32、再ハイタッチ
俺と話し終え、表情を明るくした竜宮。
「はぁ……会長。……んふふ」
と、うっとりとした様子で自分の世界に入り込み始め、一人でにやける竜宮。
気分は既に、池の恋人になっているようだった。
「俺は自分のクラスに戻るから」
もう俺のことは見えなくなってしまったらしいが、一応一言そう告げて、俺は立ち去った。
待機場所であるテントに向かっていると、一人で周囲をキョロキョロと見回す夏奈を見つけた。
体育祭の競技は最後になっているというのに、こんなところで一人どうしたのだろうか。
そう考えていると、夏奈が俺を見つけたようで、大きく手を振ってこちらに歩み寄ってきた。
「優児君、やっと見つけた!」
「俺を探していたのか?」
夏奈の言葉に、俺は応じる。
彼女は「うん、そうだよ」と言いつつ、コクリと頷いた。
「最後の競技もそろそろ終わりそうなのに、どこで何をしてたの?」
心配そうな表情で問いかけてきた夏奈に、
「竜宮と少し話をしていた」
と応えた。
俺の言葉を聞いて、夏奈は安心したように、ホッと息を吐いた。
「なんだ、その反応?」
「えと、竜宮さんだったら安心かなー、って」
「安心?」
「そうだよ。冬華ちゃんと一緒にいたんだったら、二人でイチャイチャしてたんじゃないかって、すっごく心配だけど。竜宮さんは春馬のことが好きだから、問題なさそうかなって」
ニコニコと笑顔を浮かべながらそういう夏奈。
なんと返答したものか悩むものの、とりあえず話題を変えることにした。
「そういえば、夏奈はなんで俺を探してたんだ?」
俺の問いかけに、ハッとした表情を浮かべた夏奈。
それから無邪気な笑顔を浮かべながら、
「そう、そうだった! 優児君、ハイタッチ、ハイタッチ!!」
と、はしゃいだ様子で両手を上に挙げる。
俺は彼女の勢いに押されて、目線の高さまで手を挙げる。
夏奈はすぐに、俺の手に自分の手を重ねて叩いた。
「イェーイ、やったね!!」
と、嬉しそうに彼女はバチバチと手を叩き続けた。
俺は戸惑いつつ、「お、おう」と言う他なかった。
しばらくハイタッチに興じていた夏奈が、ハイタッチの流れのまま、重ねた俺の手に、自然に自らの指を絡め、手を握ってきた。
そして、上目遣いに俺を見ながら、「えへー」と気の抜けた声を漏らしながら、笑顔を浮かべる。
……流石にこの状況を他人に見られるわけにはいかない。
そう思い、彼女の手から離れる。
少し残念そうな表情を浮かべる彼女に、
「……このハイタッチは、何だったんだ?」
俺が問いかけると、
「何って、リレー。私たち、勝ったでしょ?」
キョトンとした様子の夏奈は、それから続けて、
「リレーで上手にバトンパス出来て、良かったよね! 練習の成果が発揮できたね!」
と、にっこりと笑った。
練習の成果と言っても、授業中に時々やっていたくらいなので、そこまで大したことはやっていない。
しかし、そんなマジレスを言うわけもなく、俺は「ああ、そうだな」と一言応じる。
俺の言葉を聞いた夏奈は、今度は柔らかな微笑みを浮かべ、真直ぐにこちらを見つめた。
それから、
「格好良かったよ、優児君!」
と、とても温かな声音で、そう告げた。
気恥ずかしいその言葉を聞いて、俺は再び感慨に耽る。
一人サボっていた去年の体育祭とは大違いだ。
友人やクラスの皆と一緒に頑張る、そのことの尊さに気づくことが出来て良かったと、俺は思う。
「ありがとう。夏奈も、カッコよかった」
運動部の男子を普通に抜き去った夏奈に、俺は素直にそう言った。
すると、はにかんだ笑顔を浮かべながら、
「ありがとっ!」
と、彼女は応えた。
そんな時、突然わぁっ、という歓声が耳に届いた。
そのすぐ後に、アナウンスが聞こえる。
「最後の競技が終わったみたいだね」
「ああ。俺たちも、クラスに戻るか」
「うん、そうしよっか」
そう言葉を交わして、俺たちは並んでクラスへと戻るのだった。
☆
そして、閉会式が滞りなく終わった。
結果は、俺や池が所属する白組の勝利。
真剣に行事に参加していたクラスの連中は、クラスメイトと共に喜びを分かち合っていた。
そして――、
「やったな、友木くん!」
「池君と同じくらい、友木君活躍してたね!」
「めっちゃ頼りになったよ!」
俺に向けられる声。
彼らと共に喜びを分かち合えることこそが、俺にとっては一番喜ばしいことなのかもしれなかった。
☆
――と、喜びの余韻に浸る間もなく、1、2年は体育祭の片づけをすることとなった。
先ほどまで真剣に競技に取り組んでいた生徒たちにとっては面倒なことだが、仕方のないことだろう。
周囲の生徒たちも、気怠そうにしつつ、それでも指示に従い片づけは進んでいった。
用具を体育倉庫に片づけ、校庭に戻ろうとした時。
――グスッ
誰かの泣き声が耳に届いた。
気のせいだと一度は思ったが、間隔を置いて、二度三度と聞こえてきたため、間違いないと悟った。
俺が行っても怖がらせるだけかもしれないが、片づけの途中で誰かが怪我をしているのかもしれない。
流石にそれは見過ごすことは出来ないので、声のする方へと向かい、様子を見ることに。
その泣き声の主はすぐに見つかった。
「……どうしたんだ、竜宮?」
体育倉庫裏。
誰の目にも止まらなさそうなその場所で。
竜宮乙女は、一人きりで涙を流していた――。






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