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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かくの如し、我が青春

作者: 渥美聡

 読め、最後の物語である。


 さて、一同席に着いたかな。さあまずは一杯干してください。じゃあ私が一席、座のお慰みに話をしましょう。まず思い出を語るのに、酒の力を借りなければならないというのも情けない話です。素面では感情の振幅に私の心が耐えられないというのが理由ですが、それにもまして、これから語ろうと思う出来事はそのはしばしを思うにつけ、全体が霞をかけたようにぼやけ、どうにもこうにも捉えどころがないというのも正直なところであるからという理由です。これからわたしが語るのは一種の例え話ですが、イエス様は、なぜ例え話を用いて語るのかについて「あなたがたには、天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人はさらに与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまで取り上げられる。だから彼らには例えを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである」とおっしゃっています。これはイザヤ書にある預言の実現でもあるわけですが、同時に、救われるものは少ないという悲しい事実をも示しています。畏れ多いが、そうすると、わたしが例えをもちいて話すとき、わたしは相手に対してあまり期待していないという前提があるのかもしれません。

 対して、仏陀は民衆にその教説を解き、弟子を導くのに待機説法という手法をとった。要は、場によって話題を変えたり、弟子の進度に合わせて難しい命題を平易に言い換えたり、指導の方法を変えたりしていた。これは人類の教師たる仏陀の躍如であり、「耳のあるものは聞きなさい」と言い放ったキリスト・イエスの無責任さとは大きな違いだ。しかしその仏陀をしても、ある種の形而上的な質問(例えば「神は存在するのか、存在しないのか、存在しかつ存在しないのか?」といったような)には問われても一切答えなかったらしい。彼岸に至るため、仏陀がいない世界でひとり生者必滅・六道輪廻の大海を渡りきろうとする弟子たちに「これからは、自らを島とし、法を島としなさい(アッタ・ディーパー・ダンマ・ディーパー )」と遺言した彼にとっては、各々が自己の内面を深く探究することこそ第一義的に重要であり、神の性質や宇宙の辺縁は、仏陀がいてもいなくても相変わらずそこにあるダンマ(法=ダルマ)を了知するのには関係のないことだった。これは一見、仏陀が一方において説いた諸法無我と矛盾するかもしれない。仏陀よ、あなたは、「我はない」と言っているのに、どうして我にすがって大海を渡れようか? しかしこの一見した矛盾は彼が普遍的真理と便宜的真理を使い分けたことを考えると解決できる。仏陀は人間のアッタ(我=アートマン)は感官の作用とその対象に分解でき、そこには永遠普遍のアッタという自足した存在はないとしたのだが、これらが複雑に織りなすものが依然「わたし」というようなものであることは認めており、思考し意識を持ったものであると認めている。「わたし」というものがあって流転し条件づけられた存在である、これが仏法の便宜的真理である。かつ、「わたし」は感官の作用と対象で構成されておりバラモンたちが永遠普遍のアッタと呼ぶようなものは存在しない、これが仏法の普遍的真理たる諸法無我である。

 では、ニルヴァーナに至るにはどうすればいいのか? 初期仏典にいうニルヴァーナとは、「もうこれ以上作為を積み重ねない状態」であるとされている。「般若経」はそこに至るまでに幾つかの階梯があるとしているが、そこには詳しく立ち入らない。ただ、初期仏典の重要な命題のうちに「来て見ろ」というものがある。「見る」とはインド・ヨーロッパ語族にひろく見られる通り「理解する」という意味をも含んだ動詞である。理解しなければ意味がない 。ここで仏教は他の宗教とは一線を画す 。各々が納得して、真実であると認めたものに限って議論の前提として、また指導において各々が納得を積み重ねていく過程で、ニルヴァーナを達成したものたるアルハント にいたる道を歩ませようという仏陀の姿勢が垣間見える。


 わたしにとって、これは最後の物語であり、いまこれ以上書くことは何もない。将来もう一度筆をとることがあるとしたら、そのときわたしは別の人間になって、別の問題を抱えて苦しんでいるのだろうと思う。


   浅草寺


 太郎は自分と差し向かいで鍋を食べる女を見つめている。女は見つめられている視線に気はついているのだが、傲慢からか、敢えて見上げず箸を使っている。何か話さなければ、そういう強迫観念自体、女と太郎の間に一種のよそよそしさがある証拠だろう。そう気を揉んでいる太郎を見て取って女は口を開いた。

