9、待ち合わせ
そして、朝倉と約束をした土曜日になった。
昼過ぎに、小学校の最寄り駅での待ち合わせだ。
俺は家から一人で電車に乗り、到着。
予定よりも早く着いた俺は、駅の待合室に入る。
すると、
「お疲れ様です、友木先輩!」
部屋に入った俺に、人懐っこい笑みを浮かべながら、先についていたらしい甲斐に挨拶をされた。
「おす。かなり早いな、いつ来たんだ?」
「30分くらい前っす」
「そんなに早く来たのか?」
「友木先輩より遅く来るわけにはいかないので」
へへ、と照れくさそうに笑いながら甲斐は言った。
流石は体育会系だな、と俺は感心する。
「まだ待ち合わせの時間まで少しありますし、ゆっくり話しませんか?」
「そうだな」
と俺は答えてから、甲斐と一緒にベンチに腰掛けた。
何を話そうか、と思いつつ、そう言えば甲斐と二人きりでゆっくり話す機会は、これまでなかったかもしれないなと思った。
「甲斐は部活は良かったのか?」
「ええ、今日は午前練だったので、時間は問題なかったです」
「練習してきたのか、だったら疲れてるだろ?」
甲斐は爽やかに笑みを浮かべてから、
「遊びでやるスポーツって、気分転換になるんで好きなんすよね。……まぁ、小学生の子たちにすれば真剣そのものだから、ふざけてやるつもりはないですけど」
なるほどな、と思っていると、甲斐は深刻な表情を浮かべ、続けて言う。
「それに、朝倉先輩がああなってしまったことに、俺は少なからず責任を感じているんで……」
甲斐が責任を感じる、というのは……一緒に海に行ったあの日、朝倉のナンパを止めることが出来なかったからだろう。
俺はそう察した。
「朝倉先輩が『小学生は最高だぜ!』って言うのも、話を聞く限り時間の問題ですよ……」
甲斐は、体育祭の借り物競争で「小学生は最高だぜ、って言いそうな人」という良く分からないお題で、朝倉をゴールまで連れて行っていたことを思いだす。
「下手したらもう言っているかもしれないよな……」
俺がしみじみ言うと、甲斐も暗い表情で頷いていた。
二人で朝倉に思いを馳せていると、待合室の扉が開く。
「お、二人とももう着いていたのか」
「まだ待ち合わせの時間まで余裕あるのに、早かったんだね!」
今度は、池と夏奈が一緒に入ってきた。
朝倉は、当然のように池にも声をかけていた。
「おす。二人とも一緒に来たんだな」
「駅でばったり会っただけだよー」
あはは、と笑う夏奈。
家が近いから、そういうこともあるのだろう。
「逆に、冬華は一緒じゃなかったんすか?」
甲斐が二人に向かって問いかけると、池が苦笑を浮かべつつ口を開く。
「『一緒に行く必要はなくない?』」だそうだ」
確かに、一緒に行動する必要はないが、別々に行動する必要もないだろう。
年の近い兄妹で行動するのを恥ずかしがるのは、思春期あるあるなのだろうか……?
