6、朝倉(体操服)
理由は分からないが、冬華は怒っていた。
むくれた彼女の顔をみながら、どうしたものかと悩んでいると、アナウンスで電車がもうすぐ止まるようだと分かった。
念のため朝倉へと視線を向けると――動いた。
どうやら、この駅で降りるようだ。
「すまん冬華、俺はここで降りる」
そう告げて別れようとしたが、冬華は立ち上がってから言った。
「それじゃ、私もここで降りますね」
「なんで冬華も降りるんだよ……」
何故か降りるらしい冬華は、俺の言葉を聞いても無言を貫いている。
おそらく冬華は、俺についてくる気だ。
そうなれば、朝倉を追っていることに、彼女はすぐ気がつくだろう。
もしかしたら他人には知られたくない秘密が露わになってしまうかもしれないのだが……。
あれこれをうまい具合に説明できたとして、そんな時間を使ってしまえば朝倉を見失ってしまうことだろう。
折角ここまで来たのに、それは避けたかった。
冬華が一緒にいても、仕方ないか。彼女が朝倉の秘密を知ったとしても、周囲に言いふらすようなことはないだろうし。
そう考えた俺は、そのまま電車を降りることにした。
冬華も同じようについてくる。
2人で改札を通り、朝倉の後を追う。
そうしていると、流石に冬華も、朝倉の存在に気が付いた用だった。
「あれって、朝倉先輩……」
冬華は朝倉の背を眺めながらそう言った。
それから、はっとしたような表情を浮かべ、「あ~……」と、呟いた。
がくりと肩を落としてから、彼女は俺へ視線を向け、疲れた様子で言った。
「つまり、優児先輩は、様子がおかしいという朝倉先輩が気になって、わざわざ反対方向の電車に乗って、ここまで追ってきたっていうわけですね」
俺が無言で頷くと、クソデカ溜め息を吐きつつ、続けて彼女は口を開く。
「もしかしたら、朝倉先輩はあんまり他人に言えないような秘密があるかもなので、一人でこっそり様子を確認したかったから、私に事情を話せなかった、というわけですね?」
不満そうに問いかける冬華に、俺は答える。
「なんでわかるんだ、エスパーなのか、冬華は……!?」
俺の行動がすべて冬華に筒抜けになっていたことに、動揺が隠せない。
「先輩は意外と、分かりやすいんですよ。……もっと冷静だったら、きっと勘違いすることもなかったのに……っ!」
何故だか冬華は悔しそうに呻いていた。
「さて、と。それじゃあ気を取り直して、お目当ての朝倉先輩の様子でも見てみましょうか」
俺が冬華の言葉に応えずに逡巡していると、その様子から察してくれたのか、彼女は優しい声音で告げる。
「大丈夫ですよ、朝倉先輩に何かやましいことがあったとしても、私の胸の内にとどめておきますから」
「冬華……」
「法を犯していなければ、ですけどね」
冬華は明るく笑いながらそう言った。
「……っ!」
俺は割と笑えなかった。
「あれ、何で息を飲むんですか、冗談に決まってるじゃ無いですかー」
冬華は苦笑を浮かべつつ、言った。
だがもしも朝倉が、本当にロ……何らかの犯罪者予備軍であったなら、前科が付いてしまうかもしれない……!
であれば、冬華の言葉を冗談だと笑い飛ばすことは難しかった。
「俺は、朝倉を信じる…っ!」
「何を急に決意しているんですか……?」
俺の固い決意に冬華は引いていた。
そんな会話をしつつも、足を止めずに歩き続ける。多少騒いでいたが、朝倉は振り返ることはなく、彼に気づかれないまま、無事に尾行が出来ていた。
「それにしても、朝倉は一体どこに向かっているんだろうな」
俺が言うと、冬華はうーん、と悩む。
……その様子を見ていると、機嫌は多少良くなったことが分かった。
「まぁ、普通に考えたら彼女に会いに来てるんじゃないですかね? 様子がおかしいっていうのも、それだと合点がいきます」
「どういうことだ?」
「初めて彼女ができた男子とか、大概挙動不審だと思うんですよね」
「凄い偏見だな……」
と、初めて冬華と話したときに挙動不審になった自分のことを棚の上におきつつ、俺は冬華の言葉に絶句した。
それから、朝倉に彼女か、と考え、ふと思い至る。
もしかして朝倉は、夏休みにナンパした小学生の女子と、付き合いだしたのか……?
そして、女児向けスポーツウェアをプレゼントしようとしていた……のか!?
