37 ちょっとした興味
夏になりました。
あれからパスールさんとは、二度お会いしています。
どうやらお義父様が会うように仕向けているようですが、その理由まではわかりません。
パスールさんは、昔とは随分雰囲気が変わっていて、話していても苦にならなくなりました。
少し気安くなってきたので、何気なく、いつも何の用事で出張しているか尋ねてみたところ、織物のことを調べているのだそうです。
この研究所で織物のことを調べるというのは、違和感があるのですが…もしかして。
「染料の関係なのですか?」
「いや、何のためというところは聞かされていないんですよ。
ただ、研究所のために必要なことだからと言われているだけでしてね。
私は、どのみち、ここにいても遠巻きにされるだけですから、外回りの仕事を請け負っただけです」
パスールさんは、王国各地の織物の産地を訪ねて、地方ごとの織り方の特徴や、織機の仕組みなどを調べているそうです。
場合によっては、その地方の領主のところで許可を得なければならないこともあるそうなので、公爵家子息という身分も利用しているのだとか。
お義父様がパスールさんに任せたのは、きっとそういう面も考慮してのことなのでしょう。
ところで、それは私に話していいことなのですか?
誰も知らなかったようですし、秘密裡に動いていたのではなかったのでしょうか。
そう聞いてみると、
「ええ、一般の職員には秘密なんですがね、あなたには話して構わないと、所長からは言われているんですよ。
そこのアイーダにもね。
まあ、あなたは次期所長なわけだし、隠す必要はないのでしょう。
秘書なら、口が堅いことでしょうし」
だそうです。
パスールさんはにこやかに言っていますが、目が笑っていません。
アイーダは、よくわかっていないようで微笑んでいますが、あれはあれで幸せなのかもしれません。
パスールさんは、各地の有名な織物のサンプルも集めているそうで、見せてくれました。
ほとんどが単色で無地ですが、中には綺麗な模様入りのものもあります。
これは、織り方で模様を入れているのでしょうか。
「これは、縦糸と横糸の絡め方で模様にしているのですか?」
聞いたところ、織り方に工夫がされているのだそうです。
「ただ、こういった複雑な図案は、どうしても手作業になるので、手間暇が掛かって高級品になってしまうんですよ。
他の地方には織機もありますが、こういった図案に合わせて織れるようなものではありませんし。
まあ、織機でこんな図案が織れるくらいなら、とっくにやってるはずですからね」
パスールさんはそう言って笑いましたが、つまり、織機でこんな図案を織れるようになったら、高級な生地が普及するということでしょうか。
パスールさんが帰った後、私は所長室を訪ねました。
アイーダには、室外で待ってもらい、サンプルと織機の構造図を見せてもらいました。
確かにこの構造では複雑な作業はできませんね。縦糸に横糸を通していくだけですもの。
でも、もう少し手を入れたら、できるような気がします。
織機が改良できて、殿下の紅花が完成したら…なんだか面白そうですね。
私は、お義父様にお願いして、織機の構造図と布のサンプルを借りることにしました。
荷物になるので、屋敷の方に後で運んでくださるそうです。
その後、私は、織機の改良のための方策をノートに書き始めました。
ふとした思い付きで、マリーが新しいことに手を出しました。
それこそがマリーの本質です。




