14、生徒指導室
週が明け、月曜日。
気だるげな午前中の授業が終わり、昼休み。
「いやー、それにしても、このプリクラの効果、抜群ですよー!」
今日も、冬華と一緒に昼ご飯を食べることになり、中庭のベンチで腰かけている。
「……それは良かったな」
俺としては、何とも言えない気持ちになるのだが。
「でも、手帳型ケースの内側に張り付けているので、夜電気を消してからスマホを見た時、明かりに照らされる先輩の顔が不意に視界に入るんで、結構ビビっちゃうんですよねー」
冬華は言いながら、手帳型ケースの内側に貼ってある物の怪の類のシールを見せつけてくる。
「なら、剥がせよ」
「……魔除け的な効果もありそうだなぁ、って。ちょっと思ってるので、剥がしません」
魔除けって……こいつ結構容赦ないこと言うよな。
俺は少しばかり落ち込みつつも、昼飯を食べ進める。
そして、俺も冬華もご飯を食べ終えたころ。
「そこの二人、少し良いかしら?」
と、俺と冬華に話しかけてくる人が現れた。
見ると、そこにいたのは真桐先生だった。
冬華はあからさまに嫌そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫っす」
俺の言葉に、冬華は「えー」と呟いてから、
「……なんですか?」
と一言問いかけた。
「ここで話すようなことでもないわ。二人とも、生徒指導室に来なさい」
つまり、中庭ではなく生徒指導室で話すようなことらしかった。
☆
管理棟の一階に、生徒指導室はある。
そこで、俺と冬華は真桐先生と対面して座っていた。
「単刀直入に聞くけど、二人は男女交際をしているのよね?」
真桐先生が鋭い視線を向けながら、俺たちに問いかける。
長い黒髪、色白な肌、均整の取れたスタイル。
真桐先生は抜群の美女であり、陰ながら憧れる男子生徒は相当多いらしいと聞く。(もちろん、池情報だ)。
しかし、表立って彼女に話しかけるような者はほとんどいない。
何故なら、真桐先生は非常に厳しく、多くの生徒から怖がられているからである。
「はーい、私たち、健全にお付き合いをしてまーす。不純異性交遊はダメみたいですけど、私たちは真面目なお付き合いをしているので、こんなところに連れられる理由が分かりませーん」
しかし、冬華は怯えを一切見せずに答える。
一年生だから、真桐先生の怖さがまだわかっていないのだろう。
冬華の言葉を聞いてから、今度は俺に視線を向ける真桐先生。
俺も、怯えることはない。
彼女は厳しいが、とても誠実な先生であることを知っている。
だから俺も、真桐先生には嘘を吐きたくはなかった。
「いえ。実は俺たち、付き合ってないっす」
真桐先生がポカンとした表情で首を傾げていた。
「え、えー? いやいや何を言ってるんですか先輩? 私たち超ラブラブバカップルじゃないですか、もーヤダ超びっくり! そんな意地悪されると私も怒っちゃうぞ☆……マジで」
そして、冬華は怒っていた。
笑顔を浮かべてはいるが、その声音は硬かった。
「付き合っていない、とは。どういうことなのかしら?」
真桐先生は俺に言葉を促そうとする。
「彼女は見ての通り、モテます」
「確かに、池さんは綺麗だし、明るいわね。男子から好意を持たれるのも、不思議ではないわ」
俺と真桐先生の言葉を聞いて、照れる……ような可愛げは冬華にはなかった。
暗い視線を俺に送りつつ、怒りを面に出さないように必死そうだ。
「ただ、誰とも付き合う気がないのに好意を告げられても迷惑ということなんで、俺と付き合っていることにして、男避けをしているってわけっす」
ふむ、と真桐先生は俺の話に頷いた。
「や、やだなー、先輩。そんな嘘言ったら私すっごく悲しいじゃないですか、もー」
弱々しい笑みを浮かべる冬華。
しかし、その目が怒りに燃えているのを見て、同情心は全く湧かなかった。
「そうだったのね。良かったわね、池さん。優しい先輩が協力をしてくれたようで」
冬華に向かって、穏やかに微笑みかける真桐先生。
「そういう事情であれば、私もこれ以上生徒指導室で話を聞く必要もないわね」
「ちょ、ちょっと待ってください! 普通、今の話を信じますか? 先輩が生徒指導をされたくなくて吐いた、適当な嘘……って、思いませんか!?」
冬華は真桐先生に、抗議の言葉を放つ。
「思わないわ。一年生の時から、友木君のことは知っているけど。彼はとても誠実な生徒よ。それに、女の子を傷つけるような嘘を吐けるとも、思えないわ」
鋭い視線を冬華に向けながら、真桐先生は言った。
かなり信用をしてもらえているようで、俺はとても嬉しくなった。
真桐先生の迫力に押され、言葉に詰まる冬華。
反論をしようとして、それも無駄だと考えたのだろうか?
