8、塩対応
結論から言うと、朝倉が少女たちのブルマを見てやる気になるわけではないようだ。
女の子たちが、悪ふざけでブルマを履き、困惑する朝倉を見るのが楽しかったということと、意外と動きやすいという理由で、彼女らはブルマを履いているらしい。
メガネをかけ、クールな印象を受ける翠という女の子が「あんたたちいい加減その恥ずかしい恰好止めなさいよ」と呆れたように言っていたことからも、間違いはないだろう。
その言葉があったため、冬華も通報をすることをやめていた。
「――というわけでさ、あの子たちに運動服をプレゼントすれば、ブルマを履くのをやめてくれるかなって思ってな」
「なるほどな。女児用運動着を通販サイトで眺めていたってわけだな」
「そういうことだ」
事情をわかってもらえて嬉しかったのだろう、朝倉は爽やかな笑みを浮かべながら、頷いた。
今は、平日の日中。
休み時間に教室で、朝倉と話をしているところだった。
「ついては、友木に頼みがあるんだ」
「俺に頼み? なんだ?」
朝倉は少しだけ逡巡してから、
「通販サイトだけだと、通気性や肌触りとかっていう機能性が、十分に分からないんだよな。だから店舗で実物に触れてみたいって考えたんだが……俺一人で女児向け運動服を見ていたら不審だろ?」
「男子高校生が女児向けの運動服を買い込んでいたら、確かに不審かもしれないな」
朝倉は、俺の言葉に「だろ?」と相槌を打ってから、
「だから、友木も一緒に買いに行ってくれないか?」
と、縋るような視線を俺に向けながら言った。
「……落ち着け朝倉。それじゃ不審度が倍になるだけだ」
「大丈夫だ、俺が品物を選んで、買うのを友木に任せるだけだから!」
「少なくとも朝倉の頭は大丈夫じゃないようだが……」
朝倉の意味不明な戯言に、俺は彼の脳みそが心配になってきた。
すると、朝倉は衝撃を受けたように口を大きく開けた。
それから、懺悔するように朝倉は言った。
「そういえば俺、初めて手に入れたエロ本は、クラスのお調子者にお願いして書店で代わりに買ってもらったんだ。……あの時から俺、何も成長してないんだな」
とても心苦しそうな朝倉だった。
面倒を見ている小学生に対するプレゼントと初めて買ったエロ本を同列に扱うなよ……。
そうツッコもうとしたら、
「え、朝倉君、優児君にエッチな本を買ってもらったの……?」
さらにショックを受けた様子の夏奈が、突如として話に入ってきた。
「いや、違うぞ」
「エッチな本をお互いにすすめたりはしないってこと?」
「ああ、しないぞ」
恐る恐る問いかける夏奈に、俺は即座に断言する。
「そっか、優児くんがそういうエッチな本を買いあさったりしてなくて、良かったかな」
ホッとした様子で夏奈は言い、続けて、
「あれ、それじゃあエッチな本云々って、何の話をしていたの?」
と、掘り下げてきた。
俺は無言で朝倉を見る。
彼は一つ頷いてから、
「それより、友木と葉咲に頼みがあるんだけどさ。今度の土曜日、ちょっと時間あるか?」
かなり強引に話題を変えた。
見れば冷や汗をかいている。エロ本云々ツッコまれて、朝倉は焦っているようだ。
しかし、この話題に乗らない手はない。
俺は問いかけに対して応える。
「大丈夫だとは思うが……頼みっていうのはなんだ?」
「俺がコーチをしている小学生チームは、試合経験がかなり少ないんだ。だから、何人かに声をかけて、即席チームを作って、対戦してもらおうと思ってな」
「バレー部の連中に声をかけた方が良いんじゃないか?」
「俺が小学生のコーチをしていることは、出来れば秘密にしていたいんだ」
「それって、もし練習が上手くいかなかったときに、コーチをしていることを言い訳にはしたくないから、ってことなのかな?」
