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打ち上げ

 生徒会室から出て校庭に向かうと、まだほんの少しだけ作業が残っていたため、俺と池は他の生徒と合流し、片づけを行った。


 片づけが終わると、形ばかりのHRのために教室へと戻り、そこで担任教師からこの後、打ち上げ等で羽目を外しすぎないように、とのお達しがあり、解散となった。


 そして……。


「よっしゃー、体育祭勝利記念! この後時間があるやつは、打ち上げに行くぞー!!」


「それっきゃないっしょー」


「マジ上がるわ!」


 と、クラスの連中は大いに盛り上がっていた。

 おそらく、彼らの耳に、担任教師の注意喚起は毛ほども届いていないことだろう。


 俺は周囲から気づかれないように、そっと荷物を手に取って、廊下へと出た。


「あ、優児先輩!」


 すぐに、聞きなれた声が耳に届いた。

 その声の主を振り向くと、冬華だった。


「おう」


 俺が一言応じると、彼女はニヤりと笑ってから、


「おやおや、先輩? 今クラスの皆さんは打ち上げのことで大盛り上がりみたいですが、先輩はそんなこと放って、私と一緒に帰ろうとしてくれていたんですかね?」


と、揶揄うような調子で問いかけてきた。

 廊下にいても、クラスの連中の騒ぎようは聞こえてくる。

 冬華も、当然すぐに打ち上げのことは知られたのだろう。


「そういうわけじゃない」


「お得意の照れ隠しですか? 本日のMVPの先輩が、クラスメイトから打ち上げに誘われないわけないでしょ? にもかかわらず一人でこうして廊下に出てきたということは……私との下校デートが楽しみで仕方がなかったというわけですよね!?」


 冬華の言葉に、俺は面映ゆくなる。

 デートがどうこう言われたからではない。

 俺が、クラスメイトから打ち上げに誘われる前提で話してくれたことが、くすぐったい気分になったのだ。


「冬華は、勘違いをしているな」


「勘違い……ですか?」


 俺の言葉に、キョトンとした表情で首を傾げる冬華。


「ああ。例えば、池や朝倉は、俺に打ち上げに参加をしないか、声をかけてくれるだろう」


「そうでしょうね」


「そして、俺がそれを快諾したとする」


 俺の言葉に、冬華はうんうんと頷いている。


「そして、俺が打ち上げに参加することを知ったクラスメイトが、ちょっと気まずそうな態度を取ったとする。その場合、情けないが俺は、すぐに店を出ることになる。そして、クラスメイトにさらに気まずい思いをさせてしまうことになるだろう」


 俺の言葉を聞いた冬華は、一度大きく頷いてから、どこか寂しそうな表情になり、それから優しく微笑んだ。


「そっか、先輩は他の人に気を使っているだけじゃなくって……傷つきたくないんですね」


 冬華の言葉に、俺は苦笑を浮かべて応える。


「あー、そうなのかもしれないな。……こんなに居心地の良い場所は、初めてだから。万が一にも、拒絶されたくない。ビビっているんだろうな、俺は」


 冬華は、無言のまま俺の言葉に耳を傾けていた。

 それから、しょうがないなとでも言いたげな表情をしてから、右手を大きく振りかぶり……


バン!


 と、大きな音を伴わせ、思いっきり俺の背中を叩いた。


「……普通に痛いんだが」


「何を言ってるんですか、こーんなにか弱い女の子が何をしたって、屈強な先輩にはダメージ0のくせに!」


 そう言いながら、冬華はけらけらと笑う。

 俺は、なんじゃこいつ……と思いつつ、無言のまま冬華を見た。


 彼女は俺の視線に気づいたのか、笑うのをピタリとやめ、真剣な表情を浮かべて俺を見る。


「大丈夫ですよ。このクラスの人たちは、先輩が良い人だって、とっくに分かっているんですから。今更拒絶なんかしません」


 優し気な声音でそう言ってから、今度は上目遣いに俺を覗き込んできた。


「それに、万が一拒絶されちゃったときは。この超美少女な彼女が、思いっきり傷心を癒してあげますし? あ、こうなっちゃうと、みなさんに拒絶された方が先輩的には儲けものになっちゃいますかね??」


