15、見ざる聞かざる
紅葉ちゃんから相談事を受けた日の夜。
俺は自室で某バレー漫画を読みながら、
「大王さまカッコいいな……」
と呟いていると、スマホが震えた。
見ると、朝倉からの着信だった。
何かあったのだろうか、そう思って電話に出る。
「もしもし、朝倉か?」
俺はそういうのだが、電話口から回答はない。
奇妙な間があったので、もう一度俺は「朝倉?」と、呼びかける。
すると、息をのむ音が耳に届いてから、
「……助けてくれ、友木」
と、唐突に、深刻な声音で朝倉が言った。
一体、どうしたのだろうか。
朝倉の身に何かが起こったのか。
「助けてくれって、どういうことだ? 大丈夫か、朝倉!?」
俺は慌てて事情を問いかける。
すると。
「全然、テスト勉強してないんだっ! このままじゃマジで赤点とるかもしれない、助けてくれ、友木!!」
勢いよく朝倉がそう言った。
「……切って良いか?」
心配して損をした。
俺はそう思い、朝倉に向かってそう言った。
「ちょっと、待ってくれ友木! 思っているほど深刻なんだよ、これが!」
「……どう深刻だって言うんだ?」
俺が問いかけると、朝倉は静かなトーンで話し始めた。
「最近、小学生に対するコーチと、部活のことばっかりで、全く勉強をしていなかったんだ。それを親に気づかれてな。……成績が落ちて赤点をとるようなら、小学生のコーチをするのをやめさせる、って言われてな」
「あー……そういうことか」
「ああ。以前学年5位とかいう成績を取ってしまったせいで、変に期待されているところもあるんだが……それ以上に、勉強がおろそかになっていて。やべえよ、今回マジで自信ないんだよ」
朝倉はやれば異常な程できるやつだから、親としては勉強も頑張ってもらいたいと思っているんだろう。
朝倉の自業自得な面もあるようだが、それでもこのまま見捨てるわけにはいかないだろう。
「朝倉が部活と小学生のコーチを頑張って大変なのは分かっているからな。一緒に勉強しよう。……ただ、これからは勉強を習慣付ける様に気を付けとけよ」
「おお、助かる、友木!」
「ちょうど、明日は池や夏奈、冬華と一緒に勉強をしようって話をしていたんだ。池もいれば百人力だろ?」
「マジか! それじゃ、学年一位と二位から勉強を教えてもらえるわけだから、絶対結果を出してやる。……ただし、ラブコメは禁止な」
固い声音で言う朝倉に、「お、おう」と一言応じてから、明日の待ち合わせ時間と場所を伝えて、俺は電話を切った。
☆
勉強をする場所は、学校近くのファミレスだった。
待ち合わせは現地集合で、俺は予定時間よりも少し早めに到着をしていた。
しかし、店内を見ると、既に全員が集合をしているようだった。
俺の強面にビビる店員が声をかけるのを躊躇っていたので、俺はそのまま池たちと合流する。
「早いな」
6人掛けのテーブル席。
そこには、池と夏奈と冬華と朝倉がいる。
ちなみに、竜宮のことも誘ったが、あいつは今回一人で勉強を頑張るつもりらしい。
「よう」
「急に悪かったな」
池が気軽に応え、朝倉が申し訳なさそうに言った。
「こんにちわ、優児君」
「どもでーす、先輩。とりあえずドリンクバーは頼んでるので、飲み物はもう取ってて大丈夫ですよ」
夏奈と冬華も、俺に向かってそう言った。
俺はみんなに無言で応じてから、荷物だけ置いて、飲み物を取り、席に戻った。
全員、勉強道具を机の上に広げている。
俺も筆記具とノートを取り出す。
正面に座る夏奈が、早速ノートを俺に見せながら、問いかけてきた。
「優児君、私ここ分からないから教えて」
「えー、葉咲先輩私のカレピに色目使うのやめてくれます? ググればいーじゃん」
「良くないよっ!」
夏奈と冬華が、いつものように言い合いを始めた。
朝倉をあまり刺激してはいけない。
そう思い、俺は二人に声をかける。
「おい、二人とも……」
しかし、俺が言い終える前に、朝倉が動いた。
何やらカバンの中を物色している。
どうしたのだろうかと思っていると、
「……大丈夫だ、友木。実は、こんなこともあろうかと用意しておいたんだ。目の前でラブコメが始められたら、こうして……」
そう言って、カバンから耳栓を取り出して、耳に着けた。
「それから、こうして……」
今度は、アイマスクを取り出して、目元を隠した。
その後に、「こうだ!」と弾んだ声で言った。
「これで、お前らのイチャラブを見聞きしなくてすむから、勉強にも集中ができる!」
……。
…………。
「「「「……え!?」」」」
何かオチがあるかと思って、俺たちは1分程無反応のままだったのだが、残念なことに、朝倉は冗談を言っているわけではないようだった。
この場にいた四人は、深刻な表情を浮かべつつ、驚きの声を上げていた。
「朝倉、ごめんな」
俺は朝倉の耳栓を取り外しつつ、彼の耳元で囁いた。
「良いんだ、朝倉。大丈夫だ、今日は、みんなお前の味方だ」
池が朝倉のアイマスクを外し、優しい声音で囁いた。
冬華と夏奈に視線を向けると、彼女らはコクコクと無言のまま頷いた。
流石の彼女らも、今の朝倉の様子を見た後で諍いを起こせはしないようだ。
「……みんな、すまない。俺、頑張るから!」
感激に震える朝倉。
それから俺たちは、これまでの勉強会で最も真剣に、テスト勉強に取り組んだのだった――。