19、選管と先生
「早速この申込書は受領、っと。それじゃちょっくら提出してくるからなー」
そう言って、俺を生徒会室に残し、部屋を出て行った竹取先輩。
俺は選挙管理委員になることについて考える。
……まぁ、生徒会の手伝いの延長と考えれば、特に断る理由もないな。
それに、池(が立候補するかはまだ未定だが)や竜宮の活動を、選管という立場で支えるのも悪くない。
他の選管の連中が、『ヤンキー』友木優児にビビッて困るかもしれないが……その時は、竹取先輩にフォローを丸投げしよう。
そのくらいはさせるべきだ。
そう考えてから、とりあえずこのことはすぐに冬華に伝えた方が良いなと思い、スマホを取り出す。
いつの間にかメッセージを受信していたようで、見れば冬華からの通知があった。
『今HR終わりました!』
『あれ、まだ教室帰ってないですね、先輩…』
『待っているので、用事が終わったら連絡してくださいね!』
というメッセージと、どこかいじけた様子のキャラクターのスタンプが送られていた。
すぐに返信をしようと思ったが、コンコンコン、という扉をノックする音が聞こえ、やめる。
「はい」と、返事をすると、部屋に入ってきたのは真桐先生と竹取先輩だった。
竹取先輩が戻ってくるのはわかるが、真桐先生はどうしたのだろうかと思っていると、
「友木君に、このことについて確認を取りたいのだけど」
と、俺の対面の椅子に腰を下ろし、申込書を机上に置いて、尋ねてきた。
彼女は続けて、
「これは、友木君の意思で、選挙管理委員になるということで良いのよね?」
そう問いかけてくる。
「だから、真桐センセ~、そう言ってるじゃないですか? 優児は別にあたしに騙されたとか、脅されたわけじゃなく、自分の意思でやっているだけだって……」
「私は今、友木君に聞いているの」
竹取先輩に向かって、冷たい表情で言い放つ真桐先生。
……基本的に真桐先生は、生徒に対してこういった冷たい表情を見せることが多いのを、今更ながらに実感する。
俺をまっすぐに見つめる真桐先生に、背筋をピンと伸ばしつつ応える。
「竹取先輩に騙されたのは確かっすけど。それでも、選挙管理委員に所属しても良いと思ったのは、自分の意思っす」
嘘偽りのないその言葉を聞いた真桐先生は、「そう……」と呟いてから、頷いた。
そして、彼女は続けて言う。
「どうやら、本当みたいね。それなら、何も問題ないわね。
「あたしが説明しても全く信用しなかったのに!? なんだこの差は!」
「竹取さんは、常識はずれ……というか。常識を知っているくせにあえてそこを外すような行動をたびたびするから、それに友木君が巻き込まれたんじゃないかと思ってしまったのよ」
胡乱な視線を竹取先輩に向ける。
真桐先生がこんなことを言うだなんて、竹取先輩は一体これまで何をやらかしてきたんだ?
その言葉を受けた彼女は、やれやれと首を横に振ってから口を開いた。
「それは去年のあたしの話じゃないっすか! 今のあたしは、ただ常識的に、どうすれば自分が楽ができるかを考えただけなのに。……その結果、優秀な委員が必要ということで、優児に声をかけただけなんすから!」
「なるほど、そういうことだったのね」
竹取先輩の言葉に、真桐先生はあっさりと納得した。
俺の能力をどこまで知っているか定かではないが、竹取先輩は確かホ〇がどうのこうの言っていたが、流石にそこには触れないらしい。
これで一件落着か、と思っていると……。
「いや~、それにしても。真桐先生、随分優児のことを信頼してるんですねー?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて問いかける竹取先輩。
その言葉に、真桐先生はどうしてか動揺する様子をみせた。
それから真桐先生は、一つ咳ばらいをしてから真顔に戻り、
「も、もちろんよ。友木君は愛想は悪いけど、誰にだって心配りをする、良い生徒なのをこれまでの付き合いで分かっているもの。……たまにイジワルだけど」
と応えた。
……最後の言葉はどこか自信なさげで、小さな声で言っていた。
俺が意地悪なのではなく、そういった時は単に真桐先生がポンコツなだけなのだから、仕方ない。
「え、なんだって?」
怪訝な表情を浮かべた竹取先輩は、
「最後の方、良く聞こえなかったんですけど?」
と、耳に手を当て問いかけた。
「問題ないわ、気にしないで」
キリッ、とした表情で真桐先生は即答した。
「はぁ……」と困惑気味に応える竹取先輩。
それから、真桐先生はさっと席を立ち、扉へと向かう。
「それじゃあ私は、職員室に戻ってこの申込書を受理してくるわ。……二人とも、頑張ってね」
そう言って、彼女は生徒会室から出て行った。
「……つーわけで、ガンバローな?」
竹取先輩は無邪気に笑いながら俺に向かって言う。
竹取先輩に対し、不満や不安はあるものの、そんな風に声をかけられて悪い気はしなかった。
「うす」
俺が一言呟き応じると、彼女は満足そうに笑った。
ただそれだけのことなのに、彼女の笑顔を見ると、不安も不満も少し薄れた気がした。
なんだか、不思議な魅力のある先輩だな、と俺はそう思うのだった――。