裏38-1 奇蹟の再来の実力(ジッパート視点)
ヒラ研究員の視点によるマリーです。
時系列的には、マリーが研究所に入った直後のスタートになります。
僕がこの王立研究所に入って、9年目になる。
この研究所は、出自を問わず、成績と能力だけで純粋に評価してくれるところだ…と、ついこの前までは信じていた。
僕はジッパート・カーラー。王都の西にあるバラード伯爵領出身だ。
僕の父は、そこで岩塩を採っている。
僕は、小さな頃からあまり体の強い方じゃなかったけど、その分勉強ができたから、役人になることを目指して頑張ってきた。
役人になるには、王都にある王立学院に入らなくちゃならないんだけど、そこに入るのはとっても大変だと言われてる。まあ、僕はあっさり合格したけどね。
学院に入った僕は、登用試験を受けるために必要な講義を調べた。
僕の目標は、領主様のところで役人になることだったけど、役人になるために必要な知識とかは、王城に入るのと同じだから。
いや、正直、ここで知り合った人達を見れば、僕は王城にだって入れそうだと思ったんだ。
ついでに、植物学ってのも取ってみた。
実は、領主様の妹君が植物学で優秀な成績を取ったっていうのは、郷里では割と有名な話だった。特に優秀だったのが植物学で、農業の盛んな領主様のところに嫁いだから、嫁ぎ先では大事にされてるそうだ。
実際、学院に入ってみると、妹君は、不世出の才媛とかって呼ばれて、すごく有名な人だった。
僕は、郷里にいた頃から植物学に興味はあったんだけど、あいにくあそこはあまり農業に向く土地じゃなかったから、植物学なんてものに触れる機会はなかったんだ。
初めて触れる植物学は、とても面白かった。
僕は、寝る間も惜しんで勉強して、不世出の才媛と同じように飛び級することができた。
本科に進んだ僕は、そこでもかなりいい成績を取って、翌年には研究科に進めた。
研究テーマは、土壌の改良。
連作障害といって、小麦とか一部の作物は、同じ土地で作り続けていると病気になったり発育が悪くなったりする。
それを防ぐには、1年おきに別のものを植えるというのが一般的だ。
連作障害の原因は、土の中の養分が偏って使われることだとされている。
ということは、収穫後、何らかの方法で養分を回復してやれば、毎年作付けできるってことだ。
僕は、肥料による養分回復を研究していた。
飛び級したこともあって、学院卒業時、是非研究所にと声が掛かったので、僕は求めに応じて研究所に入ることにした。
故郷に錦は飾れないけど、請われて王城に上がるなんてそうそうあることじゃない。
僕が優秀だからこそ、研究所に呼ばれたんだ。
請われて入っただけあって、待遇は良かった。
研究所では、研究員として入所すると、最初は自分の研究をさせてもらえない。
助手というか、作業員というか、まずは先輩研究員の手伝いをやらされるんだ。
だけど、僕は飛び級したから、最初から自分の研究室を与えられた。
さすがにまだ実績がないから小さいけど、栽培用の畑も付いている。
これで実績を挙げると、徐々に畑が大きくなったり、予算を多く貰えたりするんだそうだ。
今、研究所で大きな成果を上げたことのある人は2人だけ。
前はもう1人いたけど、年を取って引退したそうだ。
僕はここで成果を上げて、上に行くんだ。…と意気込んでたんだけど。
入所して8年、僕の研究は遅々として進まなかった。
1年掛けて回復させる肥料は作れる。でも、それなら別の作物を植えた方が合理的だ。
僕は、降格させられた。
研究室を、畑を取り上げられ、他人の助手として使われる立場になってしまった。
僕をこき使うことになるのは、首席研究員と次席研究員の2人。
それも、僕に直接話しかけてくることさえない。
僕にあれこれ命じてくるのは、ヒールズという秘書だ。
貴族の出身らしいけど、そういう意味で偉ぶったりはしないし、僕の印象としては悪くない。
首席研究員だの次席研究員だのって役職は今までなかったもので、今年初めて聞いた。
僕の今の肩書きは、「首席研究員付き研究作業員」ということになっている。
その首席というのは、学院で伝説の不世出の才媛のことだ。
嫁ぎ先の領地にいるままで、十種類以上の新種の作物を生み出してきた、規格外の天才。僕を顎で使う資格は十分にある。
だけど、次席は…。
植物学で二段飛び級したという話は聞いてるし、「奇蹟の再来」とか呼ばれてるそうで、4年で学院を卒業するっていうんだから、そりゃ頭はいいんだろうけど、所長の娘だそうで。
親の七光りに違いない。
去年実証実験していた新種完成をしたって鳴り物入りで、次期所長として研究所にやってきた。
次の所長になるのは、そりゃあ、所長の娘なんだから当たり前だろうけど、研究所は実力主義じゃなかったのか!?
