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花火

「俺もちょっとトイレに行ってくる」


 優児先輩は葉咲先輩の背中を目で追いかけながらそう言って、私と繋いだ手を離した。

 行って欲しくはなかった。

 だけど、結局私はただのニセモノの恋人でしかないから。


「……はーい」


 だから私は、不満も不安も押し殺し、彼と目を合わせることもできずに、その背中を見送った。


「相変わらずだな、冬華は。心配だったら、『行かないで欲しい』って、素直に言えばいいだろう?」


 私の肩に手を置いて、呆れたように言ったのは、兄貴だった。


「うっさいし。……てゆーか、あの人の調子が悪いの、気づいてたくせに、何にも言わないとか。性格わるっ」


「俺が気づいても、夏奈にとっては余計なお世話だからな。……優児が気づいたら、こうなるってのは分かっていただろ? 冬華が声をかけたらよかったじゃないか」


 兄貴の言うことは、もっともだ。

 私は途中で気が付いていた。だから、少し声をかければ、それでよかった。

 

 でも、嘘を吐き続けて先輩の隣にいる私が、真直ぐに好意を示し続ける葉咲先輩に、そんな余計なお世話は、出来なかった。


「こんなに可愛い彼女をほったらかしにして、他の女の子のところに行くなんて、友木さんも酷い人ですね」


 はぁ、とため息を吐きながら、乙女ちゃんが私に向かってそう言った。

 私は首を横に振って、


「酷いのは、私……」


 微かに、そう呟いた。

 乙女ちゃんは不思議そうに首を傾げていたけれど、それ以上私に何かを言うことはなかった。

 

 ……そう、酷いのは、先輩じゃなくて。私だ。

 

 彼は、不器用で、とても優しい。

 彼の優しさは、私だけに向けてもらいたい。

 彼には、私のことだけを見てもらいたい。


 でも、そんなことはありえない。

 優児先輩は、誤解を受けてばかりだけど、誰にだって優しくって、暖かい。

 ……そんな先輩だから、きっと私は好きになった。

 彼の一番になりたいと、そう思った。


 だけど、自分勝手な嘘で彼を縛り続けている私は。

 今日は楽しく、彼と夏祭りを過ごせたのは間違いないけれど。

 葉咲先輩の沈んだ表情を見るのがとても、心苦しかった。


 彼の隣を譲るつもりはない。

 彼の一番でいることを諦めるつもりなんてない。


 ……それでも、こんなズルをしなくちゃ隣にいられない女の子よりも、葉咲先輩のように、真直ぐに好意を伝えてくれる女の子の方が。


 ――先輩だって、嬉しいに決まっている。





「悪い、待たせたな」


 それから数分が経って、優児先輩と葉咲先輩が戻ってきていた。

 ……二人、手を繋いで。


「うわぁ……友木さん、最低ですね。冬華さんという恋人がいるにもかかわらず、他の女の子と手を繋いでいるなんて。心底見損ないました」


 乙女ちゃんが軽蔑したように、先輩に向かってそう言った。

 私だって、好きな人が、他の女の子と手を繋いだのを見ると、ムッとなるし、悲しくなるけど。

 彼の優しさだって、気づいているから。


「こ、これは足が痛くって! それで、優児君に手を引いてもらっていただけだからっ」


「……そんなの、分かってますよ」


 強くは言えないし、だからと言って笑って受け入れることは出来ない。


「……あまり、誤解されるようなことばかりしていると。冬華さんに愛想をつかされてしまいますよ?」


 乙女ちゃんの言葉に、先輩は苦笑を浮かべてから「気を付ける」と一言応じた。

 それを見てから、兄貴が口を開いた。


「花火が上がるまで、もう少し時間はあるが。場所取りをしておこうか」


 私たちは頷く。

 葉咲先輩はちらりと私を伺ってから、


「ありがと、優児君。もう大丈夫だよ」


「あんまり無理はするなよ」


「うん。でも、おかげ様で、本当に大丈夫だから」


「……そうか」


 葉咲先輩の言葉に、優児先輩は穏やかな笑みを浮かべて応えた。


 それから私たちは移動をして、あらかじめ花火を見る人たちのために出店の出店がない広場についた。

 まだ時間に余裕があったからか、意外とあっさり五人で座るスペースを確保できた。 

 あらかじめ用意していたレジャーシートを敷き、その上に私たちは座る。


「場所を確保できてよかったな」


「そうですね。あとは、花火が打ちあがるまで、ゆっくりと待っておくとしましょうか」

 

