26、おだて上手?
立候補者の募集期間は過ぎ、週が明けた月曜日の放課後。
選管委員長の竹取先輩、副委員長の俺と書記の冬華は、パソコン室でとある4名の生徒の前に立っていた。
「んじゃ、とりあえず簡単に立候補者に向けて説明会をするぞー」
委員長である竹取先輩が口を開く。
今回の集まりは、立候補者に向けた説明会だ。
選挙管理委員が受け付けた立候補者は、2年が2名と1年2名。
顔見知りである池と竜宮以外は……正直言って良く分からない。
「まずは、選挙期間だがー……」
竹取先輩が説明をしていると、立候補者の視線は彼女に集まる。
俺はその傍らで、冬華に耳打ちをする。
「一年の立候補者二人は、どんな感じなんだ?」
冬華は、俺を一瞥してから答える。
「あっちの男子の方はあんまり知らないですけど。多分クラスのお調子者みたいな感じですね。ノリで参加しちゃったんじゃないですかね?」
その言葉に、男子を見ると、確かにチャラチャラしていて、そしてヘラヘラとした雰囲気だった。
「まぁ、みんながみんな真面目に立候補するわけじゃない……よな。それじゃ、もう一人の女子のことは知っているか?」
「女の子の方は別クラスですけど、良く知ってますよ。成績優秀で、とても真面目な子です。この立候補も、学校をよりよくしたいって、純粋に思っているからだと思いますよ」
「学年一位の才女が言うと嫌味っぽく聞こえるぞ」
「そ、そんなつもりはないんですけど!?」
不満そうに、ムスッとしながら冬華は言った。少し意地悪なことを言ってしまったかもしれない、と思いつつ、俺は、その女子へと視線を向ける。
なんだか不機嫌そうな表情を浮かべ、こちらを見ていた。
……俺と冬華が二人で話していたのが良くなかったのだろう。
すぐに口を閉ざすと、彼女はふんと鼻を鳴らし、竹取先輩の説明に耳を立てる。
俺にビビらずあんな態度を取るとは、中々肝が据わった奴だ、と内心評していると、冬華が俺の服を引っ張る。
どうしたのだろうかと思い、冬華へ視線を向けると、彼女は悪戯っぽく言う。
「私たちが仲良くおしゃべりしてるとこ、見られちゃってたみたいですね?」
そういう事言ってると、また怒られるだろう。
無言のまま視線を向け、俺は冬華に抗議をするのだが、彼女は気にした様子もなかった。
☆
「んじゃ、説明は以上だ。正々堂々、選挙を戦い抜いてくれよ。……はい、解散だ!」
竹取先輩の説明が終わると、雑に解散の宣言がされた。
一年女子は、すぐに席を立ち、俺を軽くにらんでから廊下へと出た。
やはり、良い度胸をしている。もちろん、いい意味でだ。
次に席を立ったのは、一年男子。
俺を視界の端で伺いつつ、そそくさと部屋を出る。
……俺に対する怯えが見て取れる行動だった。
池と竜宮はというと、二人で話をしていた。
おそらくはまた竜宮が何かしらのアプローチをしているのだろう。
それから二人は、こちらへと向かってきた。
竹取先輩に向かって、竜宮は微笑んでから言う。
「お疲れさまでした。……まともに委員長のお仕事をされていて、少しびっくりしてしまいました」
「乙女てめぇ、喧嘩売ってんのか……?」
竹取先輩がこめかみをひくつかせていると、
「でも、安心しました。竹取先輩が真面目にやれば、心配は不要ですね」
池がフォローの言葉を放つ。
「ま、この一年は役員だったくせに、ろくに活動をしていなかったからな。終わりよければすべてよし、ってやつだ」
「それは自分で言わない方が良いんじゃないすか?」
竹取先輩の言葉に、俺は思わず突っ込む。
「優児、お前は本当に竹取先輩をいじめるのが好きだな……」
竹取先輩がおどけて言う。
別に好きで言っているわけではない。ただ本当に竹取先輩がちょっと、あれなだけだ。
そう思っていると、池が噴き出した。
「竹取先輩のフォローは、優児に任せたら大丈夫そうだな」
「優児さんのフォローは、冬華さんがするでしょうし。良い役割分担が出来て良さそうですね」
竜宮も微笑みを浮かべつつそう言った。
「ま、そうですね! 優児先輩は私がしっかりフォローするので!」
といって、冬華は俺に向かって微笑んでくる。
なんだか気恥ずかしくて、俺は無言で頷く。
「……さて、この後にも選管で打ち合わせがあるだろうし。俺たちはここら辺で帰るか」
「そうですね」
「じゃあ、みんな。選挙のサポートをよろしく頼みます」
池と竜宮はそう言ってから、部屋を出て行った。
「……さて、と。これでいよいよ本格的に選管のお仕事が始まるわけだが。優児と冬華にはお願いしたいことがある」
「なんすか?」
珍しく真面目な表情を浮かべた竹取先輩が、俺と冬華に向かって言う。
「ここからは立候補者との折衝だけじゃなく、教員側とのやり取りも増えてくる。で、あたしは選管の代表として、教員側とのやりとりを基本引き受ける。そうなると、あたしが不在の時間も長くなってしまうんだが……」
それから、彼女は続けて言う。
「優児、お前はあたしのいない間、選管のまとめ役をやってくれ」
……俺は副委員長なのだから、委員長不在の場合は俺がまとめ役になるのは自然だ。
冬華のサポートがあるからといって、不安がないわけではない。
そう思っていると、
「あたしは春馬や乙女と違って、一人じゃ何にも出来ないし、する気もない。だから、とことんお前らを頼りにしている……任せても、良いよな?」
竹取先輩が、穏やかに笑いながらそう問いかけてくる。
彼女のその言葉を聞くと、なんだか、悪い気はしない。
……俺って、意外とのせられやすいんだな、と苦笑しつつ応える。
「うす」
「私も、頑張りますからね」
冬華も、俺の言葉の後にそういう。
竹取先輩はというと、ホッとしたように、緊張を解いた。
それから、
「良かった。それじゃあたしは明日、教員側との打ち合わせがあるから。二人は選管のまとめの方をよろしくな!」
悪びれることなくそう言った竹取先輩。
……彼女は何も悪くないはずだが、その無邪気な表情にイラっとする俺も、悪くはない……はずだろう。