「これまでずっと精神的な娼婦をしていた気がします」

「そうか、私も客の一人でしたか」

「そうです、最初のお客さんでした。あなたに私は大切なものを投げ捨てたのです」

「私のお母さんになってください、比喩的な意味で」

「あなた、お母さんいくらでもいそうなのに」

「いませんよ、みんな私に何かを求めている」

「ああ、あなたはそうかもしれませんね。はい、お母さんになりましょう、比喩的な意味で」

「ありがとう、おかあさん」

「どういたしまして」

 会計は太郎が払ったが、女は自分が払うと言って聞かなかったので千円札一枚切り受け取った。

「さようなら、あなた」そう言って女は南武線乗り換え口に消えた。

 折しも驟雨、急な夕立に人々が道を急ぐ、太郎は電車内で窓に頭を任せていたが、墨田川を渡るまで自分が逆方面に向かっているのに気がつかなかった、このまま成田山まで行っても良かったが両国で降りた、力士が人混みを分けて悠々と歩いて行く。マレーシアに行こう、衝動的にそう考えた。


   コタ・キナバル


 昨日の午後八時に到着しているはずが、雨季だったこともあり折からの風雨で着陸を二回もやり直した、一旦海岸線まで戻って着陸許可が下りるまで同じところをぐるぐる回るのである。飛行中も気流の悪い場所で一時間近く揺さぶられ続け、それでも御構い無しにトイレに立ったり座席に寝そべったりしている鷹揚な中国人が飛行機の急降下で転げてしまわないように二の腕を捕まえてあげたりしなければならなかった。また到着してからも空港側の都合でターミナルとの接続が遅れて一時間近くも飛行機に閉じ込められた。入国ゲートを通り過ぎる時、保安検査場を覗いたら、マレーシア人の係官たちは椅子を集めて車座になり、のんびりおしゃべりをしている。十年前と同じだ、と思った。変わったことといえば空港の建築が近代的になったことぐらい。そんなこんなあって、空港の車止めにタクシーもおらず、コタ・キナバルの目抜き通りガヤ・ストリートの小さなホテルにチェックインしたのは到着の翌日9時になってしまった。

 6畳ほどの部屋にベッド一つ、窓際に椅子と机が一つ、玄関脇にシャワーとトイレ、衣装ダンスが一つ、それだけ。狭いバルコニーには鮮やかな花をつけた鉢植えが二つ置いてあって、窓の下は忙しい車道である。フロントで女の子とおじさんがマレー語で話すのが聞こえる。車道には日曜の市が立って人々が楽しそうに歩いていく。天気が良くて日差しが強い。


 サバ州政府所在地コタ・キナバルは狭い湾内の海岸沿いとその後背地に広がる都市である。最近中心部にオフィスビルやショッピングモール、郊外に近代的な国際空港が整備されてようやく都市らしい外観が備わってきたが数十年前は漁村でしかなかった。サバ州自体人口200万人程度であり、スールー海を隔ててすぐフィリピンというマレーシアでも辺境にあたり、半島部との方言差は著しく、住民同士の意思疎通が難しいほどである。また主要な産業といえば観光業ぐらいのものだ。湾口から見れば、中心部にビルがあるのは都市らしいが、その他は郊外にそびえる未完成の巨大なオフィスビルと政府庁舎、美しい青色をした巨大なモスク、マスジット・バンダラヤ(シティ・モスク)、建設途上の高層コンドミニアムぐらいのものである。海岸沿いを離れれば、あるのは道路沿いの小さな家を除けば原野と熱帯雨林だけ。地図上でコタ・キナバルの隣にあるパパールもその実人口1000人程度の小さな集落でしかない。サラワク州境まで南下してブルネイの首都バンダル・スリ・ブガワンへ行くか、100キロ以上山道を自動車で走ってサンダカンまで行かなければ、近所に都市はない。トヨタのランドクルーザーがなければ安心して生活できない。

 マレーシア連邦の最も東に位置するサバ州は、マレーシア連邦の一州として独立する以前、大英帝国勅許会社北ボルネオ会社に管理されており、その隣のサラワク州に至ってはブルネイ国王によってラージャに叙せられたイギリス軍人ブルックがその後独立し、白人王朝ブルック朝三代の王が、大日本帝国陸軍南方派遣軍によって駆逐されるまでイギリスや日本の公社と癒着しながら現地住民を百年間も統治したという奇妙な土地である。ボルネオ島北部と半島部との往来には住民でもパスポートを必要とし、サバ、サラワク両州は半島部の諸州が置いているスルタン制も採用していない。ということは、マレーシア連邦の国家元首を選出するためのスルタンたちの互選にも参加していないということで、両者は私たちが考える一つの国家かいよいよ怪しい。

