17、小学生は……
コートチェンジ前の、インターバル。
小学生たちは、朝倉の指示を聞きながらも、全員が暗い表情をしていた。
初の大会での試合。
緊張のためか、誰もが普段通りの動きが出来ていなかった。
経験者である紅葉ちゃんと桜も、気負いすぎていたのかミスが目立った。
このままでは、いけない。
誰もがそう思っているはずなのに……プレーは上手くいかない。
「みんな、気負いすぎ。大切なのは、勝つことじゃない、まずは楽しむことだ」
朝倉は、技術的なことを言うのをやめていた。
まずは、普段通りの力を発揮しなくちゃいけない、そう思っての言葉だった。
茜ちゃんたちは、朝倉の言葉に口元を緩める。
「そうだよね、私たちは初心者なんだし」
「勝ち負けよりも、楽しんで、全力を尽くそう!」
「うん、結果はそれからついてくるものだよね」
「そもそも、ブルマさえ履いていれば、いつも通りのパフォーマンスを発揮できたのに……!」
と、明るい様子で、口々に言った。
ブルマの下りは絶対強がりだと確信しつつ、雰囲気は良い方向に変わった、そう思っていたが……。
「……そう、かな」
紅葉ちゃんが、一人呟く。
彼女の唐突な言葉に、全員の視線が集まった。
視線を一身に受ける紅葉ちゃんが、今度は俺を見る。
彼女は言葉にしないように、唇を動かした。
俺に何を伝えようとしたのか、すぐに分かった。
『信じて、ぶつかる』
そう、呟いていた。
俺は、彼女に向かって頷く。
ぶつかるなら、確かに今なのかもしれない。
彼女はそれから、ゆっくりと語り始めた。
「楽しむのは大事だけど。楽しむことを目的にするのは違う気がする。もし、それが目的なら、大会なんて出ないで、『バレーごっこ』をして遊んでいればいいんだよ」
紅葉ちゃんは開幕から剛速球をブッ放した。
しかし、他の子は紅葉ちゃんの言葉を、真剣に聞いていた。
「みんなは、本気で勝てる様に頑張ってたから、負けたらきっと悔しいよ。それも、全力を尽くせないまま負けたら……最悪な気分になると思う」
苦しそうに言う紅葉ちゃん。
「私は、そんなの嫌。折角みんながバレーに興味を持って。私のことも受け入れてくれて。なのに、勝てずに負けて終わるなんて……絶対に嫌だから」
「紅葉……」
桜ちゃんが、小さく呟く。
妹の言葉に、感じるものがあったのだろう。
「バレーで一番楽しい時ってさ、苦しい思いをして点を取って。それを積み重ねて、相手に勝った時って、私は思うんだ。だからさ……」
紅葉ちゃんは、みんなの顔を見渡してから、ゆっくりと宣言した。
「私はみんなと、勝ちたい」
「わ、私たちだって勝ちたい!」
「そうだよ、楽しくない苦しいことでも、きっとみんなと一緒だったら乗り越えられる!」
「うん、紅葉ちゃんの言うとおり、勝って……それで、みんなで楽しかったねって笑いたい!」
紅葉ちゃんの言葉に、生気に満ちた表情の皆が応える。
「……バカ紅葉、そういうことはもっと早く言いなよ!」
桜ちゃんは一筋の涙を流していた。
妹の頑張りに、感動したのだろう。
「そうだな、紅葉の言う通りだ。勝つつもりで試合をしなくっちゃな。腑抜けたことを言って、ごめんな、みんな」
朝倉が謝ると、みんなは首を横に振って、笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ、善人くん! 私たち、きっと勝つから!」
茜ちゃんは、自信満々に告げる。
「……でも、どうしたら勝てるのかな? 1セット目程緊張はしなくっても、向こうの方が上手な子が多いし」
菫ちゃんが冷静に言うと、紅葉ちゃんが自信ありげに答える。
「大丈夫。私、これまで皆に遠慮して中途半端なプレーしかできてなかったから。これからは、めちゃくちゃ苦しい要求をする。でもそれに応えられたら……勝てない相手じゃないよ」
紅葉ちゃんの言葉のあと、審判の笛が鳴った。
2セット目の始まりだ。
インターバルの始まったころの雰囲気はもうない。
彼女らは、強気な表情で、コートへと足を踏み入れた。
☆
「なんだか、良いですね」
冬華が、試合を眺めながら呟く。
2セット目が始まってから、見違えるほど動きが良くなった。
点数も、リードをしていた。
「そうだな。1セット目とは、動きが全く違う」
「そう言うことじゃなくてですね」
苦笑しつつ冬華は言う。
なら、一体どういうことなのだろうか、と声を出す朝倉を横目にしつつ、
「つまり、どういうことだ?」
と、問いかける。
