30、いつものポンコツ(上)
二年の男女混合リレーが終わり、残る種目は三年生によるリレーだけ。
俺と竜宮は解散の後、なんとなく同じ方向に向かって歩いていると、
「池君めっちゃ足早かったし!」
「マジ卍」
「それなっ!」
「流石池。一周差つけて勝利とか、ヤバみだわ」
と、他クラスの連中から絶賛を受けている池の姿が目に入った。
「一週差をつけたのは、クラスの皆が頑張ったからだからな」
戸惑いつつも応える池に、
「マジ池謙虚だわ~」
「それなっ!」
と沸くギャラリー。
その勢いだけの言葉を聞いて、体育祭で頑張りすぎて、みんなのIQが著しく低下しているのかもしれないと俺は思った。
「お、優児と竜宮か!」
戸惑っている池が、俺と竜宮を発見し、声をかけてきた。
「お疲れ様です、会長」
と、竜宮は微笑み返し、俺は無言のまま首肯した。
「……あ、俺らクラスに戻っとくわー」
「じゃなー、池―」
と言って、池の取り巻きたちはそそくさと退散していった。
……明らかに俺に対して怯えていた。
クラスメイト以外の人間からは、俺はまだまだ恐怖の対象なんだろう。
それから、池と目が合い、俺は一言口にする。
「一着だったな」
「ああ、みんなのおかげでな」
池は頷いてからそう言った。
今度は竜宮の方を向き、
「でも、俺たちと竜宮の勝負の決着とは言えないな。今回のはノーゲーム、決着は次の機会だな」
そう口にした。
竜宮はコホンと咳ばらいをしてから、
「それでは、今日のところは、私の勝ち……ということで、良いのでしょうか?」
池に向かって問いかけた。
「紅組と白組の決着がどうなるかは分からないが……俺個人としては、竜宮に負けたと思っている」
少しだけ怪訝そうな表情を浮かべた池だったが、すぐに柔らかく笑い、竜宮の言葉を肯定した。
竜宮は、頬を紅潮させてから、思いつめたような表情で語り始めた。
「私は、会長からたった一つの、勝利を手に入れるために、今日に臨みました。友木さんを煽って、冬華さんに声をかけ、クラスの人達から力を借りて、その上で、ようやく、ほんとうにちっぽけな勝利を手にしました」
震える声で語る竜宮の声を、池は少し怪訝そうにしつつも、無言で聞く。
「これで完全に会長に勝ったとは思えませんし、本命の学力テストでこそ勝ちたいと思っています。私は、あなたの次点に甘んじるつもりはありません。私はあなたの対等でありたいと思っています」
彼女の覚悟と決意が揺るがないことを、俺は知っていた。
「だから、私は次も死ぬ気で勝ちに行きますので、悪しからず」
真っすぐに、池に向かって放たれた言葉を聞いて、池は楽しそうに笑った。
それから、
「ああ、俺も優児も、負けるつもりはない。なぁ?」
俺に向かって軽く肩を叩き、池が同意を求めてくる。
……どう考えても、今の竜宮は池に向かって言葉を投げかけていただろうに、と思うのだが、まるきり無視をされるのも少し癪ではあったので、首肯しておいた。
しかし、池の返答を聞いた竜宮は、どこかもじもじとしていた。
そして、何か期待をしたような目で池を伺い、
「それで、その……会長は、私に何か言いたいことがあるのではないですか?」
とう問いかけた。
「ん? ……いや、特には」
池は首をひねりつつ、そう答える。
すると、竜宮はなおさらもじもじしつつ、
「い、いえ。恥ずかしがらずに、大丈夫ですので……」
と、またしても言う。
俺と池は互いに目を合わすものの、心当たりがないと頷きあう。
一体竜宮はどうしたのだろうか……?
とうとうおかしくなってしまったのだろうか、と思いつつも竜宮は以前からおかしかったので、今の状態は特別おかしな状況ではないのかもしれない。
「ああ、そうだ」
池が、何かを思いついたように、声を上げた。
竜宮は期待するような視線を彼に向ける。
「体育祭は、楽しかったか?」
池の言葉に、竜宮は――。
「え? あ……はい」
と、答える。
「それなら、良かった。それじゃ、最後の競技も始まっていることだし、先輩たちの応援をしておく。それじゃまたな、竜宮」
池はそう言って、池は背を向けて歩いて行った。
普段なら竜宮もその隣を歩きそうなものだが、なぜか放心状態の彼女はその場で立ち尽くしていた。
……なんか気まず。
なぜか残されてしまったが、俺もクラスのテントに戻ろう。
「それじゃ竜宮、俺もクラスの方にもどるから。じゃ……」
またな、と言おうとしたところ。
「お待ちください」
と、腕を掴まれて引き留められた。
「……なんだ?」
恐る恐る振り返り、問いかけると、竜宮は虚ろな眼差しを俺に向けつつ、問いかけた。
「先ほどの倉庫前で、少しお話をしませんか?」
☆
「なんで……なんでっ!!? 会長は、私に告白しないんですかーーーーー!?!!?」
倉庫前に移動し、周囲に誰もいないことを確認した竜宮は、いきなりそう叫んだ。
本当にいきなり叫んだから俺は普通に驚き、それ以上に普通に引いた。
だが、彼女の奇行は慣れたもんだ。
「……とりあえず、どういうことか話してくれ」
顔を真っ赤にして目尻に涙を浮かべるポンコツ副会長に、俺はそう問いかけるのだった。