 いまでさえ東部のスールー海に浮かぶ島嶼ではフィリピン人の海賊が跋扈し、誘拐と身代金の要求を繰り返しているため日本国外務省によって在留邦人と旅行者の立ち入りが禁止されている。また近年、かつてボルネオ島北部の海岸線とスールー海の島嶼を支配したスールー王国の王家末裔と主張するもの(彼も前記フィリピン人海賊の頭目以上のものではなかっただろう)が武装した民兵数百人とともに上陸し海岸線を占拠したうえで、王国の遺領を主張し、マレーシア連邦軍やサバ州兵と攻囲戦を繰り広げた後に海へ再び追い払われたという事件があった。そのような土地と、東南アジア最高峰キナバル山を主峰とする山岳地帯を隔ててコタ・キナバルは発展途上にある新しい都市である。

 部屋に入り、安っぽいスプリングがぎんぎん軋むベッドに身を投げ出して3時間ほど睡眠をとったあと、突然の電話で起こされた。国外にいるし、機内モードのままだったから電話など鳴るはずもないのだが、空港で借りたwifiに接続していたことを忘れていた。電話は伯父からだった。

「もしもし、予定では昨夜着くことになっているはずだが今どこにいる?」

「昨日着きましたが飛行機が遅れて、昨晩は空港の到着ロビーにいました。いまはガヤ・ストリートのホテルです」

「寝ていたの?」声の背後からクラクションが聞こえてくる、運転中なんだろう。

「そうです」


   本郷三丁目


 高校の友人二人と、飲み会をするつもりでうらぶれた下宿に集まったはいいが、途中から「二四時間耐久飲み会」というイベントが始まった。名前というものには不思議な魔力がある、人は識別等の便宜のため、ものに名をつけるが不注意な命名は途中から一人歩きして名付け親と子を拘束・支配することがある。名は体を表すというが、名が体をなすことになってしまう。こんなひどいネーミングセンスはわたしのものではなく、誰が名付けたのか覚えていないが、世の中はハロウィンで大騒ぎなのに、病膏肓に入った大学生三人が六畳一間の安下宿に面付き合わせて、キャベツとサッポロ一番と投げ売りの豚肉2キロ(!)しかはいっていない鍋を食っていれば悲しくならないはずはない。酔いがいい具合に回ってきたところで、大学院に進学したはいいが、指導教授がわいせつ物所持容疑で懲戒免職されたばかりに出世が吹っ飛んだ早稲田大学5回生の甲がスマホで「熱烈中華飯店」のサントラを大音量で流して、いろどりと称して鍋に大量の唐辛子を振り掛け、その横で、卒業後も司法試験留年を繰り返す東大卒の乙氏が飲めもしないくせに「獺祭」の一升瓶を抱えてコップで飲み、泣きながら自らの苦労と奨学金の返済と会計士試験を早々に諦めてすんなり証券会社に就職した彼女に愛想をつかされた話を語りだしたから、彼女もいて進路に特に問題がない慶應義塾大学4年のわたしはまずいと思ったのだった。つまりこの閉塞した雰囲気を打開しようとして、いつしか「二四時間耐久飲み会」は始まったわけだが、霜月中旬の底冷えする真夜中の殺風景な六畳一間で、チャルメラの陽気な音楽を背景に湯気が濛々と立ち上る鍋に積み上がる肉を食べながら、酒を飲み大声で罵る薄汚い学生三人は、はたから見れば酒呑童子か逢坂山の山賊が人肉を食って梁山泊を気取っているようにしか見えなかっただろう。そう考えると、このネーミングはわたしだったかもしれない……。しかしとにかく、私たちはこの名がいたく気に入ったのだった。この企てが何か大したこと、いたく面白いことのように感じ、これをやり遂げたらエベレスト登頂だってできると感じた。そう、ちょうど青山学院のワンチャンがウユニ塩湖でジャンプしたり、総合政策学部の学生がグランドキャニオンで踊ってフェイスブックに投稿したりするように、何かが劇的に変わると思った。けど何も変わらなかった、夜が明けたら頭痛と相変わらずそこにある現実を見なければならなかったのだが、それは数時間あとの話だ。酒を飲み、肉を食べ、酒がなくなれば三人肩を組んで千鳥足で歩き、それぞれの校歌と応援歌を深夜の本郷三丁目で歌いながらコンビニまで買いに行った。アパートの二階から東大や日本医科大の品行方正な学生たちの怒号を聞きながら。


