2、友人キャラと(ポンコツ)美少女副会長
二学期の目玉行事の1つである体育祭も終わり、なんとなく気怠い雰囲気が校内を包んでいた。
体力には自信のある俺も、心なしか身体が怠い……そんな、残暑の暑さも厳しいとある日のこと。
休み時間中、トイレから教室に戻るところで、
「あら、優児さん。ごきげんよう」
と、声をかけられた。
鈴の音のように軽やかな声を俺にかけてきたその少女は、
「よう、竜宮」
容姿端麗、成績優秀、品行方正と、(表向きは)非の打ち所のない、(ポンコツ)美少女生徒会副会長、竜宮乙女だった。
注釈が多い彼女に俺が挨拶を返すと、どこか不思議そうに首をかしげてから、
「あら、『お義姉ちゃん』とは、呼んでくださらないんですか?」
と、悪戯っぽく言う。
呼ぶわけないだろ、……と冷静に思いつつ、
「……俺が本当に『お義姉ちゃん』と竜宮を呼んだとして。笑わない自信があるか?」
俺の問いかけに、竜宮はフンと鼻で笑ってから、
「ないですね、抱腹絶倒をご覧に入れましょう」
どや顔で答えた竜宮に対して、
「よう、お義姉ちゃん」
と、俺は試しに呼んで見た。
彼女の言葉の通りならば、爆笑を見られるはずだが。
「……思いの外、面白くありませんね」
はぁ、と溜息を吐きつつ、小馬鹿にしたように肩を竦める竜宮。
俺が滑ったみたいになっていた……。
「なんだこいつ……」
「すみません、冗談が過ぎましたか」
と、全く悪びれた様子を見せないその態度に、やはり俺はいらっとする。
だが、その態度は。
もしかしたら、俺が気を遣わないようにしているのかもしれないと気がついた。
「……どうされましたか?」
俺の顔色を窺いつつ、彼女が問いかけてきた。
面と向かって問いかけるのは気まずい気もしたが、それでも結局、俺は言った。
「いや、元気そうだなと思ってな」
俺の言葉に、「ああ」と、彼女はほほえみを浮かべる。
この様子だと、池に振られたばかりなのに、という俺の気持ちは伝わったことだろう。
わざとらしく上目遣いに俺を見つつ、
「わかりやすく落ち込んで見せた方が、優児さんの好みだったでしょうか?」
「今みたいなウザ絡みよりは、よっぽどな」
「そうですか。……優児さんの好感度をこれ以上稼ぐつもりなんてないので、やはり落ち込む様子は見せないことにします」
そもそも竜宮はそんなに俺の好感度稼いでいない。
俺が言うのもなんだが、そういう空気が読めないところが、案外池に振られた原因なのかもしれないな。
「え? ……そ、そういうこと面と向かって言いますか? もしかして優児さん、私のことを嫌い……?」
戸惑った様子で、竜宮が問いかけてきた。
どうやらイラッとしすぎたせいで、考えていたことを思わず口に出していたようだった。
「まぁ、しょうがないだろ」
「否定してくださらないんですか……!?」
驚愕を浮かべる竜宮。
「冗談は、おいといて」
「本当に冗談ですか?」
むくれた面で、非難がましくこちらを見てくる竜宮。
「ああ、冗談だよ」
そう言ってから、続けて
「それで、何かようだったか?」
と、俺は彼女に問いかける。
「特に用件はありませんよ。挨拶程度、友人であれば普通でしょう?」
にこやかに笑いながら、竜宮は言う。
ああ、そうか。
俺たちは友達だから、廊下で姿を見て挨拶をするくらい、おかしなことじゃ無い。
そう思うと、俺はなんだか感激してしまった。
「そうだな、普通だ」
「……相変わらずおかしな方ですね」
可笑しそうに微笑み、竜宮は言う。
「ああ、そういえばですが。今度、生徒会選挙があるのはご存じですよね?」
「もう、そんな時期だったか」
体育祭が終わり、文化祭が行われるの間に、この学校では次期生徒会長を決めるための生徒会選挙が行われる。
昨年は池と竜宮と竹取先輩、その他数名が立候補し、見事池が当選していた。
「ええ。それで、頭の片隅にでもおいてほしい事柄がありまして」
なんだろうかと思い、彼女は続けて言った。
「私は、今期も立候補しようと思います」
「今年こそ生徒会長に、ってことか」
昨年から、生徒会長になろうと思っていたのだろうから、おかしな話ではない。
「出来たら今度こそ、会長と真っ向勝負をして、彼を超えたいと思っているのですが……今期も立候補するかは、わかりません」
「確かに、池は今より良い学校に、と張り切って立候補をするかもしれないし、次代に任せておとなしく引退を選ぶようにも思う」
「なので、もし会長が選挙に立候補を渋った場合……優児さんを、私の応援演説を頼みたいんです」
「……どうしてそうなった?」
急に話が分からなくなった。
竜宮はもしかして、日本語が苦手なのだろうか?
「優児さんに応援演説をお願いするのは、会長に対する挑発です。会長は優児さんに一目置いているので、有効だと私は思っています」
その挑発に意味があるか、甚だ疑問ではあるが、仮に彼女の言う通りだったとして。
「池を選挙に引っ張り出せたとして、実際に演説を任せるにはデメリットの方が多いだろ?」
「その点も、ご心配なく」
自信満々に笑みを浮かべてから、彼女は続ける。
「学校一の不良生徒を応援演説に使う、というのは、私の有能性をアピールできるでしょうね。申し分ないメリットです」
「……相変わらず良い性格してるな」
「お褒めにあずかり光栄です」
皮肉が効かない彼女に何を言っても無駄か……。
俺は残念な気分になりつつ、口を開く。
「考えておく」
「ええ。まぁ、普通に会長が立候補する可能性もあるわけですし、頭の片隅に置いてくださるだけで結構ですので」
そう言ってから、彼女は手首の腕時計を確認し「あら、休み時間が終わってしまいますね」と呟いてから、
「それでは優児さん、ごきげんよう」
と告げた。
「おう」
と俺が答えると、彼女は満足そうな笑みを浮かべてから、廊下を歩いて自分の教室へと向かって行った。
その背中を見送りながら、俺は思う。
きっと竜宮が俺に声をかけたのは、池への挑発のためだけではないだろう。
俺が実は無害なのだと、応援演説を通して、全校生徒にアピールしようと思ってくれていたのだろう。
俺と竜宮は……友人だから、彼女の考えが、なんとなく分かった。
「……応援演説をお願いできれば、当選後に彼を生徒会役員に潜り込ませることも容易。彼さえいれば、冬華さんを生徒会に招く口実にも……ふふ、会長のことも併せて一石四鳥の計画、自分自身の頭脳が恐ろしいです……」
視線の先の竜宮の呟きが、俺の耳に届き、俺は改めて考えるのだった。
――あれ、俺たちって本当に友人だよな? と……。