何のために生きている?
暇だったから書いただけなんです。
「お前は何のために生きている?」
俺がこの仕事で殺す相手には必ず問いかけている質問だ。
俺がこの質問を命題にするまでを話すには随分と前に遡らなければならない。
捨て子だった俺は親の顔も知らないままスラム街でゴミを漁ったり、食べ物を盗んだりしながら生きていた。
ところが、その日は雨で暫く何も食えていなかったから大分気が立ってた。そこらの人に襲いかかってしまうほどにはな。
そこで師匠に出会った。師匠は襲いかかってきた俺に対してまず、この質問をしてきたんだ。その時の俺は気が抜けたこともあって
「生きるために生きてる」
なんて、トチ狂った回答をしたのは今も覚えている。そんなことを言った俺のことを師匠は、
「ははっ、そりゃあいいな。生きるために生きるか。新しい意見だぜ? お前、捨て子だろ? ついて来いよ」
なんでついて行ったのかはよく覚えてないがカリスマ性ってやつなのかもしれない。もっともスラム街どころか町中から嫌われもんというか変人扱いされてたけどな。俺はその時は知らなかったが。
ついて行くとやけに人通りのない路地のさらに向こう側。目を凝らして見て、尚且つ探求心がないと見つけられないようなところにそれはあった。
『どんな仕事も承ります』
そんな小さな看板の何でも屋だったが、依頼達成率は驚異の百パーセントで信頼はされていたのだろう。
中は依頼人との話もあるから多少は小綺麗にはしてあったがスラム街の住人らしい雰囲気が何となくわかる。
「まぁ、座れよ」
そう言われて腰をかけた俺だったがここまで知らない人の言うことを聞いたのは後にも先にもこれが最初で最後だろう。それほどまでに師匠には何かを感じていたんだろうな。
コトッとコップが二つ置かれ、片方を師匠はゆっくりと飲む。中身は黒く、苦い臭いだったことはよく覚えている。そのコーヒーは昔こそ飲めなかったが今は毎日飲まないと落ち着かないくらいには愛飲している。
「んで? お前は…何で来たんだっけ?」
師匠は変に記憶が飛ぶことが多かった。それでも、完全に忘れるのではないからきっかけさえあればすぐに思い出す。
「いや〜、そうそう思い出した。お前さぁ、俺の弟子になんない?」
こうして俺は弟子になるんだが、それからは中々厳しかった。まず、武道は極めさせられる。他にもいろんな言語や変装術、とにかく色んなことをやらされた。
そうしてこうして、師匠は亡くなった。丁度、師匠に出会ってから十五年くらいだったから、大体二十歳くらいの時だな。死因は溺死だったよ。言っちゃ悪いが間抜けだぜ? 風呂に入ってたらしいんだがそん時に溺れ死んでた。
俺は少し外出してたんだが、帰ってきたら師匠が死んでるからびっくりしたよ。それからその店は俺が引き継ぐことにした。
それなりの客足ではあったし、それ以外の生き方も知らない。それに師匠の生き様っていうのに憧れていたのかもしれない。
それからは俺が依頼を受け、この質問を欠かさずにするようにしている。
これまでには何でも屋の名前に相応しいようにゴミ拾いから人殺し、犬の散歩に老人の介護までやらされた。んで、毎回の依頼の際には
「お前は何のために生きている?」
って聞いてやるのさ。今までにも色んな奴がいた。平気で無視するやつもいたし、ペラペラと聞いてないことまで話すやつもいた。
なんて、過去話をしていれば今日の依頼人がうちのドアをノックし入ってくる。
やや大きめの貴族の屋敷で、主人が相当嫌われている。噂によれば妻をほっぽり出して、愛人を作り、使用人にまで手を伸ばし、飽きたら、首を切る。そんなことばかりしている世の中の底辺にいる人間。
今回の依頼はその使用人からのもの。
「私の勤めている屋敷の主人を殺してください」
入って早々、礼儀正しく本題をあっさりと言ってのける。まぁ、予想通りの依頼だ。
こんな依頼が最近多い気はするが、仕事が無けりゃ生きてはいけないし、生憎、人に遠慮をかけるような生活もしていない。
「今からでいいか?」
人一人殺すのに事前準備などほとんどしない。外出する準備くらいなものだ。
なんなら武器なんて持たなくても殺せるんだが、ナイフを数本装備する。
「よし、それじゃあ行くか」