兄弟のいない俺には、判断がつかなかった。
「あれ、みんな早いな」
そして、今度は朝倉が到着した。
ほぼ池たちと同じタイミングでの到着だった。
俺たちはそれぞれ朝倉に挨拶の言葉を告げる。
「今日はありがとな、みんな。……あ、まだ冬華ちゃんと竜宮が来ていないんだな」
そろっているメンバーに向かって、朝倉は言う。
俺、池、冬華、夏奈、甲斐。
そして竜宮を入れた6人が今日のメンバーだった。
竜宮と朝倉が仲良くしているということはないのだが、池を通して声をかけてもらっていたようだ。
「いつ頃着くか、メッセージを送っておこうか?」
「ああ、頼む」
朝倉から返答を受けてから、俺はスマホを取り出す。
すると、タイミングよく冬華からメッセージが届いた。
『今乙女ちゃんと一緒にそっち向かってます。あと数分もしたら到着です(^_-)-☆』
『先輩はもう到着してますかー??』
というメッセージの後に、うっとうしい表情をした良く分からないキャラクターのスタンプが送られてきた。
とりあえず、『まだ待ち合わせの時間じゃないが、冬華と竜宮以外は到着している』と返答をしておく。
「あと数分で、冬華も竜宮もつくらしい」
俺の言葉に、
「それじゃ、改札前で待っておくか」
と池が言うと、他のメンバーも頷いて、その言葉に従う。
☆
数分後、
「こんにちわ、先輩っ! てか、みんな着くの早くないですかー?」
改札から見える場所で待っていた俺たちと、冬華・竜宮が合流した。
「そうだな、冬華たちも時間前に来ているしな」
俺が答えると、「ですよねー」と返事をする冬華。
「会長、お待たせして申し訳ありません……!」
冬華と一緒に来ていた竜宮は、池に駆け寄り、声をかけた。
「今来たところだから、気にする必要はないさ」
池は気にした素振りもなくそう応えた。
電車一本分、池が到着してから10分も待ってはいなかった。
「はぅ……」
そして竜宮は、照れくさそうに顔を真っ赤にしていた。
おそらく、竜宮にとってその言葉は、『池に言われたい一言ランキング』の上位のものだったのだろ
う。
それにしても、お互いに振った相手・振られた相手だが、二人の間に気まずさはないように見えた。
池のコミュ力と、竜宮の積極性あっての関係性なのだろう。
それから竜宮は、「みなさん、ごきげんよう」と挨拶の言葉を告げてから、
「優児さんも、ごきげんよう」
と、俺に視線を向け、ニコリと笑ながら言った。
「おす」と、俺はいつも通りに応えたのだが……。
「「優児さん……?」」
冬華と夏奈が、同時に訝しむように呟いた。
「どうした?」
どうしたのだろうかと思い、俺は二人に向かって問いかける。
すると、胡乱気な視線を向けた冬華と夏奈が、続けて言う。
「いつから乙女ちゃんに名前で呼ばれるくらい仲良くなったんですか……?」
「うんうん、前まで友木さん、って。他人行儀な呼び方だったよね?」
どう説明したものか、と一瞬考えていると、
「優児さんには、私の恋愛相談に乗っていただいていたんです」
俺が答える前に、竜宮が何一つ隠さずに即答した。
「そうなの?」
と夏奈が聞き、
「優児先輩に恋バナとか、マジ無謀だと思うんですけどー……」
冬華が戦慄の表情で呟く。
無謀とまで言う必要なくない?
「そうなんです。みなさん、あまり他言をしないようにお願いしますね、あまり多くの方に知られると、恥ずかしいので」
と言ってから、
「それと、優児さんには今後とも恋愛相談に乗ってもらい、貴重な男性意見を伺うつもりです」
と、|意味深に池に目配せをしながら《・・・・・・・・・・・》宣言した。
これにはさすがの池もたじろいだ。
それを竜宮は、得意げな表情で見る。
……開き直って、かなり強かになったなぁと、俺が感慨深くそう思っていると。
朝倉がパンパンっ、と手を叩いた。
「はい、ラブコメはここで終了! 今から移動を始めるので、ここからはスポコンです。皆さん、覚悟は良いですねっ!!!??!?」
と威勢良く宣言した。
その言葉を聞いた甲斐が、
「これから小学生相手にラブコメをしようとしている人がそう言っても、説得力に欠けますよね……」
と俺に囁いてきた。
「全く以て同意だ」
俺が甲斐に囁き返すと、彼は顔を真っ赤にしつつ、ご満悦の表情を浮かべた。
変な反応だ、と思ったが、もしかしたら甲斐は耳が弱いのかもしれない。
今度から気をつけよう、そう思う俺だった――。