夏奈が朝倉の言葉を聞いて、問いかけた。
「そのくらいは追い込まないと、チームメイトにも、小学生の子らにも、カッコが付かないからな」
と、朝倉は爽やかに笑う。
「へー、朝倉君、えらいねっ!」
と、夏奈は感心している様子だった。
……女子小学生だけのバレーチームのコーチをしているのを知られるのは流石にまずいと自覚しているんだろうなと、俺は他人事ながらそう思った。
「私で良いなら、大丈夫だよ。ただ、その日も練習はあるから、時間帯によっては難しいかもだけど」
夏奈はそう朝倉に応えた。
「まじか、ありがとう! 大丈夫だ、出来る限り葉咲の大丈夫な時間に合わせるから」
「俺も、そういうことなら大丈夫だ」
「よし、それじゃあ冬華ちゃんにも友木から声をかけといてくれ!」
と、朝倉は当たり前のように言った。
「甲斐からはOKをもらっているから、残り2人……いや、俺がコーチとして小学生チームに指示を出したいから、出来ればあと3人集めたいな」
と、冬華を頭数に入れて計算をし始めていた。
「まて、朝倉。冬華が来るとは限らないからな?」
「いや、来るさ……」
神妙な顔つきの朝倉が、続けて言う。
「恋敵の葉咲と一緒にいる状況を、あの冬華ちゃんが見過ごすはずないだろ? ……畜生、俺もラブコメがしたい……っ!」
「朝倉も十分ラブコメしてるじゃないか」
俺は朝倉の言葉を否定せずに、そう言った。
すると彼は、恨めしそうに俺を睨みつつ、
「100歩譲っても、ほぼほぼコメディーなんだよ!!」
と机を拳で叩きながら告げた。
ヒロインのほぼ全員がロリのラブコメなんて、今時珍しくはないと思うが……と思いつつ、この話をしても夏奈も朝倉も分からないだろうなと思い、俺は口を噤んだ。
すると、俺の袖をちょちょん、と夏奈が引っ張った。
俺は彼女を見つつ、「どうした?」と問いかけた。
「私と優児君のラブラブチームワークに、冬華ちゃんは不要だから、声をかけなくっても良いと思うよ?」
「ラブラブチームワークってなんだよ。……冬華には後で話しておくから、小学生の前で喧嘩とかしないように気をつけろよ?」
「それは冬華ちゃん次第だと、私は思うなー」
悪戯っぽく笑う夏奈を見て、俺が小さくため息を吐くと、
「友木ばっかりモテてズルい……俺だってモテたいのに……っ!」
朝倉はそう言いながら、自分の席へと帰っていった。
……朝倉はロ〇ハーレムを築けるくらいモテまくりじゃないか、とは言いづらい雰囲気だった。
「それで、優児くん。さっきの話なんだけどね?」
「なんだ?」
「さっきの、エッチな本云々って……何のことかな?」
柔和に微笑みつつも、彼女の声音は硬い。
絶対に理由を聞こうと思っているのだろう。
参った、このまま正直に言ってしまって、果たして良いものなのか?
そう思いつつ、朝倉の席へ目を向けると、ニヤけた表情で手刀を切っていた。
朝倉が初めてエロ本を購入したエピソードを夏奈に知られるのは流石に可哀そう……でもないか。
「それは、朝倉が初めて手に入れた物の話で……」
俺は、親切丁寧に朝倉のエピソードを夏奈に説明した。
これまででもっともどうでも良さそうに俺の話を聞いた後に、
「あ、ふーん」
と、彼女は無表情かつ棒読みで答えた。
ここまで夏奈に塩対応をされたのは初めてであり、新鮮な気持ちになる。
「それより、今度の土曜日はよろしくな」
俺が言うと、夏奈は途端に笑顔を浮かべ、
「うん! 一緒にスポーツって、なんだか昔みたいで、楽しみかも」
彼女はそう言った。
俺たちが小学生の頃、一緒に外で遊びまわっていたことを思い返しているのかもしれない。
「……そうかもな。俺も、楽しみだ」
俺の返事に、夏奈はどこか照れくさそうに、笑みを返してくれるのだった――。