 楽しげな表情で、彼女はそう言った。

 ……ここまで冬華に言わせてしまったことが、途端に俺は恥ずかしくなった。


「……悪い。助かる」


 一言だけ俺が言うと、彼女は満足げに頷いてから、俺の背中をググっと押して、教室へと押し込んだ。


「それじゃ、先輩。健闘を祈ります!」


 最後に彼女はそう言ってから、来た道を引き返していった。


「お、友木君見つけた!」

「ちょ、どこ行ってたん!?」

「まぁいいや。友木君も、打ち上げ来るよな!?」


 教室に入った俺に、早くも声が掛けられた。

 普段から話をしている、池でも、夏奈でも朝倉でもなかった。

 ほとんど話をしたことのないようなクラスメイト達が、熱心に俺を誘ってくれていた。


 ……嬉しかった。

 こんな風に、クラスメイトから声をかけられることなんてなかったから。

 感無量だった俺は少しの間、返答することが出来ずにいた。


「……あれ、もしかして今日は無理そう?」


 一人の男子が、気まずそうに、俺に向かってそう問いかけた。


「いや、大丈夫だ。俺にも、参加させてくれ」


 俺の言葉を聞いたクラスメイト達は、


「「「いよっしゃぁぁぁぁああああーーーー!」」」


 と、歓喜の叫び声を上げていた。

 おいおい、そこまで喜ばれると、流石に照れくさくなるだろう。

 そう思っていると、


「葉咲―、友木君来るってよ!!」

「これで、葉咲も来てくれるよな!?」


 と、近くにいた葉咲に声をかけた。

 

 ……ん?


「ホント!? 優児君が行くんだったら、私も行くよ、もちろん!」


 と、葉咲が嬉しそうな表情で応えた。


 …………んん!?


 困惑を浮かべる俺の隣に、いつの間にか朝倉が来ていた。

 彼はどこか気難しそうな表情を浮かべてから、俺に告げる。


「葉咲がな、友木がいなければ自主練するために帰るって言ってたんだ。だから、あいつらは熱心に友木を誘っていたんだよ」


「あー、そういうことか」


 俺は納得して、そう呟いた。

 流石に、あんな感激されるわけないよな、と自分の思い違いに少し恥ずかしくなってしまった。


「……あいつらは何もわかっていないんだ」


 固い声音で、朝倉が言った。

 俺は、彼を見る。

 もしかして……怒ってくれているのだろうか?


