20、クラスメイトと練習
体育祭の練習が本格的に授業で行われるようになった、うだるように暑いとある日。
普段は男女別の二クラス合同で授業が行われるが、今日はクラスの男女が合同で、体育祭の競技の練習をすることになった。
「よし、他のクラスに負けないように、気合を入れて頑張ろーぜ!」
朝倉とペアを組んで準備体操を終えると、体育祭実行委員が気合の入った言葉を放ち、それから各種目選手ごとに練習を始めた。
「とりあえず、俺たちはいくつか出場する競技があるから、順番に練習していこう」
池に声をかけられ、俺は頷いた。
「そうだ、優児。二人三脚は俺と組んでくれないか?」
何とはなしに池が問いかけてきた。
「良いのか、俺で?」
「良いも何も、背丈とタイムを考えると、優児以外と組めないんだが」
俺の言葉に、池は爽やかに笑いながら答えた。
俺たちは確かに長身だし、運動能力も高い。
そういうことなら、遠慮なく一緒に走ろう。
というわけで、まずは池と一緒に二人三脚の練習に混ざることにした。
「お、池は友木と走るのか。二人とも運動神経は抜群だから、タイムが楽しみだな」
俺たちを迎え入れつつ、不敵な笑みを浮かべたのはストップウォッチを手に握ってタイムを計る準備をしている朝倉だった。
出場種目を絞っている朝倉なので、今は割と自由に動いているようだ。
「俺も、優児とこうして走るのは楽しみだ」
池は頷いてから、朝倉から足元を固定するマジックテープを受け取った。
それから、手際よく池が俺たちの足元を固定する。
「きつくないか?」
「ああ、問題ない」
「よし、それなら軽く練習してみようか」
二人でスタートの練習を軽くしてから、お互いの調子を確かめてから、一度実際に走ってみることにする。
クラスの連中数組も、丁度走ろうとしているところだったため、そこに混ざることに。
スタートポジションで並んでいると、
「なぁ、優児」
池が、耳元で口を開いた。
「なんだ?」
俺が尋ねると、池はどこか楽し気に微笑みを浮かべて、答える。
「一度、何も考えずに思いっきり走ろう」
「そんなことしたら、タイミング合うわけないだろ?」
変な冗談を言うもんだな、と俺は呆れたのだが、
「なら、優児は思いっきり走ってみてくれ。俺が合わせる」
さらりと池はそう言った。
いや、無茶苦茶な……、と思いつつも、池ならそんな無茶もできるのかもと納得してしまう俺。
しばし間を置いてから、俺はゆっくりと頷いた。
「よし、それじゃ行くぞ! 準備はいいか!?」
ゴール付近で朝倉が声を張る。
俺たちは各々彼に返事をした。
それから、スタートの音が聞こえて、俺は池の言葉の通り、思いっきり走った。
そして、すぐに驚く。
二人三脚だというのに、走る際の不自然さが全くない。
それどころか、一人で走る時よりもなお速く走れているような錯覚まであった。……流石に、それは気のせいだろうが。
あっという間に、一緒にスタートした連中を置き去りにして、トップでゴール。
俺は全力疾走で乱れた呼吸を整えてから、同じようにしていた池に言う。
「凄いな、本当に俺に完璧に合わせたんだな」
俺の言葉に、池は無邪気に笑った。
「いや、実は合わせてない」
「は?」
池の言葉の意味が分からず、俺は間抜けな返事をした。
「正直、俺も全力で走っただけだ」
悪戯っぽい笑みを浮かべ、池は言った。
そんなことをしたら、普通はタイミングが合わずにこけてしまう。
もちろん、池の冗談なんだろうが、思わず俺は笑ってしまった。
「俺が一人で走るタイムとあんま変わんなくね……?」
それから、ストップウォッチの時間を見た朝倉が、驚愕を浮かべながら、こちらに歩み寄って言った。
見学していたクラスメイト達が、朝倉の持つストップウォッチのタイムを見て、沸き立つ。
「うっわ、このタイムはやべーだろ」
「なぁ、池やっぱお前陸上入らねー?」
クラスメイトの一人が、池に向かってそう言った。
どうやら彼は、陸上部らしい。
確かに、池が部活に参加すれば、百人力だろう。
「悪いな、生徒会と掛け持ちは出来なくてな」
しかし、あっさりと断る池。
陸上部の彼も期待はしていなかったようで、軽く肩を竦めただけだった。
それから、俺に視線を向けてから、口を開いた。
「友木はどうだ? 部活、していないんだったら陸上部に入ってみたら?」
……なんと、今度は俺を勧誘した陸上部。
俺は、驚きのあまりすぐには返事ができなかった。
これまで怖がられてばかりだった俺が、こうして普通に声をかけられ、しかも部活に勧誘までされるなんて思ってもいなかったため、感動してしまった。
しかし、この誘いを受けてしまえば、彼が陸上部で浮いてしまうのは必至。
この感謝の気持ちを伝えつつ、穏便に断る言葉がないか必死に探し……
「あー、すまん」
一周して普通に断ってしまう、コミュ障な俺だった。
「っかー、友木にも振られたわー。ま、しょうがねー」
落ち込む陸上部の肩に手を置いた池が、彼に向かって言う。
「仕方ない、優児は放課後、冬華と一緒にいなければいけないから、部活動は出来ないんだ」
と、慈愛に満ちた眼差しを俺に向けてくる。
「か、揶揄うなよ……」
俺と冬華の関係がニセモノ関係であることを知らない池のその真直ぐな眼差しに、俺は狼狽えつつも応えた。
「……ヂクショウ……」
俺と池に部活の誘いを断られた彼よりも、悔しそうに歯噛みする朝倉の言葉が俺に耳に届いたが、とりあえず聞こえないふりをすることにするのだった。