12、謝意
「悪いが、無理だろ。俺は口下手だから、そもそも話したことのない小学生の悩みを聞くことすらできないと思うんだが」
俺が即断ると、朝倉は快活に笑った。
「友木なら大丈夫だ」
「いや、その自信はどこからくるんだよ。そもそも、俺に任せるんじゃなく、朝倉が相談に乗れば良いだろう」
俺の言葉に、朝倉は首を横に振ってから口を開く。
「相談に乗ってあげられるといいんだけど、紅葉は俺に話してはくれなかった。時間をかけてゆっくり解決出来るものならそれでも良いんだが……」
それから、朝倉は一拍間を置いてから口を開く。
「来週、公式戦ではないけど、県内の大会があるんだ。それまでに、紅葉の悩みを解決……とまでは出来なくても。不安な気持ちを軽くしてあげたい」
「……そういうことなら、俺じゃなくて池に言えばいいだろう。あいつなら、途端に解決をしてくれる」
池ならば、女子小学生の悩みだって解決できるだろう。
解決したい理由があるならば、そう説明して協力してもらえばいい。
俺がそう思っていると、朝倉はどこか照れくさそうに鼻頭を擦りつつ言う。
「池なら解決できるかもしれない。だけどそれは、池のおかげで解決が出来てしまうだけ、なんだと思う」
「それは、つまり……どういうことだ?」
「池が悪いわけじゃない。絶対に、正しいとも思う。ただ……友木なら。間違えつつも、紅葉の成長を促すことが出来るんじゃないか……って思うんだ」
朝倉はつまり、池の力ではなく、紅葉ちゃん自身の力で悩みを解決できるようにしたい、ということなのだろうか?
「と、色々と理由をつけはしたが、一番の理由は、友木と紅葉が似ていると思ったから。友木なら、どうするんだろうと思ってな」
「似ている? 俺と、あの女子小学生が?」
「見た目のことは言ってないから」
呆れたように笑う朝倉。
つまりはやはり、内面は似ていると言ったのだ。
そんなわけないだろ、と思いつつ、朝倉を見ると。
「つまりは、信頼できる友達に、頼み事をしたいってことだよ。だから友木、頼む!」
澄んだ瞳の朝倉。自分の教え子を任せたい、というその姿勢がすごく嬉しかった。
朝倉の信頼に応えたいと、そう思った。
少なくとも、何もせずに拒絶するようなことは出来ない。
「分かった。……役に立てなかったら、すまん」
「助かる、友木」
俺が答えると、朝倉は人懐こい笑みを浮かべて言った。
その表情を見て、俺は覚悟を決めた。
何ができるかは分からないが、それでも行動をしよう。
「……それじゃあ、早速話を聞きに行ってみる。……怖がられたら、すぐにフォローしてくれよ」
「ああ。……大丈夫だとは思うけど、近くで話を聞いとくな」
移動して、一人ですましている紅葉に話しかけ……いや、何をだ?
朝倉の熱意に打たれてここまできたはいいが、話の内容は考えていなかった。
一旦引こうかと考えたが、俺の気配に気づいたのか、顔を見上げた彼女と目が合った。
赤みがかった茶髪に、白い肌。
身長のわりに長い手足は、バレーにも有利そうだ。
今はまだ幼いが、あと4〜5年もすれば朝倉好みの美人になりそうだと思った。
「……よう」
やはり、何を話せばよいかわからなかった俺は、沈黙に耐えかねて、ぶっきらぼうに声をかける。
考えてみれば、自分から女子小学生に声をかけるのは、ナツオ以来だ。……そもそもその時は、男子だと思っていたのだから、何だったらこれが初めてかもしれない。
「どうも」
強面の俺に話しかけられても怯えを見せることはなく、彼女は返答した。
中々肝が据わっている。
そう思いつつ、どうして他の連中と一緒にいないのか探ろうと思ったが、どのように聞けば機嫌を損ねないで済むか考え、そして……。
「あー、……浮いてるな」
わけがわからなくなって、普通に失礼な感じで問いかけた。
その言葉に、ムッと頬を膨らませる紅葉ちゃん。
「私はたしかに浮いてるかもしれないけど。……お兄さんには、言われたくないんですけど」
俺に不満気な視線を向けつつ、彼女は続けて言う。