首席の成果を横取りするなんて、最低だ!
たった3年で新種なんて作れるわけないだろう!
僕は「首席付き」だ。次席の言うことなんか聞かないぞ。
…そう、思ってたけど。
次席付きの秘書は、人を使うのがうまい。
メインは次席付きだけど、首席の秘書も務めてるそうで、うまいこと指示を出してくる。
首席の指示です、と持ってこられれば、こちらも拒否しづらいし、実際に指示を出してるのは首席なんだろうから、適当なことを言っていいようにあしらうわけにもいかない。
指示の内容が、時々訳の分からない話になるけど、どうやらそれは、秘書が素人だかららしい。
できれば首席から直接指示を受けられると助かるんだけど。
一度、本当にそう言ってみたことがある。
秘書は、困り果てて戻っていったけど、次に来た時には、箇条書きにやるべきことをまとめた紙を持ってきた。
曰く、細かいことは理解しなくていいから、書いてあるとおりに作業せよ、だって。
思わずムッとしたけど、その後ろに、うまく説明できないが考えていることがあるので指示どおり動いてほしいと書いてあった。
口下手…というわけでもないだろうに。
箇条書きになっている指示そのものはわかりやすくて、作業そのものはスムースだった。
そして、秋。
同時進行で作業していた作物のうち、小麦が完成した。
連作障害を起こしにくい性質で、どこでも育ちやすいとか…。
さすがに毎年作付けできるほどではないと言いながら、少なくとも2年連続くらいなら大丈夫らしい。
さすが不世出の才媛、僕と同じようなことを考えて、違うやり方で解決させている。
例の秘書にそんなことを言ったら、
「あら、今回、指示は全て次席からですよ」
と不思議な顔をされた。
だって首席の指示だって言ってただろうと詰れば、
「首席は次席の指導をなさっておいでですから。
次席の指示は首席が確認した上で出されています。
あの、もしかして、ご存じありませんでした? 次席は首席のお孫様なんです。
幼い頃からご指導を受けられていたようですよ。
全部おひとりでやられたのは、昨年のとうもろこしが初めてだったそうです」
衝撃だった。
去年実証実験をやっていたあれが、次席1人の研究?
あの実証実験の作業に当たっていた連中が上がってきたせいで、僕は研究作業員に降格されたんだ。
「もしかして、次席が所長の養女でらっしゃることもご存じありませんでした? 研究所内では有名なお話ですけれど」
当たり前のように語られる話に、僕は驚愕した。
才能を評価されて、公爵家に養女に入ったなんて。
後で周囲に聞いたら、その話を知らなかったのは僕くらいだったらしい。
秘書は、知らない者はいないと思っていたそうで、僕が知らなかったことにひどく驚いていた。
基礎研究が終わったことで、関係者だった僕は、研究作業員から研究員に戻れることになった。
この研究所は、成績と能力だけで純粋に評価される。
僕が評価されるには、結果を出さなきゃいけない。