21、事後報告
竹取先輩から選管に誘われた翌日の休み時間のこと。
珍しいことに、竜宮が教室に来ていた。
池に用事でもあるのだろうか、と思っていると、
「池くん、竜宮さんが、用事があるんだって!」
やはり、そうだったようだ。
池は立ち上がり、教室の扉付近へと向かおうとしたところで、
「あら、すみません。間違えてしまいました」
と、竜宮が言った。
何を間違えたのだろうか?
気づけばクラスの連中も、竜宮へと視線を向けていた。
そんな中……
「優児さんをお願いします」
ニコリ、と微笑みを浮かべた竜宮が言った。
彼女の言葉に反応したクラスの連中が一斉に俺を見た。
そして、俺はその視線に驚き、思わず怪訝そうな表情を浮かべる。
すると、俺の表情を見たクラスの連中が一斉に俺から目を逸らした。
……久しぶりの「天丼」ネタだった。
しかし、俺は腑に落ちない。
クラスメイトはもう、俺のことを怖がってはいないはず。
なのにこの対応は、一体どういうことなのだろう?
そう思っていると、クラスメイト達が視線を逸らしながらもサムズアップをしてきた。
……結局、一体どういうことなのかは分からない。この反応は、心底謎である。
池が俺を見る。
俺は一つ溜め息を吐いてから、立ち上がり池の下に歩み寄る。
それから、「池も一緒に行ってもらって良いか?」と俺は声をかけた。
池が一緒では話せない用事ではないはずだ。
その場合は、もっとこっそりと声をかけてくるはず。
俺の言葉に、池は苦笑を浮かべつつ、「ああ、もちろんだ」と返してくれた。
それから二人で竜宮の目前に立つ。
「あら、会長も来られたんですか?」
竜宮は、ツンとした様子でそう言った。
どうせ『押してダメなら引いてみろ』みたいなベタな恋愛本の知識を実践しているだけだ。
池は気にした様子も見せずに、答える。
「優児と竜宮が何を話すのか、少し気になってな」
すると、竜宮は「そ、そうですか?」と、かなり嬉しそうに応えた。チョロいな、こいつ……。
「それと、俺はもう会長じゃないからな」
続けて、池が言う。
その言葉に、キリリと表情を引き締め、意地悪い笑みを浮かべて、竜宮は言う。
「あら、そうでした。次期生徒会長には、私がなる予定なのに……失礼しました」
そう謝罪し、ぺこりと頭を下げる竜宮。
どうやら先ほどの俺の考えは、勘違いだったようだ。
押してダメなら引く、どころか。ごり押しに来ている。
これは、かなりわかりやすい挑発だ。
池がどのように反応するのか伺うと……彼は、楽しそうに笑った。
それから、
「いや、それはまだ分からないぞ。次期生徒会長には……優児がなるかもしれないんだからな」
池は、そう言った。
ああ、応援演説は任せてくれ、と言っていたあれか。
そういえばまだ池にも、誰にも、選管になることを伝えていなかったな。
そう思い、そのことを説明しようと思ったのだが……。
「え、それは一体どういうことですか、優児さん……?」
と、竜宮が冷たい声音で問いかけてきた。
その瞳には一切の光が宿っておらず、妙な迫力があった。
……こいつはこいつで、俺に応援演説を頼みたい、とか言っていたのを思い出す。
頭の片隅にしかなかったので、正直そんなに重視していなかった。
俺は、少しだけ悪いことをしたなと思いつつ、二人に向かって言う。
「二人には言ってなかったが、竹取先輩に誘われて、選管に入ることにしたから、立候補はしない」
俺が言うと、二人は渋い表情を浮かべた。
というか、竹取先輩の名前が出た時点でちょっと嫌そうな表情になっていた。
「……どうした?」
俺の問いかけに、竜宮は言う。
「今回の選管、田中先輩にしていただく予定だったのですが、普段はやる気のない竹取先輩が、妙にやる気を出していたんです」
「ただの気まぐれだと思っていたんだが、わざわざ優児に声をかけたとなると、何か妙なことを企んでいるのかもしれないなと思ってな」
今度は、池が続けて言う。
俺に声をかけたことがそんなに関係あるのだろうかと思っていると、竜宮が口を開いた。
「竹取先輩は、夏休み明けくらいから、生徒会で優児さんの話をするたびに、思案している様子でした。おそらくは、何かちょっかいがかけられないか、考えていたんでしょう」
「そして、このタイミングで優児が声をかけられたってことは、その企みのために動き始めた、ということだろう」
「……色々と反応に困るな」
俺の話を生徒会でされていたのはむず痒いし、竹取先輩の良く分からない企みも困惑するしで、言葉にした通り反応に困る。
「だけど、一番は挑発という意味合いが強いのかもしれないな」
池は呟き、それから続けて言う。
「『友木が選管にいるのに、あんたは何もしないつもりか?』 ……と、言われているような気になる」
池の言葉に、ピクリと反応をする竜宮。
それから少し思案し、口を開いた。
「確かに、その意味合いが強そうですね。……挑発に乗る必要は全くないとは思いますが。会長……いえ、元会長は、このまま私に生徒会長を譲っても、よろしいのでしょうか?」
ここぞとばかりに挑発する竜宮。
ごり押しが酷い……っ!
俺は竜宮のドヤ顔を見ながらそう思う。
あまりにも安い挑発で、ここまですれば逆効果なのでは、と思っていると。
「……そうだな、選挙に出ることを前向きに考えてみよう」
と、意外にも池はそう言った。
「そ、そうですか? 会長が立候補するとなれば手ごわいライバルになるでしょうが……私も、負けるつもりはありませんので」
喜びを押さえられない様子の竜宮。
声は上ずり、口元はニヤケ、それでも澄ました顔で、彼女は言った。
「ああ、その時は正々堂々と勝負だな。……もうすぐ次の授業だし、竜宮も遅れない内に自分の教室に戻った方が良い」
池は微笑みを浮かべてそう言い、自席へと戻っていった。
俺も戻るか。
そう思っていると、
「少し予定とは変わってしまいましたが……結果オーライです」
と、竜宮に背後からささやかれた。
振り替えてみると、らしくもなく竜宮はびしりと親指を立てている。
その顔に浮かぶ笑顔は、とても嬉しそうだった。
「それは良かった」
俺は本心を呟き、自席へと戻る。
そして、少しだけ。
竹取先輩は何を考えているのだろうか、と答えがあるのかすら定かでないことを、ほんの少し思案するのだった。