12、待ち合わせ
高校二年に進級して、初の土曜日。
冬華は、その場の勢いで話をしたわけじゃなく、本当に俺と休日を過ごすつもりだったようだ。
大人しくメッセージでやり取りをして、一度駅前で待ち合わせをすることにした。
というわけで、駅前。
待ち合わせの時間前に到着すると、そこにはすでに冬華がいた。
制服姿ではないので、新鮮味を感じる。
それにしても、彼女は良く目立つ。
遠めだというのに、すぐに分かった。
「いいじゃん、俺たちと遊ぼうぜ?」
「絶対楽しいからさぁ」
……それというのも、割とガラの悪そうな三人組に絡まれていたからなのだが。
冬華の見ためは抜群に良いのだから、ああいう連中が寄ってくるのも不思議ではない。
「やー、ちょっと私―、彼氏と待ち合わせ中なんで―。無理なんですよねー」
と、作り笑顔を浮かべながら、穏便にあしらおうとしているのだが、
「彼氏? いーじゃん、どんなやつか知らないけど、絶対俺らと一緒の方が楽しいってー」
「そそ。てかあんま断られると、俺たちも超傷つくんだけど?」
周囲の連中は、とてもしつこいらしい。
断られても、冬華に声をかけている。
通行人は見て見ぬふりをして、その場を通り過ぎていく。
なんだか男どもに囲まれている冬華がかわいそうに思えてきたので、俺は急いで彼女の下に向かい、声をかけた。
「悪い、待たせた」
俺を見つけた冬華は、途端に笑顔を浮かべて、駆け寄ってくる。
「あんたたち、俺の連れと知り合いか?」
ガラの悪い三人に向かって、俺は問いかける。
彼らは俺の顔を見て、一歩後ずさる。
……お前たちも十分人相悪いっての。俺は少し凹んだ。
「ごっめ~ん、カレピに怒られちゃうからぁ、お兄さんたちとは遊べないの~」
と、割とふざけた調子で言う冬華だが、俺の腕に絡めた彼女の細腕は、小さく震えていた。
「そういうわけだ。悪いな」
俺はさっさとその場を離れたかったのだが、
「おい、待てよコラ!」
後ろから呼び止められてしまった。
「……何か?」
「ニラミ聞かせればビビるとでも思ってんのかよ?」
「女の前でカッコつけたいんだろうがな、3対1だ。早いとこ逃げたいってのが本音だろ?」
「ちょっと今から面貸せよ。ここじゃ目立つだろ?」
……こいつら、結構テンプレートな不良だな。
なんて考えつつも、彼らは俺たちの周囲を囲んで、人気のないところまで誘導したのだった。
移動の最中冬華は、不安そうに俺の横顔を見ながら、腕を掴む手に力を込めた。
そして、人気の少ない路地裏に到着。
「せ、先輩……」
不安そうに呟く冬華に、
「ああ、大丈夫だ」
と、俺は応える。
「……はぁ? 何が大丈夫なんだよ?」
「まーだ女の前でカッコつけたいのか?」
「へへ、バカな野郎だ……!」
俺を囲む三人が、余裕の笑みを浮かべていた。
「さて、そんじゃテメーは地面とキスでもしてもらおうかっ!」
そう告げてから、一人の男が俺に向かって殴り掛かってきた。
チラリと背後の冬華を見る。
あまりショッキングな場面を見せないように、注意をしなくては。
俺はこちらに向かって拳を振るう男の腕を、難なく掴んだ。
「っな?」
その腕を力まかせに押し返すと、そいつはバランスを崩して後ろにいたもう一人とぶつかり、二人そろって無様に尻餅をついた。
地面で悶える二人を見下ろしながら、俺は告げる。
「荒事は好きじゃない、これでおしまいにしないか?」
善意の第三者が騒ぎを聞きつけて通報して、警察でも呼ばれたら面倒だ。
「い、今更バカ言ってんじゃねぇよ!」
今更も何も、有無も言わさず殴り掛かってきたのはそっちだろう。
