31、いつものポンコツ(下)
「友木さんも、おかしいとは思わなかったですか!? 先ほど、会長は私に対して負けを認めましたよね!?」
「それは別に……おかしくないだろ?」
「そこはおかしくないですよ、おかしいのはその後です!」
顔を真っ赤にし、必死になって言う竜宮だが……やはりおかしなところなど無かったように思う。
無言で思考する俺に業を煮やしたのか、竜宮は大きく息を吸ってから、口を開いた、
「どうして会長は私に……告白をしなかったんですか!!??!? おかしいでしょう!!!」
……竜宮の言葉を聞き、おかしいのは彼女の頭だと確信を抱いた俺。
「何を言ってるんだ? 頭大丈夫か?」
俺は心配になってそう問いかける。
しかし、竜宮は何がおかしいのかちゃんと把握ができていない様子。
なんと説明をしようかと考えていたところ、彼女が唐突にハッとした表情を浮かべた。
自分の言動と頭がおかしいことに今更ながら気づいたのだろうか?
「……流石に、友木さんのいる前で告白をするのは恥ずかしかった……ということかしら?」
俺の淡い期待はその一言に、ほんの一瞬で打ち砕かれた。
池に勝てたのが嬉しかったのか、今の竜宮のテンションは過去一でおかしい。
まずは、落ち着かせるところから始めなければ。
「良いか、竜宮。確かに池に勝負事で勝てば、あいつからの好感度は上がるかもしれない」
実は懐疑的だったが、竜宮に一杯食わされた池が非常に楽しそうだったため、そこは間違いないのだろう。
「そうでしょうね。……なら、どうして、会長は告白をしていただけなかったのでしょうか? まさかアニメ化が決定している大人気ラブコメマンガのように、『恋愛には明確な勝者と敗者がいて、好きになった方が負け』と考えられているわけではないでしょうし……」
涙目の竜宮はそう言った。
こいつマジで漫画好きだよな……と思いつつ、俺は続けて言う。
「可能性は二つある。一つは、池が竜宮に振られるのではないかと怖がった可能性」
「私が会長を振るはずありえません!」
「もう一つは、単純に好感度が足りない」
二つ目の言葉を聞いた竜宮は、
「はぁ」
と、まるで俺が見当はずれなことを言っているかのように、呆れたように溜め息を吐いてきた。
俺はそんなに好かれている自信があるなら、さっさと告白すれば良いのに、と思い口を開く。
「とにかく、池が竜宮に告白をしないなら。竜宮から池に告白をするしか、あいつと付き合うことは出来ない。そうだろ?」
「そう、ですが……」
「なんだ、竜宮の方こそ、『告白をした方が負け』なんて思っているのか?」
「そうではないです。……けど」
「けど?」
竜宮は、それから黙り込んだ。
俺は彼女が何かを話すのを、じっと待つ。
しばらくして彼女は大きく息を吸い込んで、恥じらいを浮かべつつ、答える。
「好きな人に、告白されたいって思うのは。女の子なら当然のことだと思います」
そう言ってから、しおらしく顔を俯かせた竜宮。
この時ばかりは、普段のポンコツっぽりを忘れ、素直に可愛らしいと思ってしまった。
「……女子のことはよくわからないけど、多分そうなんだよな」
コクリ、と一つ頷いた竜宮。
しかし、このままじゃ池と付き合うことは出来ない。
何も始まらない。
俺はそう思ったから、彼女に向かって告げる。
「竜宮が告白をされたいのは分かったけどな、竜宮にとっても最も重要なのは。……池に告白されることじゃなくて、あいつと恋人になること。そうだろう?」
竜宮は口元をキツク締めてから、頷いた。
「それなら、やっぱ告白するしかないだろ」
俺の言葉に、彼女は反応を示さなかった。
言われるまでもなく、とっくに分かっていることだからだろう。
「……あなたは、告白をしたことがあるんでしたか?」
「ないな」
俺がきっぱりと言うと、竜宮はあからさまに「はぁ」と溜め息を吐いてから、
「簡単に言ってくれますね」
と恨めしそうに言った。
「簡単だろ?」
俺が言うと、怪訝そうな表情を隠しもせずに、俺を睨みつけてきた。
「どういう意味ですか?」
怒りさえ滲む固い声。
何もわかっていないくせに、知ったような口をきくな。
そんな風に思っているのだろう。
俺は竜宮が、どれだけ池のことを好きかは知っている。
応援したいとも思っている。
だから俺は、彼女の背中を、ほんの少し押す言葉を告げる。
「竜宮は、あの完璧超人池に勝ったんだ。だから、告白をするくらい、簡単なもんだろ?」
俺の言葉に、毒気を抜かれたように、ポカンと口を開いた竜宮。
それから、怒ったような、照れたような表情を浮かべてから、
「なんて、無責任なことを言っているか、分かってらっしゃるんですか?」
それから、今度は柔らかな笑みを湛えながら、
「これまでありがとうございました」
と、珍しく殊勝な態度で、俺に頭を下げてくる。
「……改まってどうした?」
警戒心を抱いた俺は、そう問いかける。
「私が会長に告白をしたら、もうお付き合いが始まるわけじゃないですか」
「ああ……ん?」
あまりにも当然のように言うので、思わず首肯する俺。
「そうなったら、友木さんとこうして密会をするの必要がなくなります。そもそも、会長が嫉妬してしまいますしね」
自信満々の表情で妄想を垂れ流す竜宮。
……しおらしいと思っていたけど、やはりこいつはぶれないな。
俺は彼女のその態度を見て、そもそも池がOKするとは限らないだろう、と言おうとして……、
「そうなることを、俺も願っている」
やめた。
彼女の勢いを削ぐようなことは、言わない方が良いだろう。
焚きつけた責任として、竜宮が振られた時は愚痴くらいは付き合うし。
上手く付き合えた際は、全力で祝わせてもらおう。
ただの恋する乙女の笑みを湛える彼女を見ながら、俺はそう思うのだった。