11、コミュ障の俺が女子小学生の悩みを解決できるわけないだろ?
「そういうのはやめましょうよ、善人さん」
抗議の声を上げたのは、眼鏡を掛けたクールっぽく見える翠ちゃん。
「そうですよ、変なこと言っていないで、善人くんはちゃんと審判をしていてください!」
翠ちゃんに追随し、呆れたように言うのは小学生ながら冬華や夏奈とほとんど身長が変わらない、一番の長身である桃ちゃん。
二人とも常識的な意見を言うだけあって、ブルマを履いていない。
「そ、そうだな。ごめん……」
普通に反省をする朝倉。
それから笛を吹き、試合を再開。
サーブ権がこちらに移った。
すると、いがみ合っていた冬華と夏奈も、不承不承ながら試合へ気持ちを切り替える。
……夏奈はまだ、照れくさそうにしているので、やはり、まともに攻撃に参加できないかもしれない。
だが、試合自体はちゃんと進めそうで安心した。
こちらのサーブは、甲斐だ。
流石は運動神経抜群の甲斐、彼の放ったボールは勢いよく相手コートへ。
女子小学生には厳しい速度かと思ったが、翠ちゃんが綺麗にレシーブをし、セッターの位置に返す。
それを見て、桃ちゃんが助走をして、飛び上がった。
その到達地点はかなり高く、夏奈と竜宮がブロックに飛んだ。
しかし――
「あ」
てっきり、桃ちゃんの強打が来ると思っていたところに、セッターの子、紅葉ちゃんがツーアタックをした。
初心者チームのこちらの意表を突くその攻撃に、あっけなくポイントを許してしまった。
「やった、流石紅葉ちゃん!」
「綺麗に決まったね、ありがとっ!」
「桃が全力で飛んだから、お姉さんたちもそっちに意識いったね、良くやった!」
「ありがとー、って!ぴーちって呼ぶなよっ!」
得点が出来て、嬉しかったのだろう。
攻撃を決めた紅葉ちゃんの周りに集まって、わいわいと騒ぐ。
仲の良いチームだな、と思ってみていたが……。
その中心である紅葉ちゃんは、どこか浮かない表情だった。
「さ、次はあたしのサーブの番だ!」
意気込んでいるのは、桜ちゃん。
彼女と紅葉ちゃんは、朝倉にナンパをされていないのだが、バレー経験者ということで茜ちゃんたちに熱心に誘われて、このチームに所属しているらしい。
……朝倉ナンパ組でないにもかかわらず、ブルマを着用しているのはなぜなのだろう。
彼女の放ったサーブは、そう速くはなかった。
俺に向かってきたので、レシーブをしようとしたが、直前で不規則に変化した。
フローターサーブ、というものだろうか。
幸い、速度はなかったため咄嗟に反応し、竜宮の位置にボールを上げることが出来た。
冬華と夏奈が助走を始める。
が、小学生たちは、夏奈に対してマークを完全に外し、冬華へマークを集中させていた。
これは、どうせ打たれない、ということか、はたまた打たれても防げないのならレシーブに賭けるという意味なのか。ただ単に挑発なのかはわからなかった。
竜宮はその状況を確認。
彼女がどちらにトスを上げるのかと思っていると――、
「がら空きですよ」
そう言ってから、お返しとばかりにツーアタックを決めた。
反応が出来なかった小学生チーム。
得点はこちらに入ったが、こいつけっこう大人げないな、思うのだった。
「う~、やられたっ!」
「ああいうパターンもあるって覚えとかないとね」
「次取りかえそっ!」
悔しがりつつも、互いにコミュニケーションを取り合い、気持ちを切り替えた小学生チーム。
まだまだ試合は始まったばかりで、結果は分からない。
彼女らにとって有意義な試合にするためにも、俺も気合を入れなければ――。
☆
そして、試合は終了した。
結果は――5点差で高校生チームの勝利だった。
「わー、負けちゃった!」
「うう、練習試合でも初試合だったから、負けると悔しいねっ……」
茜ちゃんと菫ちゃんががっかりしたように言った。
経験者が二人いるとはいえ、初めての試合形式に、素人とはいえ体力が違う高校生チームを相手にするには、まだ時期が早かったようだ。
ただ、点数差以上に、良い試合をしていたと思う。
結果が逆であったとしても、違和感がないくらいだった。
「池たちは一度休憩していてくれ。小学生チームは、一度今の試合を反省してみよう」
朝倉の言葉に、「はいっ」と元気よく返事をする小学生達。
俺は体育館を出て、水道へ。
それから、蛇口を捻って水を出し、頭から被った。
熱くなった身体が冷めて、気持ちがいい。
そして、水を飲んだ時に、気がついた。
タオル忘れた、と。
「友木先輩、タオル使って下さい」
そんな時に声をかけてくれたのは、甲斐だった。
「良いのか?」
「もちろんです!」
「ありがとう、助かる」
ふわふわで、良い匂いがするタオル。上等な柔軟剤を使っているのかもしれない。
「「え!?」」
驚きの声が耳に届いた。
見ると、冬華と夏奈が声を上げていた。
冬華は無言で俺からタオルをひったくり、甲斐に押し付けた。
「先輩、はい!タオルどーぞ!」
「ううん、私のタオル使って、ゆうじくん!
それから今度は、二人からタオルを差し出された。
「いや、もう拭いたし、いい」
丁重にお断りを入れると、冬華と夏奈が恨めしそうに俺と甲斐を見た。
その視線を受け、甲斐は得意げな表情を浮かべた。
それを見た冬華と夏奈の険が強くなる。
……案外仲良いな、こいつら。
そう思いつつ、彼女らを残し、俺は体育館へと戻った。
ちょうど、小学生組と朝倉のミーティングが終わったようだ。
小学生が休息と水分補給をしていた。
朝倉は俺の視線に気づいたようで、こちらに歩み寄ってきた。
「みんな、バレーを始めて間もないのに、凄い上手いよな」
「友木がそれを言うのか……?」
と呟いてから、
「たしかに、みんなセンスがあると思う」
と、自慢気に言った。
事実、朝倉にとっては自慢の教え子なのだろう。
「次に試合をしたら、友木はどっちが勝つと思う?」
接戦の試合を演じた後だったが、俺はあまり悩むこともなく答える。
「多分次も俺たちが勝つだろうな」
「友木は、どうしてそう思う?」
「紅葉ちゃんの能力が活きていない、というよりも。紅葉ちゃんがチームワークを乱している」
二人しかいない経験者のうちの一人である彼女だが、試合となるとチーム内のコミュニケーションが取れない弱点が浮き彫りになった。
そのせいで初歩的なミスが起こる場面もあった。
次の試合、その弱点を突くことが出来れば、
おそらく、先ほどよりも楽に勝利できるだろう。
「紅葉のあれは、チームでの試合経験が少ないことが原因じゃないと思う」
意外と落ち着いた様子で朝倉は言った。
「気づいているんだったら、解決策もあるのか?」
「ああ」
朝倉は俺の問いかけに応じてから、にっこりと笑い、
「紅葉には悩みがあるんだが……友木が解決してくれ!」
と、サムズアップをしてきた。
「……は?」
何を冗談言っているんだ?
そんなつもりで言ったのだが、
「任せたぞ、友木!」
と肩を叩かれる。
……いやいや、朝倉は何を考えているんだ?
コミュ障の俺が女子小学生の悩みを解決できるわけないだろ?
俺は心中でそう嘆くのだった――。