38 非公式の謁見
秋になり、小麦の基礎研究が完成を見ました。
私が学院に入る前からおばあちゃまが研究していたものですから、8年がかりの研究ということになります。
来年は、実証実験が行われますが、今年関わったスタッフは一切関われないので、私達の手を離れたと言えるでしょう。
これで、来年は綿花と紅花の研究にシフトすることになります。
紅花と言えば、アーシアン殿下の研究は今年も芳しくなかったと聞きました。
綿花にせよ紅花にせよ、織機の改良とうまく噛み合えば、効果は爆発的に高まるでしょう。
となれば、殿下と競合することになるとしても、私自身も研究を進めるべきです。
どうせあと1年経てば殿下は研究所にやってくるのですから、そうしたらお互いの研究資料を交換するのもいいでしょう。
別の観点から研究を進める意義は大きいはずです。
私は本来、油を取るために紅花を研究するようになったわけではありますが、お義父様も、本音では私が染料として研究することを期待していたのでしょうから、喜んでくれるでしょう。
お義父様の思うつぼというのは少し面白くありませんが、民の笑顔のためです。ここは、安くて質のいい織物の完成を目指しましょう。
とりあえずは、今年の紅花の交配で得られた種を蒔くとともに、別の組み合わせを検討しましょうか。
織機の改良版の試作ができたと、お義父様から呼ばれました。
おばあちゃまは、このところ、例年どおり体調が思わしくないので、屋敷に籠もっています。
どのみち織機については、おばあちゃまは関わっていないのですが、できればおばあちゃまにも傍にいてほしかったです。
試作機の性能はまずまずでした。
冬が来るまでにもう少し改良を加えて、冬の間にテストしてもらう予定です。
テストに協力してもらうのは、この織機の基になったものを普段から使っていた方です。
パスールさんが交渉して、それなりの報酬を与える約束で王都に来てもらうことになっています。
改良作業が行われていることの口止め料も合わせて、通常冬の間に稼げる金額の3倍以上になるようにしているそうです。
冬の間、王都で過ごすことになりますが、家族も連れてきていいことにしているので、家族総出で出稼ぎ、というように周りには説明しているとか。
そう大きくはありませんが、王都で過ごすための家も用意し、その間の生活費も支給されるとあって、喜んで協力してくれるとのこと。
私も、冬の間は大したことはできませんから、使い勝手などの感想を聞きながら、更に改良を加えていきたいと思います。
そんなある日、陛下から内々にお召しを受けました。
正式な謁見ではなく、個人的に私の話を聞いてみたいと仰っているそうです。
断れるような話のわけもなく、私は陛下をお訪ねすることになってしまいました。
お義父様がご一緒してくれるのは、とてもありがたいです。
通された部屋で、ソファに座ってドキドキしながら待っていると、おいでになった陛下は、開口一番
「ガーベラスに聞いていると思うが、俺は堅苦しい話は嫌いでな。
単刀直入に聞くから、それに答えてもらいたい」
と仰いました。
たしかに、お義父様からは、もったいぶった話がお嫌いで、端的な話をなさるのがお好きとは聞いていましたが、なんというか、これからの研究の予定だとか、何のために研究するのかとか、答えにくいというか、説明の難しいことを端的に話せと言われても困ります。
専門的な話にならないよう気をつけたつもりですけれど、果たしてご理解いただけたのでしょうか。
そして、対談が終わる前、陛下から
「ガーベラスにも、亡き夫人にも言ってあったことだがな、お前には婿を自由に選ぶことを許すことにした。
とはいえ、俺もいつまでも生きていられるわけではないのでな。
予めこれを渡しておく」
そう仰って見せられたのは、私の婚姻に口を挟むことなかれという勅許状でした。
ちゃんと蝋印も押してあります。
陛下は、それを封筒に入れて封蝋なさると、お渡しになりました。
「奇蹟の再来の力、期待している。
不世出の才媛の跡を継げるのは、お前だけだろう。
よろしく頼む」
こういうものを渡されたということは、私の結婚に口を出したい方が相当数いる、ということなのですね。
まあ、口を出すも何も、私はまだ16歳ですし、結婚を考えなければならない年齢ではありません。
ともかく、当面は織機の改良に勤しむとしましょう。
高位貴族の娘なら、16で婚約者がいないのはむしろ珍しいのですが、マリーはそんなことおかまいなしです。
まあ、母のドロシーも20歳過ぎてから結婚していますので、気にしない土壌はあるのですが。