29、リベンジ?
冬華と別れ、控えのテントに戻ろうとしていると、前を歩く竜宮が、池に声をかけていた。
恐らく二人で話をしたい竜宮に気を使い、少し遠回りをしようか、と考えていたが、振り返った池と普通に目が合った。
竜宮に返事をしてから、
「優児、お疲れ」
と、俺にも声をかけてきた。
俺は手を挙げて応え、それから二人の下に歩み寄った。
竜宮は一瞬不服そうな表情をしたものの、すぐにすました表情を浮かべた。
「会長も友木さんも、お疲れ様でした。ですが……先ほどの騎馬戦で、得点は逆転しましたね」
竜宮の言葉に、俺と池は得点板に目を向ける。
騎馬戦の結果が反映され、白組がわずかに劣勢となっていた。
「そうだな。ところで、俺と優児の動きを止めたのは、竜宮の指示だろう?」
楽し気に、池が竜宮に問いかける。
彼女はその言葉を聞いて、ニヤリと笑みを浮かべたが、肯定も否定もしなかった。
それを見て察した池は、
「完全に個人戦のつもりで臨んでいたから、やられた」
と、肩を竦めて言った。
「会長ともあろう方が、活躍できなかった言い訳をされているのですか?」
「言い訳じゃないさ。その認識の甘さも含めて、俺の完敗だったよ、竜宮」
微笑を浮かべた池に対して、得意げな様子だった竜宮は、一転して嬉しそうだが、それ以上に照れくさそうな表情になり、動揺をしている。
「い、いえ。そうは言いましても、会長自身の鉢巻きは取れなかった上、私自身は友木さんに鉢巻きを取られたわけで、完敗とまでは……」
「俺や優児がほとんど活躍できず、結果として、紅組の得点が白組を上回っているんだ。正直に言って、あそこまで徹底的なマークがされていなければ、もっと暴れられた自信がある」
な、と池が同意を求めてきたため、俺は素直に「おう」と首肯した。
俺たちのやり取りを見た竜宮は、気恥ずかしそうに俯きつつ、胸の前で手を組んで、ホッと息を吐いていた。
これで池が何も気が付いていなければ、竜宮の苦労は水の泡だったので、ホッとするのも納得だ。
そんな彼女に対して、池は続けて言う。
「だけど、まだ決着はついていない。残りの二年の種目、『男女混合リレー』がまだある。そこで勝って、逆転だ!」
池が爽やかに笑いながら、真直ぐに竜宮を見ながら宣言をした。
竜宮は、池から真直ぐな視線を向けられたのが嬉しかったからだろう。
頬を紅潮させつつ、
「……それでも、このまま勝たせてもらいますよ?」
竜宮は、嬉しそうな笑みを浮かべつつそう告げた。
☆
――そして、『男女混合リレー』は始まった。
序盤から良いペースで俺たちのクラスはバトンを繋いでいった。
俺はラストから二人目だが、思いのほかすぐに出番が回ってきそうだ。
スタートに並ぶと、偶然だが竜宮が隣にいた。
彼女とはほんの少し目が合ったが、すぐにふいと視線を逸らされた。
俺も彼女から視線を外し、自分のクラスの走者へと目を向ける。
見ると、ラストから三人目である夏奈がバトンを受け取っていた。
流石は全国区のテニスプレイヤー。身体能力も高い。
夏奈は男子も含めた数人を追い抜いた。
しかし、それでも前を走る人間が数名。
今も、竜宮が先頭でスタートをしたところだ。
「優児くんっ!」
振り返ると、夏奈がバトンをこちらに向けながら、迫ってきているところだった。
俺は助走をつけながら手を後ろに差し出し、バトンを受け取った。
「頑張ってね!」
息も絶え絶えな夏奈の言葉に背中を押され、俺は一気に駆ける。
前にいた数人との差が、見る間に縮む。
バトンパスを目前に、数人を抜き去り、先頭を走る竜宮の背が見えるが……彼女は次の走者にバトンを渡していた。
「優児っ!」
池の声に反応し、俺は手を伸ばす。
池の技術か、流れる様にバトンパスを行えた。
彼はそのまま走る。
「池―!」
「春馬―!」
池が走ると、女子からの声援があちこちから響いてくる。
「会長……、素敵です」
先ほど走り終えたばかりで、「はぁはぁ」と息も絶え絶えの竜宮も、うっとりとした様子で呟いていた。
仕方ないこととはいえ、息が乱れつつそう言った彼女は不審者っぽく見えた。
俺は竜宮の隣に立ち、池を見た。
カーブに差し掛かり、彼は先を行く選手の背に追いついた。
「竜宮……俺たちの勝ち、だな?」
そして、直線に入ってすぐに、池はトップを走り、そして後続との差をさらに広げていく。
竜宮は、俺の言葉に、振り返りすらしない。
ただひたすらに、池の勇姿を目に焼き付けていた。
池は一着で、ゴールテープを切った。
それからすぐに、竜宮は口を開く。
「――あなたたちの勝ちというのは、このリレーが始まって中盤位には分かってましたよね。イヤミのつもりですか?」
と。
その声の後、他のクラスの連中が、次々とバトンを繋ぎ、走りを続けていった。
そう、彼女の言う通り、俺たちの勝ちは中盤にはほぼ確定していた。
なぜなら、他のクラスと一周近い差が、その時にはすでについていたからだ。
胡乱気な眼差しを向ける竜宮に、俺は答える。
「イヤミではない。ただ、あれだけ盛り上がってたのに、俺たちが走る前にはすでに決着がついてしまったからな。冗談、みたいなもんだよ。……笑えなかったか?」
俺の言葉を聞いた竜宮は、ただ呆れる様に溜め息を吐いてから、
「笑えるかどうかというよりも」
と前置きをし、
「友木さんの冗談は、分かりづらいです」
そう言って、彼女はどこか優し気な笑みを浮かべるのだった。