しかし、冬華は答えない。
「お」
紅葉ちゃんのトスが高すぎて、桃ちゃんが空ぶってしまった。
ここに来て連係ミスは痛いな……。
そう思っていると、
「桃ちゃん、楽して飛んじゃダメ。今の高さ、十分届いたでしょ?」
「今のは思いのほか低すぎて、タイミングが合わなかっただけだから……っていうか、ぴーちって言うなっ!」
「次もまた、あげるからね」
紅葉ちゃんは、堂々と桃ちゃんに向かってそう言った。
桃ちゃんのポテンシャルを信じているのだろう。
「ああいうのが、良いなって思うんですよ」
「え?」
唐突に、冬華が応える。
「私、チームスポーツもやってましたけど、こんな風にぶつかり合ってプレーすることって、あんまりなかったんですよ。だから、やめるときも割と未練なくやめられました」
冬華の言葉を聞きながら、俺は試合を眺める。
相手のスパイクを拾い、それを紅葉ちゃんがゆっくりと高くトスをした。
高さと高さの真っ向勝負、助走をつけた桃ちゃんが、大きく跳び、そして叩きつける。
「私の小学生の時に、こんな素敵なチームメイトがいたら、今もチームスポーツを続けていたかもです」
桃ちゃんの打った球は、見事コートに着弾した。
全員がハイタッチをする。
その中心にいたのは――紅葉ちゃんだった。
「互いに切磋琢磨して、無限の未来に向かっていく――」
冬華は俺へと視線を向けた。
それから、ビシッとサムズアップしつつ、
「つまり、小学生は最&高ってことですね!」
瞳を輝かせた冬華に向かって「そうだな」と応えつつ。
お前がそれを言うんかーーーーーーーーーーーーい!!!!
と、内心テンション高めでツッコむ俺だった――。
☆
あれから紅葉ちゃんたちは二回戦まで勝ち進んだものの、続く準々決勝戦で敗退し、ベスト8という結果に終わった。
初めての試合、初めての勝利。
そして、練習試合を除く、初めての敗北。
しかし、彼女らは落ち込んではいなかった。
「紅葉ちゃん、トスすごかった!」
「もっと体力つけたら、今日負けた相手とも、もっといい試合ができたよ!」
「というか、これからは練習中もあのトス受けられるんだから、もっとレベルアップできるよ!」
口々に、紅葉ちゃんが賞賛される。
中心にいるのは、はにかんだ笑顔を浮かべる紅葉ちゃんだった。
そして、それに加わるようにしている冬華もいた。
一緒に騒いでいて、とても楽しそうに見える。
俺はその様子を端から眺めていたが、
「ありがとうな、友木。紅葉の悩みは解決したみたいだ」
朝倉から声が掛けられた。
「俺は何もしていない。少しだけ、俺の経験を話しただけだからな」
「それが、友木と似ている紅葉にとっては、効果てきめんだったてことだよな!」
朝倉が軽快に笑いつつ、そう言った。
「その似ているっていうのは、コミュ障なところが、ってことか?」
「違うよ、不器用だけど、優しいところが似ているんだよ、二人は」
むず痒いことを言う朝倉。
俺が照れて返答に困っていると、
「お、紅葉がこっちに来た。……友木にお礼が言いたいんだろうな」
朝倉がそう言った。
見れば、確かに紅葉ちゃんがこちらに来ていた。
朝倉と入れ替わるように、彼女が俺の目前に来た。
「優児さんのおかげで、みんなとぶつかることが出来ました。ありがとうございます」
そう言って彼女は、深々とお辞儀をした。
「大したことは言っていない。……紅葉ちゃんが頑張ったことだけだ」
「優児さんが背中を押してくれたから、頑張れたの」
どこか不満気に、彼女は言った。
俺はその様子に、苦笑しつつも「じゃ、どういたしましてだな」と返した。
「優児さん、一つ確認したいんですけど」
もじもじとした様子で、視線を足元に向けながら、紅葉ちゃんは言った。
「どうした?」
俺が言うと、彼女は上目遣いに言う。
「私の行動を、ちゃんと見てくれる人はいるって、言ってくれたけど。優児さんは、これからも、私のことを見てくれますか?」
「ああ、もちろんだ」
「……良かった」
ホッとしたように、紅葉ちゃんは言う。
これまでと違い、積極的にみんなとコミュニケーションを取っていくのが、不安なのだろう。
だから、誰かに見守っていて欲しいと思っているのだ。
ちょうど俺が、真桐先生に見守ってもらえていたように。
満足気な紅葉ちゃんは、俺に向かって指をさしながら、
「絶対。約束、ですからねっ!」
満面に笑みを湛えつつ、そう宣言した。
彼女のその言葉に、俺はゆっくりと頷いて応えるのだった――。