いや、まさか……そんなことはないだろう。
朝倉は、あのナンパの失敗を忘れたい過去として後悔していたはずだ。
だから、朝倉が小学生の女児とお付き合いをするようなロリコンであるはずは……ない。
「あ、朝倉先輩が建物の中に入っていきましたよ」
冬華が俺に声をかける。
見れば、確かに朝倉は建物の門を通った様子だった。
「……あの建物って」
訝しむ様子の冬華。
彼女がなぜそんな風に声と表情を硬くしたのか、俺にはすぐに分かった。
何故なら朝倉が足を踏み入れたその建物は――小学校だったからだ。
「……とりあえず、通報しておいた方が良いですよね? 仲の良い先輩が逮捕者がされるのは悲しいですが」
「早まるな、冬華」
ポケットに手を入れ、スマホを取り出そうとする冬華を制しながら、
「あの小学校、校門のところに教師らしき人物がいるが、朝倉は止められもせずに入ることが出来た。何かしらの理由があって許可を得て、この学校に入っているんじゃないか?」
朝倉を信じると決めた俺は、必死に冬華に弁明した。
「あ、普通に考えたらそうですよね。……私たちも、入ってみますか」
「いや、難しいんじゃないか?」
最近は不審者対策で、学校も警備が強化されている。
この学校の卒業生でもない上、アポなしの俺たちが迎え入れられるとは、到底思えなかった。
「そんなに心配しなくても、大丈夫じゃないですか?」
なぜか自信ありげの冬華に困惑しつつも、彼女の後について校門へと向かい、そして――。
「あー、君たち。ウチの学校に何かようかい?」
校門で立っていた教師と思しき人物に、普通に声をかけられて止められた。
そりゃそうなるだろうと思っていると、
「あ、私たち、ついさっきこの学校に入ってった朝倉先輩の手伝いなんですよー。ちな、何の手伝いをするのかは、全然聞いてないんですけどね」
冬華が、呼吸をするように嘘を吐いた。
いかにもテキトーな理由をでっちあげていたが、このくらい緩い方が逆にリアリティがあるかもしれない。
冬華に説明を受けた教師風の男は、俺と冬華を交互に見る。
そして俺からすぐに目を背けた。……顔が怖いからなのだろうが、ここまで露骨だとやはり俺の弱メンタルは傷ついてしまう。
「悪いけど、そういうこと聞いてないから、やっぱり通すわけにはいかないよ」
教師風の男が言うと、
「えー、聞いてないんですかぁ? ちょっと確認してみますね」
そう言って冬華はスマホを取り出し、ぱっと電話を掛けた。
ほんの数秒で電話に出たらしく、冬華が明るい声を出した。
「あ、朝倉先輩ですかー? 私と優児先輩、今同じ小学校にいるんですよー。でも、校門のところで先生っぽい人に止められちゃって……助けてくれませんかぁ?」
……とんでもない力技を魅せてくる冬華。まぁ、ここまできたら本人に事情を聞きたいので、直接連絡を取るのが手っ取り早いか。
電話に出た朝倉はきっとわけもわからずに驚いていることだろう。
それから冬華が数度相槌を打ってから、「それじゃ、校門で待ってるので、よろでーす!」と言って通話を切った。
「……朝倉、来てくれるのか?」
「ダッシュで来てくれるそうですよ」
ニコリと笑顔で冬華は言う。
それから、1分と経たないうちに、息を乱した朝倉が、校門に辿り着いた。
俺と冬華を見て、気まずそうに笑ってから、
「すんません、この二人は俺が声をかけていたんです」
と、教師風の男に声をかけた。
彼は、一度わざとらしくため息を吐いてから、
「今度からは、ちゃんと前もって言ってね。それと、出来るだけ一緒に来るようにしてくれないと、困るからね」
と、注意をした。
「すんません、気をつけます」
朝倉は頭を下げつつ言った。
どうやらこれで俺たちは、敷地内に入ることを許されたようだ。
「お疲れ様でーす」
冬華はそう言って、校内に足を踏みいれた。
その後に俺は続き、朝倉と並行して歩く。
「……どうして二人がここに?」
気まずそうに、朝倉が言う。
俺は目を合わせてから答える。
「……最近、朝倉の様子が少し変だと思ってな。心配だった」
「だから電車で見かけた朝倉先輩の後をこっそりついてきちゃったらしいです」
俺と冬華の言葉に、朝倉は「そうだったのか」と呟いた。
「すまん、気を悪くしたか?」
「いや、心配かけて悪かったな」
照れくさそうに、朝倉は言った。
「それで、一体何のようで小学校に……」
俺の問いかけが言い終わる前に
「お、善人くん、やっときた!」
「もー、遅いよー!!」
幼い女の子の声が耳に届いた。
その声の主を見る。
「ごめんごめん、すこし遅れた」
朝倉は苦笑をしつつ、二人の女の子に謝った。
その二人は、夏休みの海で朝倉が声をかけた女の子だった。
やはり、という思いよりも前に、彼女たちのその姿を見て――俺は絶句した。
「って、なんで女連れ!?」
冬華を指さして、一人の女の子が憤慨しつつ言った。
言われた冬華は「事案……?」と呟きつつ、スマホを手に取ろうとしていた。
「まだ通報は早い」
俺はそう言って冬華の行動を止めた。
それから、女児と戯れている朝倉に対して、疑問を投げかける。
「なぁ、朝倉……」
「ん、なんだ、友木?」
俺は、聞くべきか否か、少しだけ逡巡したが……やはり、聞かずにはいられない。
決心して、問いかける。
「彼女たちは、何故――ブルマーをはいているんだ?」
令和の時代を生きる女子小学生が昭和の遺物を履いていることに、強い違和感を覚えていたのだ。
「あー、それは……」
頬を指で掻きながら視線を泳がせている朝倉の代わりに、
「「こっちの方が、善人くんがやる気を出すからっ!!」」
朝倉の両腕にそれぞれ絡みつくニ人の少女が自慢気に、同時に告げた。
「あー……なるほど」
その言葉に俺は困惑を浮かべつつ呟く。それから、隣に立つ冬華に視線を向けた。
彼女は作り物じみた笑顔を顔に貼り付けつつ、おそらくは通報をするために、ポケットからスマホを取り出すところだった――。