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15、図書室

「図書室に行きましょう、先輩!」


 とある日の放課後。

 冬華と一緒に廊下を歩いていると、彼女がそう提案してきた。


「行ってこい」


 俺は間髪入れず答える。


「はい! ……じゃなくて! 先輩も一緒に、ですよ!」


「なんで? 二人で図書室に行っても仕方ないだろ?」


 俺の言葉に、冬華は馬鹿にしたような笑みを浮かべてから、


「良いですか、先輩? この学校では放課後も図書室で自習に励んじゃうような人たちも結構多いみたいじゃないですか」


「そうらしいな」


「というわけで! そんな人たちにも、私と先輩の恋人アピールをしなくちゃです」


 ふん! と鼻息荒くして拳を握る冬華。


「……勉強している奴らの邪魔になることは、しないよな?」


「もちろんです、そんな意味のないことはしません! 大事なのは、私と先輩が、放課後の図書室で一緒にいること。それを他の人たちに見せつけること、なんですからっ!」


「……んじゃ、行くか」


「はーい!」


 別に一緒に行っても良いか。

 そんな甘い考えで、俺は冬華と共に図書室へ向かうのだった。



「そういえば、図書室の中に入るのは初めてです」


 冬華は図書室の扉の前で、思い出したように言った。


「俺も、ほとんど来たことないな、そういえば。……お、中には結構いそうだな。静かにしとけよ」


 靴箱には、結構な数の上履きが並んでいた。

 放課後に図書室を利用する生徒は、噂通りに多いらしい。


「分かってますって」


 軽い調子で返事をした冬華と共に、図書室へと踏み入った。

 

 室内を見ると、多くの人間が本を読むか勉強をしていて、集中している。

 静寂な空間ではあったが、俺たちが扉を開けて入ってきた物音にも、誰も気づいていないようだった。


 周囲を見渡してから、席の空きを確認する。

 二人並んで座れそうなところは……。


 机が並ぶ一角に、そのスペースはあった。

 俺と冬華は、そこへ移動する。

 

 椅子を引いて座ろうとしたのだが、そこには荷物が置かれていることに気が付いた。

 無言で荷物をどけても良かったのだろうが、それはなんだか感じが悪いかもしれない。


 荷物の持ち主であろう、隣に座る男子生徒へと、俺は声をかけることにした。


「ここ、座っていいか?」


「ん、ああごめん、今カバン片付け……と、ととととと友木!? くん!! が、なんでここにっ……」


 男が言った瞬間、図書室中の視線が俺に集まったのが分かった。

 