「やったー、今日は冬華ちゃんの邪魔もないし、楽しくなりそうだね! よろしくね、優児君?」


 そう考えていると、葉咲が俺に近寄り、笑顔を浮かべて迫ってきた。


「おう。よろしく。……近いぞ」


「えー、もっと近づいた方が良かったかな??」


 と、人懐っこい笑みを浮かべつつ、俺の服の袖をつまんでくる夏奈。

 まだまだ暑いんだよなぁ、と思っていると、


「葉咲……」

「そんな……」

「ちくしょー!!」


 熱心に俺に声をかけてくれていたクラスメイト達が、跪いて嘆いていた。

 そんな彼らを見て、朝倉は同情を浮かべつつ、言った。


「今回の打ち上げに来るのは、友木と葉咲ではない。……葉咲という美少女を侍らしている友木が来るんだ……っ!」


 と、意味の分からないことをほざきつつ、彼もまた跪いて嘆いていた。

 ……別に怒ってくれていたわけじゃなかったんだな、と俺は苦笑を浮かべる。


「お、友木君も来るの?」

「マ? 初絡みじゃん」

「ヤバ谷園じゃん」

「それなー」


 と、今度は普通に俺のことを歓迎(?)してくれている様子のクラスメイトが現れた。

 良かった、俺は葉咲のおまけじゃなかったんだな……そう安心しつつ、「おう、よろしくな」と応える。


「よろー」

「また後でゆっくり話そうな」


 数人とそんな風に挨拶を交わしていると、


「駅前のカラオケ、予約とれたから移動しようぜー」


 教室の前の方で、誰かがそう言った。

 クラスの連中はその声に従い、荷物を持って、教室から出て行った。


「私も荷物取らなくっちゃ」


 そう言って、夏奈が俺から離れて自席へと向かった。

 俺も教室を出るか、そう思って出口に向かう。


「優児も参加か。楽しくなりそうだな」


 廊下に出る前に、池にそう声をかけられた。

 普段と同じ柔和なその表情を見て、やはり先ほどの違和感は気のせいなんだろうと、俺は思った。


「ん、どうした?」


 無言でいる俺に、池はそう問いかけた。


「いいや、何でもない。よろしくな、池」


 俺はそう答えて、彼と並んで教室を出た。

 初めてのクラス会は、楽しめそうだな。

 背中を押してくれた冬華に、感謝をしなくては。


 そう考えていると、不意に一つの疑問が浮かんだ。


 ……冬華は、何をしにこの教室まで来たんだろうか?


 と。



☆☆☆〈side冬華〉


 ちょっと、カッコつけすぎちゃったかなー。


 誰もいない屋上。

 まだ日は落ちていなくて、きつい日差しに肌が焼かれるのを感じながら、私はそんな風に思った。


 本当は、体育祭の打ち上げ、という名目で、二人っきりになりたかったんだけど……仕方ないかな。


 いつものように、他人のことを慮るだけじゃなく。

 自分に自信が持てないでいた、弱気な先輩をそのままにして、私と一緒にいてくださいなんて、どうして言えるだろうか


 私は先輩が好きだし、たくさんの時間を一緒に過ごしたいとは思っているけど。

 それで、彼を独占しても良いことにはならない。


 先輩は素敵な人だから。

 先輩の良いところを、たくさんの人に、知ってもらいたい。

 そして、たくさんの笑顔に囲まれて、先輩にも笑顔を浮かべてもらいたい。


 ……なんて、私って健気すぎるかも?

 