そこは貴族街のど真ん中に位置していて、大きめの家で貴族としての位も高そうには見えるが、こいつの場合は商人で儲けた金を上納金として国に渡し貴族になった、成り上がりってやつだ。商売においても相当悪いことをしているらしい。
使用人は既に屋敷に帰っていたので、一人で侵入することになる。関係性を疑われて、始末されてもおかしくは無いからな。
堂々と玄関から入って行くのも嫌いじゃあ無いんだが、聞けば番犬ということで危険な動物が何体か庭に放られている。ぶっちゃけて言えば始末してもいいんだが、今回は遠慮しておく。
屋敷の側面に回り、柵を乗り越え、大きく跳躍する。たまたま空いてる窓があったからな。…別に手助けはいらないと言っておいたんだがな。
取り敢えずは屋敷に入ることに成功したが、まずターゲットを探さなきゃいけない。面倒臭いな、ちゃんと部屋を聞いておけば良かったな。
なんて、思ってると張り紙を見かける。そこには矢印が書いてあり、従って進めば何枚も何枚も見つける。…だから、いいって。
まぁ、それに助けられたのは確かなんで礼は言っておかなければなるまい。やがて、矢印は一つの部屋を指す。
ドア越しに音を聞き取ろうとするが、防音はしっかりとされていて、中の音は聞き取れない。噂通りだから、驚きはしないが。
俺はその扉を思い切り蹴飛ばす。鍵はかかっていなかったらしいが、普通に開けて入るのも面白く無い。
予想通りと言うべきか、期待通りと言うべき殺害対象は二人ほどの使用人を…。胸糞が悪くなってきた。
「おい、そこの使用人ども。そこの主人を今から殺すがお前らも殺されたいか?」
使用人はふるふると首を振り、死にたくない意思を見せる。一方で、貴族は突然の訪問者に驚きを隠せないようだ。
「早くいけ。俺はこっちの男にしか興味はない」
使用人を促し、男を睨みつける。
「お、お前。俺様がだ、誰か分かっているのか!? 俺様はこの国で随一の商人で貴族なんだぞ! 雇い主はだれだ! 何なら、俺様は依頼料の二倍、いや三倍は払う。ここは手を引いて俺様につけぇ!」
「大人しくしろよ。お前はどうせ色んな人からも恨まれてるんだ。あまりうるさいと口を封じたくなる」
俺の意思は上手く伝わったのか、口を閉ざす。さて、本題だ。
「お前は何のために生きている」
突飛な質問に奴は豆鉄砲を食らったような顔になっている。
「お前は何のために生きている」
「そ、それは…。か、金のためだ。何が悪い? 世の中は金だろ! 金がなきゃ何も出来ない。いや、金があれば何でもできる。どんなことだってできる。お前にそれを止める権利なんてないんだ!金さえあれば、弟だって助けられた。でも、金が無かったせいで…」
さすがにこたえなきゃいけないと言うことを察したのか、本音でつらつらと要らんことまで喋る。
「それがお前の答えか」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
それ以上話すことは何もなかった。だから俺は、男に近づいていく。そして、男の悲鳴や泣き声を聞きながら、ナイフで首にある頸動脈を思い切り切る。
多少、深いところにあるので力を加えてやらなければいけないがそれなりに回数は重ねている。悪いが楽勝だ。
こいつが死ぬことは確かなので、まだ息はあるみたいだが無視して、窓から出ることにした。見ると、さっきまでは曇り空だったがポツリポツリと雨が降り出しているようだ。
多少ではあるが返り血を浴びてしまっていた俺には丁度良かった。殺した時の不快感も同時に流してくれる、雨はいい。
帰り道、スラム街を歩きながら、昔の師匠に拾われたことを思い出す。
生意気なガキだったろうな俺は。
ドンと足に何かが当たる感触がする。考えごとのせいで気づかなかったらしい。下を見れば一人の男の子が死んだような目でこちらを見ている。
「お前は何のために生きている」
気がつけば、俺の口は師匠と同じ言葉を紡いでいた。
「僕は何のために生きているんだろうね」
死んだ目には似付かない口調で淡々と述べ、さらに質問を返してくる。
「おじさんは何のために生きているの?」
まだおじさんって言われる年ではないがお兄さんでも無いのかもな。なんて、どうでもいいことを考えながら俺はこう返す。
「俺はな。その答えを知るために生きてる」
こういう短編ならちょこちょこ書いてもいいかなって思い始めた