   五番街


 ひげをはやしてひび割れた丸眼鏡をかけた易者は三枚の寛永通宝を安南焼の小鉢に投げ入れて、掌で器の口を塞ぎ何回か振った。忙しい通りで雑踏の喧騒に混じってチャリンチャリンという音がする。中を覗くと表が二枚、裏が一枚。易者は、少陽、と手元のメモ用紙に記した。同じことを繰り返し、少陽が三回。易者は三つ並んだ少陽の横に、乾、と記した。もう一回少陽。次は表一枚、裏二枚、易者は少陰と記した。次は裏三枚、老陰。これは陰ですが陽に変ずることがあります、と易者は言った。

「今は陰なのですね」

「そうです」易者は手元の図像をちらりと見てから手元の書物を繰り、てんざんとん、てんかどうじん、の卦が出ていますと言い、そして二つの単語を並べて書いた。天山遯、天下同人。

「天山遯の卦がありますが、初卦が老陰ですから天下同人に変ずるかもしれません、天山遯の遯は隠遁の遁に通じ、退避・隠遁の卦であります。卦を問うものが君子であれば世を離れるべきでありますが、周易に『少、貞しきに利あり』とあり小人であれば身持ちを正しくしていれば利があるといった意味です」

「私は若輩ですから、小人でしょう」

「左様に解して結構かと思います」易者は言葉を接いだ。「ただし周易の言葉は非常に抽象的でいく通りかの解釈があります、鄭玄、程氏は、少をすくなしと解して、小さな正義に当分は利があるの意味だとしています。卦のかたちをご覧になればわかるでしょうが、上の三卦は陽であり、いまだ君子が帝位にあるのですが、下の三卦は陰つまり小人が下から増長しているかたちを現しています。ここから孔子もこれを少なしと解釈して小人に利があると解しています。いずれにしても、『遯尾、危うし』とありますから今は小人に利がある世でして、逃げ遅れると自分も害を被るとされています」

「よくわかりました、ところで天山同人のほうは?」

「これは良い卦です、人を集め、人と和するという卦であります。塞がった世を打開するには人との和合によるという卦であります。上卦は乾、つまり天であり、下卦は離、これは火を表しますが火は上に登ることから天に通じております。また『大川を渉るに利あり』とありますから何か思い切ったことをなさることにも良い時期であるという卦でございます」

「今は雌伏の時であるが、いずれ時期が巡ってくるかもしれないということですね、しかしいずれにしても私は王者ではないのですから、天下国家について何か言われても困惑しますね」

「いやいや、君子・帝王の世間は天下であり、小人の天下は世間です、いずれにしてもあなたご自身の尺度でものを考えて差し支えないものです」


   銀座


 昨年の秋、新宿と銀座で活動していた大規模な売春斡旋組織が摘発された。高額、良質を標榜し、一晩で七万円以上かかるのだが女の子は全員駆け出しのモデルと女子大生のみ、しかも有名大学に在学している子が多いというのが評判だった。大企業の重役が取引相手にそのクラブでの接待を要求することもあったという。そして、摘発された女の子が全員自分の娘と同じ年恰好だったことから、警視庁と東京地方検察庁の捜査官もその取り調べの手を緩めざるを得なかった。登録している女の子たちは80人を下らず、しかも現行法下で売春だけを理由として処罰するわけにもいかず、大人数の神経のささくれ立った女を取り調べ、経営者を処罰した他は徒労に終わった。大学生で売春に手を染めるといえばよほど恵まれない境遇にあるか、似非バンドマンの彼氏に売られたか、スカウトマンを騙る悪い男に騙されたか、自堕落な親の借金を肩代わりさせられているのではないかと思うのだが、そうならば自分を納得させられなくもないが、その実、聞こえてくる話といえば「留学のお金を貯めたかった」とか「交際費が足りなかった」というようなものばかりである、ブランドバッグを買ったり、オーストラリアに留学したりするために売春するとしたら、これはこれで悲しい。


「客たちは、電話してやってきた女の子に大学の成績はどうだとか、教授はだれかとか聞いていたらしい。いずれにしてもいやらしい話だし、そんな頭がいい女の子を征服する快感を味わっていたのだろう」

「売春ね。仏文の女の子なら、不思議と思えないし許せる、仏文はゼミの課題で世の紳士と売春をすればいいね」彼女は『ソドムの120日』をもてあそびながら弁当を食べている。