 そんな風に考えていると、スマホが震えた。

 見ると、クラスの子からだ。

 私たちのクラスでも、今日は打ち上げがある。その会場がどこか聞いたら、快く教えてくれた。


 先輩と一緒にいたいから、最初に誘われた時は断ったんだけど……やっぱり、行くことにした。

 いつも誘いを断るのは感じが悪いし、クラスの子とも、もっと仲良くなっても良いかも、なんて。

 優児先輩を見て、私は少し、そう思っていた。


「さて、行こっかな」


 私は、一人呟いて、出口の扉へと向かいながら、考える。


 きっと、先輩は初めてのクラス会を、楽しんでくるんだろう。

 あのクラスの人たちは、ノリがいいし、なんだかんだで見る目もある。

 朝倉先輩だっているし、何より兄貴もいる。

 ……葉咲先輩がいるのが、私にとっては悩みなんだけど。


 不安な気持ちもあるんだけど、今は、先輩が目いっぱい楽しんでくれることに期待して、私も精々クラス会を楽しんでこよう。


 そう決心して、私は扉を開こうとしたのだけど――。


「冬華、いたか」


 目の前の扉は、私が触れるまでもなく開き。


「……え?」


 目の前には、ここにはいないはずの彼がいた。



☆☆☆



「冬華、いたか」


 屋上の扉を開けると、目の前に冬華がいたため、思わず俺はそう声に出した。


「……え?」


 俺が来るとは思いもしなかったのだろう、彼女は呆然とした様子で間の抜けた声を出していた。


「なんで先輩がここに……? クラスの人たちと打ち上げに行ったんじゃ?」


 と、呟きを漏らした冬華。


「打ち上げには、遅れて参加すると池に伝えている。ここにいるのは……中庭か、教室か、屋上か、冬華がいそうだと思ったところを、上の階から順に見て回ったからだな」


 もちろん、それ以外の場所にいることも考えられるし、普通にまっすぐ帰っていたかもしれない。

 最初に当たりを引けたのは、幸運だった。


「えと……そもそも、なんで私を探していたんですか?」


 冬華は動揺を浮かべたまま、俺に問いかける。


「ちょっと、気になることがあってな」


「気になること……? メッセージじゃダメだったんですか?」


「ああ。直接確認したくてな。どうして、冬華はさっき、ウチのクラスにまで来たんだ?」


 その問いに、冬華は再び動揺を浮かべた。

 それから、髪の毛を指先で弄りながら、答えた。


「いや、私はただ、クラス会に参加するから、今日は一緒に帰れないですって言いに行っただけですから」


「それこそ、メッセージ送れば済むんじゃないか?」


「は、はぁっ!? ……てゆーか、先輩のくせに口ごたえとか、生意気なんですけどっ!?」


 顔を真っ赤にして、冬華は言う。

 その様子を見て、きっと俺には知られたくないことなんだろうな、と察しがついた。







 流石に、ここまでされて冬華の気持ちに気づかないわけがない。







 彼女は、俺がおじけづいてクラス会に参加しないだろうと予想し、直接会って背中を押しに来てくれたのだろう。




 

 それ以外に、冬華がわざわざウチのクラスに来る理由がなかった。


「な、何を笑っているんですか!?」


 顔を真っ赤にしたままの冬華が、俺に向かって大声で言った。

 自然と、頬が緩んでいたらしい。気をつけなければ。


 直接礼を言うのは、あまりに野暮だろうなと思ったが、何のアクションもとらないというのはありえなかった。

 だから俺は、彼女に向かって言う。 



「明日、何も用事がなかったら。俺と一緒に体育祭の打ち上げをしてくれないか?」



 言い終えると、彼女は真顔になり、「……え?」と呟いた。

 それから、先ほどよりもなお顔を赤くしつつ、


「そ、そういう風にマジトーンで口説かれると……普通に照れるんですけどー?」


 と、もじもじしながら、冗談っぽい言い回しで、彼女はそう言った。


「口説いてるわけじゃないっての。体育祭の準備期間中は、一緒に昼飯食えなかったりしたから、早いところ埋め合わせをして、御機嫌取りをしておこうと思ってな」


 俺がそう言うと、冬華は胡乱気な眼差しで、こちらの顔をじろじろと見た。

 それから、「……はぁ」と、露骨にがっかりしたように、ため息を吐いた。


 一体、どうしたのだろうか?

 そう思っていると、彼女は俺の隣にならんでから、口を開いた。


「そう言えば先輩、今日の会場はどこですか?」


「駅前のカラオケボックスだけど、それがどうした?」


 俺が答えると、冬華はゆっくりと階段を降り始めた。

 それから、振り返らずに次の言葉を告げた。


「私のとこのクラスも、駅前のとこでやるみたいなんで、一緒に向かいましょっか。明日の打ち上げで何をするか、歩きながら話しましょ?」


 柔らかな声音で、冬華はそう言った。

 どうやら、俺の誘いを受けてくれるらしい。


「ああ、そうするか」


 俺は、階段を降り、早足で彼女に追いつき、そして並んだ。


 互いの手が、触れるか触れないかの微妙な距離だった。


 この距離こそ、まさしく『ニセモノの恋人』である俺たちの距離なんだろう。

 この関係も距離も、いずれは変わってしまうはずだ。


 ……それでも今は。

 この関係を、精一杯楽しんでいきたい。


「とりあえず、タピオカはマストですね。先輩がタピオカ飲むところ、チョー笑えそーですしね?」


「多分ご期待には応えられないぞ」


「どーでしょうねー?」


 軽やかな歩調で階段を下りながら、失礼な言葉を放つ冬華。

 呆れつつも、彼女の笑顔を見ていると、不思議と腹立たしく感じないのは、冬華とのこの関係を心地よく思っているからなのだろう。




 付かず離れずのこの距離が、出来るだけ長く続くように--。


そんなことを考えながら、俺は彼女と共に歩くのだった。



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