その言葉を飲み込みつつ、俺に向かってくる体格の良い男。
おそらく、こいつがボス格だろう。
地面で倒れる男二人よりも、よっぽどできそうだ。
しかし……動きが力まかせで単調すぎる。
俺はあくびを噛み殺しながら、男の力を利用して、さっさと組み伏せることにした。
「んなっ……ちくしょう! 離しやがれ!」
俺に拘束されながらも、じたばたともがく男が、苦しそうに叫ぶ。
……まだでかい口を聞けるのは大したもんだ。
これだけやられて、実力差が分からないらしい。
「今退けば、見逃す。ただ、これ以上やるなら……手加減は一切しない。覚悟はできてるか?」
俺は暴れていた男に、凄みを聞かせて言った。
すると、一瞬で大人しくなった男。
コクコクと、何度も首を縦に振ってから、
「すまねぇ、あんたの女にはもう手を出さねぇ、誓う」
と言った。
……別に俺の女ではないのだが。
「物分かりが良くて助かる」
俺はその後、その男を解放した。
すると、急いで立ち上がり、蹲る仲間二人を立ち上がらせてから、捨て台詞の1つも吐かずにそそくさと立ち去って行った。
まぁ、思ったより利口な奴らで助かった。
あれ以上やるのは、流石に冬華にはショックが大きかっただろう。
「……うっわ、先輩。見た目だけじゃなくてマジでヤンキーだったんですね」
立ち去った男たちがいなくなったのを確認してから、冬華が言った。
「俺は自分がヤンキーだと思ったことはない。売られた喧嘩を穏便に済ませただけだ」
「あれで穏便? うわぁ、自覚無しとか本物ですね……」
「お前なぁ……」
これでも悪漢から助けた恩人なのだ。
労いの言葉の一つくらいかけてくれても良いだろうに、と思ったが、彼女の手が今も震えていることに気づいて、やめた。
俺の視線に気づき、冬華はそっと震える手でスカートを握った。
それでも、震えが止まることはない。
「……そりゃ、怖かったですよ? 私は先輩みたいなつよーい男の人じゃなくって、か弱い女の子なんですから! 男どもが我を忘れてナンパしちゃうくらい可愛くて魅力的でごめんなさい! ふん、これで満足ですか、先輩!?」
強がりなそのセリフに、俺はまだ配慮が足りなかったことを悟った。
「俺のことも、怖かっただろ? ……悪かったな」
俺の言葉に、冬華はハッとした表情を浮かべてから言う。
「た、確かに怖かったですけど! でも、先輩が怖いのはいつも通りですし、別に私は気にしませんし?」
気を使ってくれたのだろう、俺はそれがありがたくて、
「そうか、助かる」
と、一言告げる。
「……その、こういうこと言うのはほんと照れるんですけど、そんな素直に言われると私の方が困るというか、こちらこそありがとうございますって感じなんですが」
冬華は、続けて言う。
「と言いますか。私、少し先輩を見直しました」
明るい表情を浮かべつつ、冬華はそう言った。
「……ちなみに、どういう風に見直してくれたんだ?」
「これまでは先輩のこと、ヤンキーっぽいお人好しだと思ってたんですけど。今はもうキレたらヤバい奴って認識です」
おー、怖っ! 自分の身体を両腕で抱きながら、彼女は言った。
「絶対それ、見直してないだろ」
「あは♡バレちゃいましたか?」
普段通りにおどける彼女。
見れば、その手の震えは既に収まっていた。
俺はそれを見て、少しだけ頬が緩んだ。
冬華も、俺の表情の変化に気がついたのだろう。
居心地が悪そうに、そして照れたように。彼女は少しだけ頬を赤く染めた。
「……待ち合わせでだいぶ躓いたけど、これから俺たちの初デートだ。精々楽しもう」
冬華は俺の言葉に、頬を朱色に染めたまま、無言で首肯したのだった。