幸せになる為に
水瀬華23歳。
両親は私が小学校三年の時、交通事故死した。二人とも呆気なく……。
会社経営をしていた父。それを秘書として支える母。
車での出張の帰り、高速道路を走行中、後ろから追い越しして来た車を避ける為車線変更をした時、左車線を後ろから凄いスピードで走行して来た車に追突された。
即死だったらしい。
相手の車の人は無事だったみたいだけど、二ヶ月間入院したと親戚のおばさんから聞いた。
休みの日なら私も付いて行ったかも知れない。けれど学校があるから私はお手伝いさんと留守番をしていた。
「付いて行かなくて良かったわね」
両親の葬儀の時誰かが言っていたのを覚えてる。
私は一人っ子だ。父には兄弟がいたし、母にも兄妹がいたらしいが、父が社会的に成功したのをやっかんだのか疎遠になっていた。
なので私は祖父の弟の息子、と言う遠縁の家に引き取られる事になった。
祖父母はとっくに他界していたが、父方の親戚に引き取られた。
母方の祖父母とは縁も切っていたらしい……。
『今日からお世話になります……』
短い挨拶を済ませ、親戚とはいえ全く知らない人の家にお世話になる事になった。
後見人になったおじさんは、私の祖父にお世話になったから恩返しがしたいと言ってくれた。
事故の保険金やら会社の事、遺族年金までも弁護士と相談しながら色々やってくれた。
『自分の家だと思って遠慮しないで』
優しく微笑むおじさんに心から感謝した。
でもおじさんの奥さんはいい顔をしなかった。
私は自分の事はできるだけ自分でやった。夕飯の支度や家事も手伝った。
おじさんの家には私より三つ上の女の子と、四つ上の男の子が居たが、あまり話す事もなく無関心をつらぬかれた。
『子供が増えると面倒事も増えるわ。 施設にでも行けば良かったのに……』
おばさんの口癖。
おじさんの居ない時に良く言っていたな。
小学校を卒業し、中学生になった時もおばさんの態度は相変わらず。おじさん以外の人とは上手くいかず、私は諦めた。
別に望まれて来た訳ではないのは分かっていたけれど、疎まれるのもツライ。
だから益々家事を手伝った。出来る事を率先してやった。
当然の様に私をこき使うおばさんや、子供達にため息を吐いたけれど、お世話になってる身なんだ。
『今日の夕飯はカレーが良いって言ったじゃない! 何で肉じゃがなの⁈』
ヒステリー気味に話すこの家の娘は勉強もせず、家の手伝いもせず遊び回っている。
『すいません……』
一言詫びてキッチンへ下がった私にまだ食いついてくる。
本当に年上とは思えない我儘さだ。
『使えない子ね』
必ずおばさんは私にそう言う。使えないのはどっちだ。
心の中でそう呟くが口には勿論できない。
お兄さんの方は黙って肉じゃがを食べる。食べられるなら何でもいいそうだ。
そうしてこの家で何とか生活をして、高校卒業間近になったある日、おばさんが私を近くのファミレスに呼び出した。
何かしただろうか……?一気に不安になった私をよそに、静かに話し始めた内容に、頭が真っ白になった。
『落ち着いて聞いてね。貴女が受け取る筈の保険金の殆どと、会社を売却した際のお金、遺族年金はおじさんが使っていたの。勿論貴女に渡す分は残してあるわ。それでも殆どおじさんが会社の資金として使ってしまった。貴女が成人した時渡す分は相当少なくなってる。ごめんなさいね……。どうしてもあの人を止められなかったの。それでもこれ以上少なくなる前に、貴女に渡しておきたいと思うの。勿論弁護士と相談して、当分その弁護士が預かる事になるけれど、私達の家を出て働くまでしっかり管理してもらう。けれどこれ以上貴女が家にいたら……。分かるわよね? おじさんに言い包められてしまうわ。だから直ぐにでも家を出た方がいいと思うの』
突然の告白に固まってしまった。
おばさんは何を言っているのだろうか……?
けれど差し出された数冊の通帳を見て更に頭が真っ白になった。
『最初の振り込みと金額が違う……』
私名義の通帳の管理はおじさんが行なっている。
そう言えば引き取られて暫くしておじさんは会社を起業したと言っていた。
『私はどうすれば……』
力なく通帳を見つめる私に、『貴女の母方の妹さんが貴女を引き取りたいって言ってるの。何年も前から。それを内緒にして、おじさんは断り続けていた。だから私は連絡を取ったわ。でも何となく信用できなくて、後見人は弁護士にします。と言ったら納得してたから、安心できると思うの……。今まで貴女に辛くあたってきて、私の話を信用できないかも知れないけど信じてちょうだい。辛くあたらないとおじさんが色々言ってきて……。取り敢えずその方の連絡先を渡すわ。一度連絡してみて。できれば早く。通帳はまた預かっておくけれど、また使いかねないから……。貴女ももう直ぐ高校を卒業するけれど、できればその前に出た方がいい。横領された分は訴えても構わないから。おじさんは誤魔化すつもりで策も練っていたし、中々難しいとは思うけれど……』
淡々と話すおばさんの言葉は頭に入ってこなかった。何を言われてるのか……。
それでも私は行動に出た。母の妹さんに連絡を取り、お世話になりたいと申し出て。
あっと言う間に母の妹さんに引き取られた。
勿論おじさんは反対したけれど、私は無視決め込んだ。
育てて貰った恩を仇で返す様で心が痛んだけれど、通帳を誤魔化そうとしたおじさんの行為が何となく悲しくて。
それから卒業まで母の妹さんの家でお世話になり、就職が決まり、暫くして私は一人暮らしをした。
19歳の誕生日を過ぎた春の日に。