 兄貴と乙女ちゃんがそう言った。

 それから、私たちは花火が打ちあがるまで適当に話をした。

 徐々に周囲にも人が増え始めたが、しかし、不思議なことに私たちの周りにだけは、なぜか人が集まらなかった。


「……俺がここにいると、他の人たちも落ち着けないか」


 優児先輩は自嘲気味に言ってから、立ち上がった。


「優児先輩? どうしたんですか?」


 私も慌てて立ち上がって、彼の背中に問いかける。


「俺がいたら他の人たちに迷惑だろ? ……後で合流しよう。また連絡する」


 優児先輩は、優しい。

 だから、自分だけが損をして丸く収まるのであれば、それで良しと思っている節がある。

 まさしく、今がそうだ。


 大きくて、広くて。

 だけど、どこか寂しそうなその背中に、私は声をかける。


「素直じゃないですね。……二人っきりになりたいならば、そう言ってくれたら良いじゃないですか?」


「え? いや、そういうわけじゃ……」


「もう、照れないでくださいっ! そういうわけで、私たちは場所を変えて、二人っきりで花火を見ておくので、また後で合流しましょうね?」


 動揺する先輩の手を握りつつ私が言うと、兄貴は、いつもの笑顔を。乙女ちゃんは、残念そうな表情を浮かべた。

 そして葉咲先輩は、一度立ち上がって、切なそうな表情を浮かべ、声を震わせてから言った。


「……うん。また、後でね。でも、二人きりだからって、変なことしちゃだめだからねっ!」


 本当は、自分だって優児先輩と一緒に花火を見たかったに違いない。

 だけど、今回は、先輩に足の腫れを見抜かれて迷惑を掛けたという負い目があるからだろう。

 葉咲先輩は我慢をして、私たちに向かってそう告げたのだ。


「いや、しないっての」


 平然とした様子で優児先輩が言う。

 そんなに、私に魅力がないんですかっ!? と、ムッとして怒ってしまいそうになるが、我慢。


 ……魅力がないと言えば、私のこの浴衣姿。

 まだ、先輩に褒めてもらえてないな。


 私は落ち込みながらそう思い、彼と並んで場所を移動する。





 優児先輩と場所を移動して、すぐのこと。

 見晴らしの良いスポットにも関わらず、そこまで混んでいない。

 そんなベストスポットが見つかった。

 ただ、一つ問題があって、それは……。


「なぁ、冬華。ここ、人目も憚らずイチャイチャしているカップルしかいないんだが。一刻も早く立ち去ろう」


 優児先輩の言葉の通り、周囲はイチャイチャしているカップルばかり。

 知らなかったけれどきっとここは、そういうスポットなのだろう。

 