「みんな美男美女なのに、一人だけ強面がいるから、ルックスですでに浮いてますよ。ていうか、初対面の相手に浮いてるな、って何ですか? コミュ二ケーション能力はどうなってるんです?」
ドストレートに強烈なダメ出しをされる。
あまりにも剛速球を投げる女子小学生に、俺は狼狽えつつも思う。
先ほどまでの寡黙さに比して、自分の意見はしっかりと言えるんだな、と。
……基本口下手で自分の気持ちはうまく言葉にできない俺よりも、よっぽど優れたコミュ力だ。
「悪い、失言だったな」
「……私は別に気にしてないですけど」
ふん、とそっぽを向きながら、彼女は言う。
「いや、気にしているだろう」
俺が追及すると、
「……お兄さんの方が気にしてそうなんですけど」
と、胡乱気な視線を向けられながら言われた。
俺は別に、女子小学生から非難を受けたところで、そんなに気にはしない。
……ほんの少ししか気にはしない。
俺は「そんなことより」と強引に話題を変える。
「このチームに入ったのは、誰から誘われたからなんだ?」
紅葉ちゃんは朝倉ナンパ組ではないので、誰かから誘われてここにいるのだろう。
「……茜ちゃんに誘われた桜に、誘われた」
桜ちゃんと言うと、もう一人の経験者か。
「桜ちゃんとは、もともと一緒にバレーをしていたのか?」
俺の質問に、不審な眼差しを向けてくる。
「ただの世間話だ。話したくないなら、答えなくていい」
俺が言うと、紅葉ちゃんはぽつりと呟く。
「うん。ていうか、桜は私の双子のお姉ちゃんだから、バレーだけじゃなくて普段から一緒です」
「双子?」
その言葉を聞いて、とても意外だと思った。
練習を見た限り、桜ちゃんはかなり明るい子だ。
しかも、何食わぬ顔でブルマを履いているような陽キャだ。
「うん。似てないですよね」
「ああ、あんまり似てないな」
何気なく放った俺の一言に、紅葉ちゃんは弱々しい笑みを浮かべた。
「桜は明るくて、誰とでも仲良くなれて、可愛いから。口が悪くて、暗い私とは違う」
自虐的に言う紅葉ちゃん。
しかし、俺は不思議に思ったことを問いかけた。
「でも、みんな結構話しかけてるだろ? 上手くやれるだろ?」
「私がみんなに気をつかってるから、優しいみんなも気をつかっているんですよ。……本当の私を見られたら、きっとすぐに離れられる」
「そんなこと……」
ないだろう。そう言いたかったが、やけに思いつめる表情の紅葉ちゃんを見ると、軽々しく言うことは出来ない。
「みんな優しいから。私は、みんなに嫌われないようにしたい」
嫌われたくないから、普段の自分の感情を押さえて、あえて距離を置いているのか。
そして、適切な距離を保ちつつ、人間関係を上手くできるほど器用でもない。
それがプレーに、もろに影響が出ているということか。
俺がそう分析していると、
「ねー善人くん。練習しよー!」
休憩から戻った小学生組の茜ちゃんが、朝倉にそう提案していた。
確かに、休憩時間は十分だっただろう。
朝倉はこちらにチラリと目配せをした。
俺その視線に頷いた。
「そうだな、休憩はやめて練習をしないといけないな」
朝倉はそう言って、練習を再開した。
その後、高校生組は練習の手伝いをする。
様子を見ていると、紅葉ちゃんと桜ちゃんの二人は、経験者だけあって、他の四人とはレベルが違う。
問題を解決できれば、相当な戦力になるに違いない。
他の四人も、真剣に練習を頑張っている。次の試合に勝つために、練習に取り組んでいるのだ。
こうして手伝いをして、少なからず俺も彼女たちには勝利をしてもらいたい。
そのために、俺にできることがあるのなら、力になってやりたいと思う。
そう決意しつつ、真剣な表情で彼女らを見守っていると、
「ゆ、優児先輩? ちょっとJSのことを真剣な表情で見すぎじゃないですか?」
「優児君、冬華ちゃんに飽きるのは大歓迎だけど、小学生に目覚めるのは、ダメ……だからね?」
二人が心配そうな表情を浮かべつつ、俺に問いかける。
えらい誤解を受けてしまった、と思いつつ。
もしや朝倉もいつもこんな気持ちだったのではないか、と。
なんだか無性に申し訳ない気持ちになるのだった……。