「このことは! ……ぜ、絶対に誰にも言わないでくださいね、先生!?」
結局、そうお願いするしかなかったようだ。
冬華の言葉を聞いた真桐先生は、優しい微笑みを浮かべてから答えた。
「もちろん、分かっているわ。あなたの気持ちも尊重したいし、友木君の努力を無駄にもしたくない」
ぐぬぬ、と微妙に納得のいかない表情を冬華は浮かべつつも、言う。
「……それなら良いんですけど。それじゃあもう、お話は済みましたよね!?」
「ええ。ただ、今後はもう少し大人しくするように、とだけ。改めて注意をしておくわ」
真桐先生は、最後にそう言って俺と冬華に念押しをした。
「……はーい」
つまらなさそうに、冬華は応じた。
俺も、首肯をして応じた。
そして、そのまま立ち上がり、生徒指導室を後にした。
生徒指導室から出て、廊下を歩いてから、もう一度中庭に戻った俺たち。
「な・ん・で! 本当のこと言っちゃったんですか、マジであり得ないんですけど!!」
早速冬華は、俺に文句を言ってきた。
「……真桐先生が、冬華のことを気遣っていたのが分かったからだ」
「は? どういう意味ですか?」
俺の言葉に、眉を顰めた冬華。
「俺みたいな不良のレッテル張りがされている男と恋人になれば、教師からの冬華への風当たりは当然強くなる。真桐先生は事情を聞いて、そのフォローをしたかったんだろう」
「……どうでしょうね。そんなの分からないじゃないですか」
「分かるさ」
俺がかつて問題を起こしたとき、池と真桐先生が全力で庇ってくれたことがあった。
今回も、俺と冬華が恋人関係になったことで、既に教師の間で問題視されていたのだろう。
それを、真桐先生は静観せずに、手助けをしようとしていたんだ。
真桐先生は、外見で人を判断せずに、内面をしっかりと見てくれる。生徒のために行動をしてくれる。
信頼できる、良い先生だ。
「……はぁ、過ぎたことはもう良いです、どうすることもできませんしね」
冬華は溜息を吐いてから、
「先輩、一応言いますけど、今回みたいなのはもう無しですよ」
と、俺に向かって言った。
「分かってるって」
「本当にわかってますか? クソ兄貴にも、他の先生にも、誰にも。絶対にこれ以上秘密を漏らしちゃダメですからね!」
必死の表情で冬華は念押しをしてくる。
本来ならば、池にも嘘は吐きたくない。
だが、このニセモノの恋人関係を通じて、この兄妹が仲直りをするきっかけを掴みたい俺としても、ここは嘘を貫くしかない。
「ああ、ちゃんと分かってるから」
「……本当にわかっているんですかねー」
むぅ、と頬を膨らませながら拗ねたような表情を浮かべる冬華。
「安心しろって、俺も今更後戻りするつもりはないからな」
「……そうですよね。こんなに可愛い女の子と一緒に居られる特権を、そう簡単には放棄しませんよね」
真面目な表情で、冬華は言った。
……こいつのこの自信は一体どこから湧いてくるのだろうか、と本気で不思議になるのだった。






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