「……良いじゃないですか、私たちも恋人なんですから。軽くイチャイチャしていたら、不審がられませんよ」


「いや、それにしたって、なぁ」


 ハグしたりキスしたり、大胆な行動を当たり前にしている周囲の恋人たち。


「……でも、ここなら。他の人たちはみんな自分たちの世界に入っているので、さっきみたいに先輩が避けられちゃうようなことも、ないんじゃないですかね?」


「……そうかもな」


 先輩は苦笑を浮かべてから、頷いた。

 それから、私は先輩の横顔を伺う。

 周囲の様子に戸惑って、落ち着かない風な彼が、なんだかとても私には可愛く見えた。

 そんな彼を見て、私は思い切って、問いかける。


「先輩は、……葉咲先輩のことが、好きですか?」


 私が問いかけると、先輩はこちらを向いてから、穏やかに笑った。



「好きに決まってるだろ」



 そう断言した先輩を見て、私はなんて馬鹿な質問をしたんだろうと、後悔した。

 胸が苦しくなって、切なくなって。

 私は何も言うことができない。


「俺なんかを好きって言ってくれるんだ。嬉しいし、好きになる。だけど、俺のこの気持ちはきっと、恋愛感情なんかじゃない。だから今は、夏奈と恋人同士になることは、考えられない。……それに、なんというか。怖いんだよ、俺は。上手く言葉にできないけれど」


 先輩のその好意はきっと、きっかけ1つで恋へと変わる。

 今はあくまで友人としてしか見ていないのかもしれないけど、あんなに可愛くて、明るくて、努力家で、スタイルも良くて、胸も大きくて。

 そんな女の子に迫られたら、きっかけなんかなくっても、普通の男の子なら恋に落ちると思うけど。


 だけど、きっと。

 彼女から受ける好意を、彼女に対する好意を怖いと感じる、先輩は。

 そんなことにはならないんだと思う。


 彼が怖いと感じたその正体に、私は薄々感づいて。


「それは……」


 と、言いかけ、やめる。

 今の私が言うべきことではないと、そう思ったから。

 代わりに、


「葉咲先輩が、ストーカーだからじゃないですかー?」


 と、揶揄うように、そう言った。


「酷いこと言ってやるなよ……」


 呆れたように、先輩が笑う。

 私も、彼の調子に合わせる様に、笑顔を作った。



ドンッ



 そして、いつの間にか打ちあがった花火の音が耳朶を打つ。

 私たちは互いに夜空を見上げた。


「お、始まったな」


「そうですね。いつの間にか、そんな時間になっちゃいましたか」


 互いにそう呟いてから、私たちはともに夜空を見上げた。

 しばらくの間、会話はない。

 

 ふと周囲を見ると、花火を見上げながら寄り添い合って、何事かを囁き合っている恋人たちが視界に入った。

 私はこっそり、隣に並ぶ優児先輩を見上げて、思った。 

 

 私にも、ああいう風に言葉をかけて欲しいし、寄り添い合って互いの体温を感じていたい、と。


 ……本当は、恋人じゃないのに。

 自分の気持ちを素直に伝えてすらいないのに。

 だから、それが私のただのわがままであることは、十分に理解していたから。


 今はこうして、一緒にいられる幸せに、感謝しようと思った。

  

「綺麗、ですね」


 私は花火を見上げながら、優児先輩に向かって私はそう言った。


「ああ、そうだな。……そうだ、綺麗で思い出した」


「思い出したって、何をですか?」




「まだ言ってなかったけど、浴衣似合ってるな、冬華。すごく綺麗だ」



 

「……え?」


 優児先輩が何を言ったか。

 聞き取れなかったわけじゃなく、ただ思いもよらなかった一言だったため。

 私は呆けた声を漏らしていた。


「いや、何でもない。気にするな」


 どこか照れくさそうに、優児先輩はそう言った。

 

 だけど……気にしないなんて、私にはできなかった。


 夏の暑さなんて関係なく、身体が熱くなっていた。

 顔は火照って、心臓の鼓動は心配になるくらい速く打っていて。


 打ちあがる花火の轟音も。

 夜空を彩る光の輝きも。

 愛を囁き合う恋人たちも。


 今の私の目には見えなくなって。

 今の私の耳には聞こえなくなっていて。

 まるでこの世界にいるのが、私と優児先輩の二人だけだと錯覚して――。


 先輩の隣にいられる幸せだけじゃ、到底満足できなくなった。


 この関係は偽りで。

 口にする言葉は嘘だらけで。

 

 だけど、この気持ちだけは、どうしようもなく本物で。

 抑えることが、出来なくなって。




「――好きですよ、優児先輩」


     

 