「そうね、わからなくはない」

「そんなものを、誰がやっているともわからない会社にやらせれば、裏社会にお金が流れるし、病気持ちの危ない客に当たるかもしれない。「知るカフェ」で売春の斡旋をすればいいのに」数人の学生が驚いた顔をして振り向いた。

「ホテルで待っていて、知り合いがやってきたらいやだよ。サークルの先輩とか、ゼミの後輩とか」

「そのためにデリヘルにも学割があるでしょ、学生証を見て、同じ大学じゃない女の子を派遣する。知るカフェは学生証を提示しないと利用できないんだから、その辺は完全に把握できているじゃない。そんなことはどうでもよくて、勝手にやらせておけばいいわ、ねえ『ソドムの120日』最高だよ、『ソドムの市』も見て欲しいな、『生まれてから一度もお尻を拭いたことがない伯爵』を犯すシーンとか震えがくる!」


 木枯らし一号が吹いた。月が一段と明るく輝き、キラキラした星屑がそれを飾っている。渋谷区のデパートにクリスマスツリーが飾られ、地元のトヨタのカーディーラーも安っぽい電飾を放射状に束ねて夜、まっすぐで広いが沿線に何もない寂しい大通り、その陰に深い闇を隠した常緑樹の陰で青く寒々と光っている。


 諏訪に先祖の墓参りをし、郷里に残っている土豪めいた親類の家を何件か訪ねた後、家族と別れて甲府を経由して身延山久遠寺に登り参籠した、その後南下し、修善寺からバスに乗り西伊豆を見て回ったあと伊豆急に乗って熱川で一泊して帰った。


「久しぶりだね! 予備校以来だ」

「そうだね」

「きみ、今はなにを目標にしているの」

「司法試験だよ」

「司法試験は難しいから、諦める人も多いと聞くよ。その場合、つまり自分に適性がなかった場合という意味だけど。その時のための選択肢も用意しておけば。私はおしゃれが好きだからアパレル関係に行きたいと思ったけど、留学して気持ちが変わったな、もっと世界経済にダイレクトに関われればと思う。つまり、今のシステムを是正したいのよ。途上国の労働力が買い叩かれている現状をなんとかしたい、内部から変えていくわ」

「すごいね、ありがとう、そうするよ」


 夢を見た。

 迷子になった子猫を探していた。朱夏、そこは大きな寺院であった。塔頭と、竹木と、墓石の区画が複雑に入り組んでいて、路地がその間を縫うようにぐねぐねと続いている。千賀子がここにいると言った、近ごろ腰や胸のあたりが丸くなって、内股にしゅっと走った一筋の血を拭った真っ赤な掌を眺めて狂ったように泣いた千賀子が、千賀子はあれで女になったと母が言った。女になった千賀子に子猫の居場所なぞわかるのだろうか。蝉の音が静寂に嵌まったように鳴り響き、日差しは強い、淀んだ掘割は蒸気を発し、木の葉はそよとも動かない。脳髄は膨張し頭蓋を内から圧迫する。汗を吸ったシャツはひたひたと背中を打つ。不快だ。早く見つけてやらなければカラスが喰ってしまうかもしれないし残酷な子供がいじめるかもしれない。ある院の門が開いているのを見つけた。女が出てきた、左の目がキラリと光って少しおかしな方を向いている、ガラスの義眼だ、うちの猫と同じだ。片輪の子猫を母猫は育てようとしなかったから、籠の中に養っていた。招じ入れられるままに中へ入り縁に腰掛けた、微かにびんびんいうのは軒先に簾か何かを釣っているのだろう。最前から疑問に思っていたことを尋ねよう。「しかし、ここはどこでしょう?」女は板戸の向こうにいたが聞こえているようだ、かちかちと器の音をさせていたがふっと手を止めて答えた。

「祇園精舎ですよ、あなた」ふうん、比喩だろうか?