「ええ、なんで友木が!?」


「マジかよ、勉強なんてしてる場合じゃねぇっ!」


「うう、今良いところだったけど、読書に集中できないし」


 室内から次々とそういった声が上がり、あっという間にほとんどの生徒が図書室からいなくなった。


「あ、あはは! 僕も今日は用事があってさ。ここの席はご自由に。そ、それじゃ!」


 そして、俺が声をかけた男子生徒も慌てて立ち上がり、図書室から出て行った。

 そのあわただしい様子を見ていた冬華は、


「貸切になっちゃいましたねー。流石は先輩、いつもながらお見事!」


 ひゅー、と口笛を吹きながら、茶化してくる。


「……いつもながら全く、困ったもんだ」


 貸出カウンターへと目を向けると、なんと図書委員の姿も見えなくなっていた。

 潔い程の職務放棄っぷりだった。


「……図書室に来るのは今日だけにしよう。真面目に勉強している奴の邪魔になる」


 もし俺が図書室に入り浸るようになれば、今後利用したくても出来なくなる生徒が多くなるに違いない。


「……優しいですね、先輩は」


 冬華は、先ほどの様子とは一転して、無表情を浮かべて呟いた。


「はぁ? 何が?」


「別に、私も先輩も悪いことは、何もしてないじゃないですか。向こうが勝手に怖がって、勝手に出て行った。……そんな奴ら放っておけばいいじゃないですか」


 苛立ちを隠しもせずに、冬華はそう言った。


「もしかして……励ましてくれてんのか?」


「違います、今の人たちと……先輩に。ムカついただけです」


 つん、とすました顔で冬華が言った。

 こいつの言いたいことも、なんとなくは分かる。


 ――分かるのだが。


「誤解を解こうともしない俺が、それを言う資格はないだろ」


「ふーん、そうですか」


 俺の言葉に、冬華は無感動にそう返事をした。

 気まずい沈黙が流れる。


 さて、どうしたものかと考えていると、


「さて! それじゃあ折角の貸切ですし、楽しくおしゃべりでもしながら、今日の宿題を片づけちゃいますかー」


 明るい声音で冬華が告げた。

 空気が重くなりかけていたので、気を使ってくれたのだろう。

 俺も、その発言にすぐに乗る。


「せっかくだし教えてやろうか?」


「いえいえ、先輩のような不良生徒に教えてもらうことはありませんから」


「……一年の範囲位なら、普通に教えられるぞ」


「教えてもらうまでもありません! 何故なら私は……入試の成績が一位でしたので!」


 全力でドヤ顔を披露した冬華。


「へー。一位はすごいな」


 素直にすごいと思ったので、そのまま伝える。


「……まぁ、あの兄の妹なので。これくらいは当然です」


 すると、どや顔から一転。

 鼻白んだ表情を浮かべつつ、冬華は呟いた。


「は? 池の妹であることと、勉強ができることって関係あるのか?」


 俺が問いかけると、


「え?」


 彼女は驚いたような表情をした。


「……あ。池にいつも勉強を教えてもらってる、とかか?」


 それなら納得だ。

 池がマンツーマンで家庭教師をしていたのなら、俺も定期テストで毎回学年二位が取れるぐらい、学力が伸びるだろうしな。


「……そんなこと、してもらったことないですし」


 俺の言葉を聞いた冬華が、暗い表情で反論した。

 学年一位でイキがっていたのが、素直に認められて恥ずかしくなってしまったのだろうか?

 別に、照れることはないだろう。


「なら、やっぱり池は関係ないな」


「かもしれませんけど……」


「冬華の成績が良いのは、池のおかげじゃなくて、冬華が勉強を頑張っているからだろ? 別に、照れなくてもいいだろ」


 俺が言うと、冬華はとうとう無言になった。


「……え、何?」


 俺の言葉に、冬華は首をゆっくりと横に振ってから、


「なんでもないですよ」


 と、小さく呟いてから、答えた。


 そして、再び無言の間が生じた。

 ……普段は、冬華から話題を提供してくれるため、こういった気まずい時間はそう長く続かない。

 だが、今は違う。


 俺は何か気の利いた話題を提供すべきかと悩んだ。

 しかし、俺には気の利いた話題を提供する程のコミュ力がないことに気が付いて、絶望した。


「あー、もう! なんか今日は調子狂いました! 帰る!」


 と、急に冬華は大声を出してから、広げかけていたノートや筆記具をカバンにしまい込み、立ち上がった。


「お、おう。そうだな」


 俺も、彼女に少し遅れて立ち上がる。

 そうしてから、早々と図書室を後にしたのだった。



 帰り道は、お互いに無言だった。

 冬華は、何か考え込んでいるように、だんまりを決め込んでいた。


 ……きっと俺は、冬華を気づかぬうちに怒らせてしまったのだろう。

 しかし、原因が分からないので何を謝れば良いのかもわからなかった。


 なんと声をかけたものかと頭を悩ませている内に、駅に到着した。

 このまま互いに電車に乗れば、明日まで話すこともない。

 それは、良くないような気がした。


 だから、何でも良いから声をかけようとしたのだが。


「それじゃ、先輩――」



 また、明日。



 冬華が、別れ際にそう言って、反対側のホームへと向かって行った。



 彼女の声は、聞き逃しそうになりそうなほど、か細かった。

 しかし、そう言った彼女の表情は……なぜだか嬉しそうに笑っていたような気がした。


 ……結局、冬華は怒っていなかったのだろうか?

 それは、対人経験の少ない俺が考えてみても、分からないことだった。


 それにしても。

 女子から『また明日』なんて笑顔で言われたのは初めてだな。


 そう思うと、なんだか嬉しい気分になる俺は……結構、単純な性格をしているのだろう。 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 雰囲気作り、空気間、すごくいいです。
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