 私は、溢れ出て止まらないこの気持ちを、ついに言葉にした。

 優児先輩はどこか戸惑いを浮かべて、私を見た。

 

 そして――。


「悪い、冬華。花火の音で、聞こえなかった」


 視界の片隅で、夜空に光輝く花が咲く。

 間断なく耳に届くこの轟音が、私の言葉をかき消してしまったのだろう。

 

 ……分かっている。


 優児先輩にとって、私はまだまだ彼を形作る世界の一部でしかなくって。

 私にとっての優児先輩のような、世界の全部に等しい存在じゃないなんてことは。


 さっきのは、あくまでも私の錯覚。それを残念に思う気持ちはあるけれど、優児先輩にまでそれを求めちゃいけないって分かっている。


 それでも、私はもう一度。

 この気持ちを彼にきちんと伝えようとして……。


「手を、繋いでも良いですか?」


「……そうだな。そっちの方が、恋人っぽいよな」


 結局、寸前になってこの関係が壊れてしまうことを恐れて。

 私は優しい先輩との心地よい時間を守ることを、選んでしまった。


 自分のこの気持ちが、繋いだ手から彼に伝わらないだろうかと思って。

 彼の大きくて硬い手を、ギュッと強く握りしめた。


 この気持ちが伝わったかは分からない。

 だけど、彼が力強く握り返してくれたのが、照れくさくて、とても嬉しくて。


 ――そして、そんな風に思ってしまう弱くて卑怯な自分が、どうしようもなく嫌になる。


 私は、彼を惚れさせることもできず、自分の気持ちを伝えることもできないまま。

 一体いつまでこのささやかな幸せを甘受し続けるつもりなのかと、心中で自嘲した――。




☆☆☆




「手を、繋いでも良いですか?」


 優しい声音で、彼女は言った。


「……そうだな。そっちの方が恋人っぽいよな」


 俺はそう答えてから、彼女の手を握った。

 


 花火の音にかき消された彼女の言葉がなんだったのか。

 それは、俺には分からなかった。


 だけど、手を繋ぎたいと言いたかったわけではないはずだ。


 不安げに、切なそうに。

 儚い笑みを浮かべる彼女を見れば、そんなことは理解できる。


 だけど、きっと、その言葉を追及してしまえば。

 俺にとって都合の良い、このどこまでも優しい関係が消えて無くなってしまうような予感がして、それを恐れた。

 だから、それ以上深追いをすることができなかった。


 胸の内のわだかまりを見透かしたように、冬華と繋いだ手が、ぎゅっと力強く握りしめられた。


 俺と冬華のこの『ニセモノ』の恋人関係が、共に見上げるこの花火のように。

 夜空で華開く一瞬だけが美しく、後に残るのが寂寥感だけではないと信じたくて――。



 俺は、彼女と繋ぐ手に縋るように、力を込めて強く握り返すのだった。


【世界一】とにかく可愛い超巨乳美少女JK郷家愛花24歳【可愛い】です(∩´∀`)∩


ここまで読んでくれて、ありがとっ(≧◇≦)

とっても嬉しいのです♡


夏休み後編は、今回のお話でおしまいです!


そして、第一章からこの夏休み後編までで、第一部は完結なのです!


物語は折り返しに入って、これから始まる二学期編、第二部で完結する予定です(∀`*ゞ)エヘヘ


暗い雰囲気になるのかな?と心配しちゃった人もいるかもしれないけど、絶対ハッピーエンドになりますよん(≧◇≦)!


というわけで、第二部スタートである第四章は、これまでよりもお休み期間を長くします!

1か月から1か月半程お休みをしてから、更新を再開するのです(`・ω・´)ゞ


更新を再開した時にすぐに気が付いてもらえるように、ブクマ登録をしてもらえたら、嬉しいのです!


それまでの間は、更新が止まっていた「鬼畜王」と「クソレビュアー」を完結まで書いていこうと思ってるので、読んでもらえたら嬉しいな♡

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