 しみる。

「おねえさん、生をもう一つ」

「あら、ここはお店じゃなくてよ」女が笑った。

 ぱちん、女はふくらはぎにとりついて必死に血を吸っていた蚊を潰した。べっとり付いた血を見て、千賀子です、そう女が言った。そうであってもいいような気がした。女はわたしをどろりとした目で眺め、口を半ば開いて刹那ためらったが結局訥々と話し出した「ねえ、あなた。あなたがここをさまよっていた間に、私は輪廻をいくども回ってしまいました。子猫であったうちに見つけて欲しかったですわ、こんな浅ましい姿になってしまって、陰気で狭苦しいところに閉じ込められて、ただ背が伸びるのを待っていたようなものでした」そうであっていいような気がした。人生とは不思議なものだ。「しかしいずれも左目が欠けているのはどういうわけでしょう? 」女ははっとして、つと左を向いて恥じらった。

「子猫だった時には、草むらで遊んでいた時につけた傷が腐って、そのままただれ落ちてしまいました。これは生まれた時からなかったものですけれども。あなたが時々上から籠を覗き込んで、にぼしやチーズを落としたことを覚えております」

「次は何にお生まれになりますか」

「あなたの娘になります」美しい娘と結婚しようと思った。

「その次は」ぐらりと頭が揺れて気が遠くなり、急に意識は高速で回転しだした。諸言語で歴史上すべての声が聞こえたが、聞こえた瞬間に音素へと分解されてしまって意味をなさなかった。色の奔流が渦巻き、意識は拡張し、伸縮し、宇宙と輪廻の果てに及び、鳥を、樹木を、龍を経験した。

「クシナガラの菩提樹になります、釈迦がその下で悟りを開きます。幾度生まれ変わっても私は片輪です、どうか片輪を探してくださいな」虚無に落ち込んでいく。その次は?

「ねえ、あなた」

 虚空に転々するものがある、車輪だ、死がそれを宰領している。意識はぐねぐねと油土塀をそって進み、墓石の並ぶその奥の奥、水子供養の石碑に新しい風車が絶えないのはなぜだかわかるか。

「はい、なんでしょうか」わからないのか、今も赤子が流れるからだ。

「私はあなたが流した子供ですよ、ずっと会いたかった、おかあさん」

 女はほっと息を吐いてにっこり笑った。私の口は私ではなかった、私の心は私ではなかった。幾千もの母を求める赤子の幼い手が私を捉え、彼らの幼い手が、てらてらと濡れ透き通った皮膚の下を走る静脈が、どくどくと波打つ赤黒い心臓、肝臓、腸がわたしを捉えた。輪廻の果てのあなたは美しい。りんりん、ここはどこだ、風鈴が鳴ってここに引き戻された、いつかどこかで流れた私の血と女の涙がコップに結露している。

 夢から醒めた。

 午後だった、看護婦が盆に水と薬を乗せて入ってきた、薬を飲むと眠くなる。また夢を見た。意識は妙に明瞭で、夢かどうかも曖昧で、白昼夢の一種だったのかもしれない。四肢と思考に力が入らない。

 しばらく恋をした女性が、秋に燃えるような並木沿いを歩く道すがら、話題がなくなると寺山修司の話をしたから、その人は僕に愛想を尽かしたかなにかで何処かに行ってしまったが、それ以来本を三冊読んで映画を二本見て以来、彼を好きなのだ。寺山修司といえば、結露する寒い夜にコーヒーを飲んだり、日の傾いた午後に徒歩で移動したりしていると、「家出のすすめ」にこういう戯詩があるのを思い出す、「肖像画に、間違ってヒゲを描いてしまったので仕方なく、ヒゲを生やすことにした。門番を雇ってしまったから、門を作ることにした。一生はすべてあべこべで、私のための墓穴が上手く掘れしだい、少しくらい早くても死のう、と思っている」あべこべのもう一方がどこかにあるのか知らんが、生まれてしまったから仕方なしに生きていると言えるじゃないか。

 その女性は人間でいることが苦痛で、何か嫌なことがあった後に三日三晩熱を出して苦しんだ末に、ねこになってしまった。その人のうちに行くと、寝床の上でうずくまっていた小さな子ねこを抱き上げうちへ連れ帰った。暗がりでうずくまり瞳をぎゅっと開いて、人間じみた眼差しでこっちを見つめているのを見た時は少しぞっとしたが、その面差しにはどことなく懐かしいところがあった。人間であった時分からお行儀のいい人だったから、ねこになってからも自分の股を舐める時や、爪をとぐ時にも片手ずつ、目立たないところでそっとやるのである。そしてある朝丸くなって冷たくなっていた。私は小さな穴を掘って埋めた。人間失格、ねこ合格。

