20、既読スルー
「優児先輩のくせに、私からのメッセージ既読スルーとか、マジ酷くないですかぁ?」
機嫌悪そうに言うのは冬華だ。
竹取先輩と別れ、メッセージを返すよりも教室に向かった方が早いと考えた俺は、冬華に返信をしなかた。
そして、二年の教室で、不機嫌そうな彼女に会い、こうして不満をぶつけられているのだった。
「悪い、少し用があった」
「……別に、何もなかったんだったらそれで良いんですけどね」
ぷい、とそっぽを向いて応えた。
俺が何かに巻き込まれていないのか、不安だったのかもしれない。
「心配してくれてたのか?」
俺の問いかけに、そっぽを向いたまま、冬華は答えない。
代わりに、耳まで真っ赤にする冬華。
ほぼほぼ、それが答えなのだろう。
「ありがとな」
「お礼を言われることじゃないですし? てゆーか、私の方こそHRが遅くなってすみませんでした、って感じなんですけど?」
キレ気味に俺は謝罪された。
……謝罪と受け取っても問題ないだろう。
俺は苦笑しつつ、
「気にしてない。お互い様だな」
と応える。
冬華は俺の言葉に振り向き、それからジロジロと窺ってきた。
そして、クスっと笑ってから、「お互い様ですね、せーんぱい?」と、揶揄うように言った。
どうやら、機嫌を直してくれたようだった。
俺はホッと安心してから、彼女に問う。
「そう言えば、HRはどうして伸びていたんだ?」
俺の質問に、「あー」と怠そうに応えてから、
「今度ある生徒会選挙の選管を一人選ばなくちゃいけなかったんですけどー……。HRの時間延ばして決めようとしたんですけど、選管とかメンドクサイこと、誰もやりたがらなくって。結局明後日までに立候補者がいなければ、くじ引きで決めることになったんですよねー」
「俺のクラスと変わらない……というか。どこのクラスも似たようなもんだろうな」
「そうですよねー。それじゃあ、先輩のクラスも、選管決まってないんですねー」
「いや、決まった」
俺が首を振ってそう答えると、冬華は目を丸くした。
「へー、そんな酔狂な人が先輩のクラスに! ちなみに、私の知ってる人ですかね?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、朝倉先輩でしょ!? 違いますか?」
ふふん、と間違った回答をドヤ顔で言う冬華。
なぜそうなったのか、気にはなったので問いかける。
「なんでそう思ったんだ?」
すると、得意げな表情をしながら、胸を張る冬華。
「まず、兄貴は選管をするよりも、生徒会に立候補する方が可能性が高いと思ったので除外。葉咲先輩はテニスがあるのでこれも除外。優児先輩は言うまでもなく除外」
「おい」
言うまでもなくってなんだ、と抗議をしそうになるが、抑える。
俺の不満を華麗にスルーしつつ、冬華は続けて言う。
「そして、私の知っている先輩のクラスメイトは、残り一人だけ……」
指を一本立てて、彼女は続けて言う。
「消去法で行くと、朝倉先輩です。なんだかんだ面倒見が良いので、クラスの人に頼まれちゃって、断れなかったんでしょうね……可哀そうに」
勝手に同情をされる朝倉。
そんな冬華を見つつ、俺は意地悪く言う。
「残念、正解は俺だ」
俺が言うと、冬華は「何言ってんですかー、冗談でも面白くないですからね、それー」と、冷めた表情で言う。
全く信じてもらえていないようだったので、俺は続けて言う。
「竹取先輩に誘われてな。折角だし、やってみることにした」
俺の言葉と表情に、「え……マジなんですか?」と確認をする冬華。
「もちろん、マジだ」
俺が答えると、「あー」と言い淀んでから、
「それじゃ、私も選管しなくちゃいけないじゃないですかー。一言くらい、相談してもらいたかったんですけどー?」
と告げた。
「……別に、冬華に相談をする必要はないんじゃないか?」
俺がそう言うと、冬華は、やれやれと首を横に振ってから言う。
「選管って、三学年から各クラス一名ずつの委員で成り立つ組織ですよ? つまり、知らない人がたくさんいると思うんですが、そこでは口下手で不愛想で強面な優児先輩のフォローをする人が、必要になると思うんですけど?」
「その役目は竹取先輩に押し付けようと思っているんだが」
俺が言うと、
「だ、ダメですから! ……その理解者っぽいポジションは、先輩の恋人である私の役目ですから!」
「あー、なるほどな。不自然、とまではいわないが、確かにその役目はニセモノとはいえ恋人である冬華がする方が自然だろうな」
俺が言うと、冬華はどこか不満そうに「……そういうことです」と応えた。
その態度は、おそらく俺が勝手に選管になって、自分も選管をしなくちゃいけなくなったのが、不服だったのかもしれないのだろう。
「そう言うことですよ。……精々コミュニケーション能力に不安のある先輩は、私を頼りにすればいいんですからっ!」
と、どこか投げやりな様子で言った冬華。
迷惑を掛けてしまったか、と思いつつも。
俺のためにそう言ってくれたのが、有難かった。
「頼りにしてるからな、冬華」
俺が素直に言うと、冬華はハッとした表情を浮かべてから、もにょもにょと口を動かす。
それから、表情を明るくしてから、
「はい、お任せください!」
と言い、あざとく可愛らしく、敬礼のポーズをとった。
素直に言葉にしたのが功を奏したのだろう。
彼女はもう、不満そうな表情はしていなかった。
冬華の言う通り、三学年の生徒で構成される組織で立ち回るのは、確かに不安があった。
だが、彼女のその言葉と自信に満ちた表情を見て、俺の不安は和らぐ。
本当に、頼りになる後輩だな。
俺は、彼女の可愛らしい敬礼を見ながら、そう思った。