24、義父
体育祭当日。
空を見上げると、雲一つない晴天。
今日は、最高気温が35度を超える猛暑日となる見込みらしい。
そんな気温にも関わらず、体力のない生徒を殺しに来てるとしか思えない校長の長話を聞き流し、今度は各応援団長の選手宣誓が終わると、いよいよ競技が始まる。
俺は早速、プログラムの二番目、二年男子100メートルに参加するため、待機列へと並んだ。
周囲を見れば浮かれた様子で近くの人間と話しまくっているのだが、俺の周囲だけ誰一人として一言も話さない、完全お通夜状態だった。
かなり気まずい中、俺は申し訳なさ過ぎて自分の走る番がくるのを祈った。
数分経過し、いよいよ自分の番が回ってきた。
俺がスタートに立つと、同じく走る生徒たちの動揺が手に取るように伝わるが、それを無視。
深呼吸をしてから集中力を高め、ポジションにつく。
それから、スタートの合図が耳に届き、全力でダッシュをする。
「優児君、頑張って!」
走っている最中、夏奈の声が聞こえ、そちらを振り向く。
手を振るような余裕はないが、視線で応える。
「ア、アニ、アニ……アニーーーーっ!!! アァーーッ!! ホアァァーーーッ!!!」
と、今度はやたら興奮した様子の野太い声が聞こえた。
速度を緩めずチラリと視線を向けると、応援団の旗を振り回した甲斐が、熱心に叫んでいた。
どうやら俺と同時に走っている生徒の中に、「阿仁さん」がいるらしい。
あの律義な甲斐が敬称略をしているところを見るに、よっぽど興奮しているのだろう。
阿仁さんとやらは随分と慕われているんだな、サッカー部の先輩だろうか? と微笑ましい気持ちになりつつ、俺は無事に一着でゴールしたのだった。
走り終えた俺は、息を整えてから自クラスの連中が待機しているテントへと戻るために歩いていると、
「あら、友木君」
女性の声が耳に届いた。
俺は視線をそちらに向けて、声の主を見る。
そこにいたのは、いつものビシッと決めたスーツ姿ではなく、運動をしやすいように着たジャージ姿の、ポニーテールに髪を纏めた真桐先生だった。
「どうも」
俺が会釈すると、真桐先生は柔らかく笑ってから頷く。
それから、ゆっくりと口を開く。
「100メートル走、見ていたわ。すごく足が速いのね」
珍しく真っすぐに褒められた俺は、気恥ずかしくなり、言葉に詰まる。
「きょ、恐縮っす……」
俺が一言応えると、真桐先生は優し気に目を細めた。
なんだかすごく恥ずかしい気もちになる俺に、
「今年の体育祭は、楽しい思い出をたくさん作れそうかしら?」
と、問いかけてきた。
俺は去年、体育祭をサボったことを思い出し、心配と迷惑を真桐先生にはかけていたんだな、と今更ながらに気づいた。
「精一杯、楽しんでみようと思います」
きっと、俺がすべきは謝罪ではない。
そう思ったから、今日どのように過ごすかを、真桐先生に告げた。
俺の言葉を聞いた彼女は、満足そうに頷いてから、
「そう。……それじゃ、今日は頑張ってね」
と言った
「うす」
俺が頷くと、真桐先生は歩を進めていった。
俺も再びテントに向かおうと歩こうとして……、
「は、はれぇ……?」
勤務時間中の真桐先生らしからぬ、間の抜けた声が聞こえ、俺は振り返った。
「どうしたんすか、真桐先生?」
口を金魚のようにパクパクと開閉させている真桐先生に、俺は問いかけるが、彼女の動揺は酷く、「あ、う……えー」と小さく呟くのみ。
一体何を見ているのだろうかと思い、彼女の視線の先を見ると、そこには夏奈と、どこか見覚えのあるナイスミドルな男性がいた。
何だか見覚えのあるそのナイスミドルな男性は、夏奈に向かってにこやかに微笑みかけつつ、口を開いた。
「お嬢さん。先ほど君は、優児君を熱心に応援していたようだね」
彼らの周囲にはあまり人がいないためか、落ち着いた声音が、少し離れている俺たちの耳にまで届いた。
「え……あ、あの。どちら様ですか……?」
夏奈はそのナイスミドルな不審者に動揺しつつ、当たり前のことを尋ねた。
そのナイスミドルは、待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべてから、夏奈の問いかけに応えた。
「私かね? 私は優児君の義理の父です」
自信満々に俺の父を自称したナイスミドルは、真桐先生の実の父親である千之丞さんだった。
――何やってんの、あの人……。
俺はやや引きつつも、真桐先生が職場でしっかりやっているか見学に来たんだろうなと、即座に納得した。
だってあの人、親バカだから……。
真っ赤になって震える真桐先生と、爽やかに笑う千之丞さんを見て、体育祭はどうなるのかと、始まったばかりだというの不安になる俺だった――。