 しかし彼女は死んでいなかった、その次の週末にふらりと訪ねてきたのだ、そのとき庭に面した露台に椅子を持ち出して神田で買った古本をめくっている時だった、裏道に通じる木戸が軋んだのでふと目を開けたら菩提樹の下に女が立っていたのだった。「わたしは死んだが死んでいません、森羅万象の運行のために、悪いわたしを殺したがあなたのおかげで死にませんでした」そう女は言った。「なにか手伝えることはありますか」女はつと脇へ寄って真向かいにある籐椅子に腰掛けた「あなたの油絵を見せて頂けませんでしょうか、丹精込めて描いたものには魂の半ばがそちらへ行くと申します」「半ば移った魂をなんとする? この世に見限りをつけてふらふらとさまよってみてもいいのではないか、そうでなければほら、砂糖のようにこの珈琲に溶けておしまいなさい、飲み干してあげるから」そう言いやると女は妙に納得したような顔をして、すっと珈琲に溶けてしまった、女がまた器の中から出てくるのも煩わしかったから、一息に飲み干してそのまま厠に立った。

 あいかわらず遠くで海は鳴っていて、木の葉がざわつく午後。隣室で二人の老婆が話しているのが聞こえた。「そのひとには目の不自由な娘が一人いるはず、父親は首を吊って死んでしまったが、確かにこれと血が繋がっている」「その女は雷がなる夜に村の男に犯されて女の子を一人産んだ」「それがこの娘か」「そうだ」


 少し長いが以下引用する

 この度は一身上の都合から退職することにしました。君にも、中田先生にも申し訳ない限りです。私は本来、芸術家になりたいと思っていましたが、祖父の期待に応えるべく社会的な地位や名声を得るために努力してきました、その祖父が亡くなった今、新しい旅に出たくなりました。おそらく、これまでとは全く違う道を歩むことになるかと思います。その選択が正しいかどうか現時点ではわかりません、しかし私は今自由な気持ちでいっぱいです、とりあえず外国へでも行こうと思います。大学は自由な場所です、クラスも学年もカリキュラムもあってないようなものです、残りの学業をどうするかはもう少し時間を置いてから考えます。もう結婚してもいいような年齢ですが、君と同じくらい私もまだ若いのです。今お付き合いしている美しいお嬢さんといずれ結婚します、法律家になったらすぐにという予定でしたが、もう少し待たせておきます。

 この社会は優秀な人間がすべてを手にする社会です、お金も、時間も、楽しみも、それは世界のどこでもそうです。日本では、優秀な人間がこぞって有名な大学へ進学する風潮があり、就職も新卒一括採用という形をとりますから、限定された選考時間の中で、「優秀な学生がいる傾向のある」高いレベルの大学出身の学生を好んで採用するのです。理不尽に見えますが、私たちは決まったルールの中で配られたカードで勝負しなければなりません。確かに、君は教員になろうとしているので、この話はそのままは妥当しないでしょうが、母校の教員になるのであってもなくても、選考にあたってどこの大学でどのようなことを勉強してきたのかは採否に大きく影響するでしょう。大学受験という道を選択したのなら、どうか貪欲に上を目指してください。「どこか受かったところに行く」というのは敗者の負け惜しみでしかありません。人間は不平等にできています。私も常々己の不足を痛感していますが、運と才能がなければ、不平を言う前に泥臭く努力しなければなりません。

「英語長文問題精講」を差し上げます。定評のある参考書です、一度に完璧にしようとしないで、何回も繰り返して問題を解くうちにだんだんと理解を深めるようにしてください。入試までの時間は限られていて、勉強しなければいけないことは多くあります。あまり手を広げずに、長文、文法、語彙、それぞれ一つずつ特定の参考書を信頼してそれのみを繰り返し、問題と解答・解説をすべて覚えてしまうまでやり込んでください。ご縁があればまたどこかでお会いしましょう、遠くからいつも幸運を祈ります。



 太郎はほとんど家にいるのだが、時々キャンプをすることがある。寝床の上におもちゃテントを張って、折りたたみ式のイスと、カバンと、本を数冊と、ランプをもちこんで籠る。そうするとトイレとタバコと食事の時以外は何日も外に出ない、外界との関係も断ち切ってしまう、全く物狂いの体だ。

 太郎は渋谷に行った。金曜日の渋谷は金曜日の渋谷である、人がいて若者が多い、ネオンがぎらぎらと輝いていて、大通りを仮装してマリオカートに乗った集団が走り抜ける。そのとき109の前で太郎を見た人がいたが、別人のようにげっそり痩せて口は半ば開いて下の歯が覗いており、目だけが爛爛と輝いていた。そしてそのまま足取りだけはしっかりと道玄坂を大股で登って百軒店に消えた。映画館、ライブハウス、クラブ、ラブホテル、ピンサロ、そしておしゃれな小料理屋が多い界隈である。

