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序
追って来る。
「それ」は確実に、わたしを狙っていた。
闇の中を手探りで走る。
灯に明かりは無い。
履物は何処かで落とした。
ドクン、ドクン。
己の心音が頭に響く。
右足に何かが当たり、痛みが走った。
しかし、わたしは走る事を止めない。
誰か。
わたしは無意識に助けを求めていた。
誰か、誰か。
「それ」は少しずつわたしに近付いて来る。
遠くで狂った雄叫びが聞こえた。
わたしは足を引き摺って進んだ。
息が継げなくなるのを感じる。
ドクン、ドクン。
もう、駄目だ。
気を失うばかりの痛みが体を貫く。
足が、まるでわたしのものではないようだった。
そしてわたしは遂に倒れ込んだ。
「それ」は速度を上げて近付いて来る。
どうする事も出来なかった。
ああ、御免なさい、お父様。
お言い付けを守らなかったから。
わたしが悪いのね。
目を閉じて、迫り来る「それ」を待った。
死にたくない。
誰か。
助けて。
わたしの記憶は其処で終わった。