裏36 公爵子息(アイーダ視点)
ローズマリー様の秘書に任じられて1か月が経ちました。
ローズマリー様は、物腰が柔らかく、指示も明快で、とても仕事のしやすい方です。
指示が専門的すぎて理解するのにやや難儀しますが、なにしろ私が理解していなければ他者に指示などできませんから、根気強く説明してくださいます。
頭のいい方の常で、説明が要領を得ないのですが、それでもなんとか伝えようとしてくださっているのがわかるので、気にはなりません。
むしろ、他の研究員の方々に比べると、遙かに歩み寄ってくださっています。
他の方々は、「理解できないのはお前の頭が悪いからだ」という姿勢でおられる方が多く、意思の疎通に大変苦労します。
歩み寄ろうとしてくださるローズマリー様は、本当にできたお方です。
徐々にではありますが、仰ることが理解できるようにもなってきましたので、仕事もスムーズに回り始めました。
そんなある日、ローズマリー様にお客様がおいでになりました。
スケルス公爵子息です。
ローズマリー様に面会するには、所長の許可が必要ですから、珍しいことと言えます。
所長から、公爵子息がいらっしゃる旨の連絡を受けた時は驚きましたが、考えてみればローズマリー様も同じく公爵令嬢でいらっっしゃるのですから、そうおかしなことでもありません。
年齢差からいっても、お2人は学院で会っていておかしくないわけですし、久しぶりのご挨拶というところでしょうか。
公爵子息は、入所3年目になりますが、この春から部署が変わって、どこかに出張されておられることが多いと伺いました。
私自身は、二、三度言葉を交わしたことがあるという程度ですが、高位貴族の跡継ぎとは思えないほど柔和な方で、私のような低位の者にも優しく言葉を掛けてくださいました。
それでいて、ギラギラとした下心など全く持っていらっしゃいません。
ローズマリー様に会われたパスール様は、それは紳士な対応でした。
やはりお2人は学院時代に面識がおありでしたようで、会話も弾んでおられます。
もしかして、お2人は恋仲なのでしょうか。
でも、だとしたら、お2人に待つのは茨の道。
公爵家唯一の跡取り同士であるお2人にとって、添い遂げることは難しすぎます。
それとも、愛し合うお2人にとっては、障害など取るに足らないものなのでしょうか。
公爵子息が下がられてから、ローズマリー様に伺ったところでは、恋愛感情はお持ちでないとのことでしたが、お立場がお立場だけに、素直にお認めになられるようなことでもないでしょう。
少なくとも、お2人がお会いなさることを所長がお許しになったという一事をもって、お2人の間に何かがあることは間違いありません。
私如きが何かしてさしあげられるものではありませんが、せめて見守らせていただきましょう。
マリーとパスールの再会は、何も知らないアイーダからすると、なんとなく親しそうなのに妙に距離を感じるという微妙な雰囲気です。
その奥歯に物が挟まったような感じが、禁断の恋に溺れているかのようにも見えたのですね。
今のところはアイーダの勘違いです。