 太郎はストリップ劇場にいた。学生料金で入ると左手奥に下へ降りる階段があり、どん詰まりが扉である。スモッグに煙る地下のステージではやかましい音楽と証明、安っぽい衣装のスパンコールが輝く、客は身じろぎせず舞台上の女の乳房と股間を注視している。女は踊る。焦らしながら帯を取り打ち掛けを取り、だんだん裸になってゆく。しかし太郎は女が衣装を捨てる瞬間は乳房や股間にちらりと目をやるが、その他は目の前を横切る手や足、そして女の姿態と表情をじっと観察していた。客はくたびれただらしない風体のものが多いから、やつれた太郎のまっすぐ人を見る鋭い眼差しと、学生風の良い身なりは目立った。実際ステージに姿を現した後、一瞬場にそぐわない太郎を発見するやちらりと一瞥し、客一人一人の前で大股開きをする時に、口元は笑っているのだが、太郎には目だけ表情を消して、不思議なものを見るようにじっと見つめるのだ。

 さもありなん、と太郎は思った。まだ自分を客観視できた。女を観察することにした。一人目、網タイツを着ており「アメリカンバック」を数回した。二人目、筋肉質、飛び上がって天井の鉄骨にぶら下がったり腰を持ち上げて「スーパーエル」を十秒近くしたりした、顔を作ると若く見えるが、体に比べて顔はおそろしく、くたびれている。三人目、大正風の衣装を着ている、肌が荒れて全身に赤くにきび跡がある、肩に正方形の予防接種の痕、自分と同じぐらいの年齢か、膝に絆創膏、内股に火傷の痕、陰唇が大きい、獅子鼻、足の裏に大きく小判形に皮が厚くなっているところがある、昔剣道をやっていたのだろう。四人目、元禄風の衣装、帯に枝垂れ桜の造花を挿して品を作る、四人の中で一番背が高く、毛が多い、足を開くと穴が開いて赤黒い肉が見える、江戸っ子的な風貌、化粧のせいか、等々。

 八つの乳房と四つの性器に食傷気味になって、太郎は外に出て考える。

 加藤と別れてからの近藤の動向を詳しくは知らぬが、ふと見た時は白いシャツに細身のスーツを着ていて、長い髪を黒々して後ろに束ねていた。余分なものを脱ぎ捨てたように美しく痩せて、大人になった印象がある。過去3年の傷ついた少女の面影はなくなった。過去を克服して良い経験を積んだのだと思う。師匠が画家として大成するかどうかはわからないし、彼に財政的な基盤があるのかわからないが、それは愛とは関係ないし、どっちにしても近藤はこれから社会で責任ある地位に登るだろう。

 太郎は相変わらず「ライオン」で音楽を聴いている。机の上にはレモンティーと法学書、専門家としていつか彼女の人生と関わる機会があればいいと思う。近藤とライオンで待ち合わせをして、彼女がわたしの横にすっと座った時、二人で吹き抜けの縁に並んで立ち古ぼけ傾いて燦然と輝くシャンデリアと巨大なスピーカーを眺めた時の事をありありと思い出す。雪の降りそうな天気の年の瀬だったと思う。そのあと東急と道を挟んだバーでカクテルとジンを飲んで、工藤を待ってから桜坂でワインを飲みピザを食べたのだった。「ライオン」の空気に感じてあっとため息をついた、工藤に「白痴になりなさい」と言った、別れる時「どうもごちそうさまでした」と言った以外は黙りこくっていたような気がする、いや、工藤が来る前にバーで飲んだ時はおしゃべりだったが、少なくとも何を話したのか記憶がない。武藤教授の事だったか、その昼に私が傍聴した裁判の事だったか。工藤がもたもたしているのを外で待つ時、太郎をしっかり抱きしめていたその柔らかい身体とちいさな手と丸い頭を覚えている、どんな表情をしていたのかわからなかった。深夜の渋谷は相変わらず人が多くて太郎は相変わらず薄着だった。

 さっき見たピンサロの裏口から出てくる少女の眉間の険しさ、若々しい頰が印象に残っている。出入り口脇ではポン引きの老人が座ってタバコを吸いながら競馬新聞を読んでいる。世の初めからどこにでもある無感動な光景。

 懺悔をしたいが、彼女は身勝手な告白に聞く耳を持たないだろうと思う。太郎は怒りに任せて彼女にあまりにひどい仕打ちをしたからだ。そしてその前からも彼女の心を踏みにじっていた。そしていま太郎は相変わらず孤独である。


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