゃないですか!」
「……手遅れだったか」
「どうしてそうなるんですか!?」
懸命に俺の言葉を否定しようとするが、それはこちらのセリフだった。
冬華も、目の前の黒田の醜態にドン引きのご様子だ。
「本当に分からないんですか? 池会長も竜宮会長も、これ見よがしにイチャイチャとしていますし、田中先輩と鈴木先輩も、実はこっそり仲良くしていますし……。生徒の代表である生徒会がそういう不純異性交遊に現を抜かしてはいけないと思うんです!」
竜宮が聞いたら大喜びをしそうなことを黒田は言う。
しかし、田中先輩と鈴木は、確かにそういう仲なのかもしれないと俺も思うので、頭ごなしには否定できない。
「それに比べて、竹取先輩はそう言った浮ついた噂がありません協調性に欠けるかもしれませんが、不純異性交遊に現を抜かさないあたり、現生徒会で最もマシといえるでしょう」
と、黒田は竹取先輩を褒めたたえ……たように見せかけ、バカにしてるだろ、これ。
正直俺は黒田の竹取先輩に対する扱いに笑ってしまいそうになる。
「先輩、そろそろ行きましょー」
と、俺が楽しんでいると、冬華に声をかけられる。
その表情はどこか不愉快そうだった。
竹取先輩が小ばかにされてご機嫌斜めなのだろうか、そう思っていると……。
「うわ、友木が立候補者に絡んでるぞ……」
「あれ大丈夫か?」
「先生呼ぼっか?」
「でも、池妹がいるし……」
などと、こそこそと話をする、通りがかりの生徒たちがいることに気が付いた。
……冬華は、この周囲の反応が気に入らなかったのか。
俺は振り返り、思っているようなことはないと告げようとして……
「うわっ!」
「逃げろ!」
何も言わない内に、蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「先輩、朝から堅気のもんにガンを飛ばしちゃダメじゃないですか! でも、落ち込むことはないですよ、スカッとしました!」
先ほどとは打って変わって上機嫌な冬華が、親指を立てながら俺に向かって言う。
冬華なりのフォローなのはわかっている。俺は苦笑を浮かべつつ、「そうだな」と応じる。
それから、ふと気がつく。
「黒田は、俺に対して全く怯えないんだな」
冬華ですら初対面ではビビった俺の強面に、怯えずに堂々と話せた女性は、真桐先生と購買のおばちゃんを除くと、この黒田が初めてだ。
「私を、その他大勢の外見だけで人を判断するような輩と一緒にしないで下さい」
ときっぱりと言ってから。
「そもそも、制服越しにでもわかる友木先輩の鍛え抜かれた筋肉を見れば、すぐにわかります! 悪行に手を出すような性根の腐った人であれば、その機能性にあふれた肉体は手に入れられません! よっ、ナイスマッチョ!」
一瞬煽られたのかと思いきや、その真剣な眼差しに彼女が純粋な好意で言ってくれたのが分かり、俺はなんだか照れた。
そしてさっきの愛の園発言といい、今の褒め方といい、かなりズレてるなと疑いようなく理解した。
「さて、そろそろ挨拶運動に戻りたいので、最後に一つ、冬華さんに言っておきましょう」
「え、私?」
突然呼ばれた冬華は、戸惑ったように反応した。
その表情を見てから、ゆっくりと彼女は頷き、口を開く。
「良いですか、私が生徒会長になった暁には、冬華さんに副会長をしてもらいます! ……本当は、応援演説も頼みたかったけど、選挙管理委員になってしまっては仕方ないです」
びしりと指さした
「いや、そんなこと言われても……」
勧誘を受けた冬華は、分かりやすく戸惑っていた。
しかし、冬華が生徒会か。
俺は彼女が副会長として仕事をしているところを想像する。
面倒見が良く、明るく優しくコミュニケーション能力も高く、そして優秀。
……普通に有りだろう。
「良いんじゃないか? 冬華はしっかりしているし、優秀だし。生徒会として生徒の代表をするのは、悪くない」
俺が思わず呟くと、
「そうですよね!? 友木先輩、不純異性交遊は見逃せませんが、やはり見る目がある……! 決めました、私が当選した場合、友木先輩にも何らかの役職を与えます! もちろん、適切な冬華さんとの距離感も守ってもらいますけど!」
今度は俺を、びしりと指さした。
「それではお二人とも、私の当選を楽しみにしていてください! では、失礼します」
そう言って、校門前に向かう黒田。
勢いがありすぎて、何も返答が出来なかった……。
そう思っていると、
「捕らぬ狸の皮算用……飛ぶ鳥の献立……」
冬華がボソッとことわざを口にした。
俺はゆっくりと頷いた。
「なんか、私が思っていたよりもずっと変な子でした」
「拗らせてたなー。……竜宮には、かなり好かれそうだけどな」
「そうですね、流石にあの言い分には私もびっくりしましたよ。兄貴と乙女ちゃんがラブラブとか、めっちゃじわるんですけどー」
けらけらと笑いながら、冬華は続けて言う。
「変な子でしたけど。優児先輩を怖がらないところは、私的にはプラス査定ですね。万が一生徒会会長に当選したら、優児先輩とセットで生徒会に入ることを前提に、前向きに検討するのも良いかもです!」
悪戯っぽいその表情を見て、俺はその言葉に答えないまま、口を開く。
「ともあれ。竜宮といい黒田といい。冬華は男子だけじゃなく、どこか拗らせた女子にまでモテモテだな」
俺の一言に、ムッとした表情をしてから、次にニヤリと笑みを浮かべてから冬華は言う。
「あれあれ先輩? もしかしてモテモテな私に、ジェラシー感じちゃってます? 彼女が他の子に取られちゃわないか心配で、でも素直にそう言えないプライドに葛藤してる感じですか? えー、チョー可愛いんですけど??」
……ここぞとばかりにウザい冬華。
ここまでウザいのは久しぶりだったが……なんだか微笑ましくなり、俺は答える。
「いや。そういうところも自慢の恋人だ」
俺が言うと、冬華はニヤついた顔を硬直させ、それから俯いた。
こちらに全く顔を見せないまま、
「いやいや先輩……。急に200㌔のど真ん中ストレートを放られても困るんですけど……」
と、彼女は震える声で言った。
表情は見えないが、彼女の耳が真っ赤になっているところを見るに、とても恥ずかしがっているのだろう。
その反応を見た俺は、ふと我に返り。
「悪い……」
自分の言ったことを思い返し、恥ずかしすぎて気まずい思いをする、バカな俺だった――。