裏35 次席研究員付秘書(アイーダ視点)
私アイーダ・ヒールズがこの王立研究所に配属されて、もう4年になります。
私は官僚貴族であるヒールズ男爵家の次女として生まれました。
兄と姉がいますが、兄は登用試験に落ちましたので、我が家はいずれ爵位を失うことが決定しています。
兄は、市井でどこかの商店に勤めていますが、落ちこぼれた貴族の嫡男など扱いにくいことこの上なく、かなり苦労しているようです。
もちろん、同情の余地などありません。
兄がもう少し頑張っていれば、我が家は次代も貴族でいられたのですから。
兄より1つ下の姉は、兄の失敗を受けて、自ら官吏となり貴族に嫁ごうとしましたが、同じく登用試験の壁に阻まれました。
私が登用試験に合格できたのは、2人の失敗を見てがむしゃらに勉強したからです。
努力の甲斐あって、私は花形部署である王立研究所に配属されました。
王立研究所には、30人くらいの研究員と、20人ほどの事務官吏、50人ほどの作業員がおります。
既に研究所が設立されてから30年が経っており、設立当時からおられる方はほとんどありません。
研究員の方々には、緩やかな序列があり、与えられる研究費や実験用の畑の場所や面積、作業員の人数などに若干の差があります。
2年前に退官なさったトリーナ・キサト様は、研究所で初めて自力で新種の作物を作られた方で、研究費も作業員も、他の方とは段違いに多く与えられ、「筆頭研究員」と呼ばれておいででした。
そのキサト様でさえ、30年近くいらしてたったの1種しか作れませんでした。
いえ、「たった」などと言ってはいけませんね。
1種でも作ったことがおありの方は、全部で3名。30年間、約40人の研究員の中から、3名しかおられないのです。
これまで存在しなかったものを人の手で作り上げるという作業は、それほどに難しいのです。
研究員の中でも序列が下の方は、実証実験に従事し、ご自分の研究はできません。
鍋の中の湯が動くように、少しずつ上下を繰り返しながら自分の研究ができるようになるまで過ごします。
私は、庶務と呼ばれる、雑多な事務を扱う部署に配属されました。
経理と研究員の間を取り持つなどの調整役として下積みをしてきたのです。
特段成績の良くない私にとって、研究所にいられるだけで十分でした。
下積みを経て、それなりに評価もされるようになった私は、遂に出世の糸口を手に入れました。
この春、鳴り物入りで研究所に入所していらしたローズマリー・ゼフィラス次席研究員の秘書に抜擢されたのです。
ローズマリー次席研究員は、所長の姪に当たられますが、昨年、養女に入られたので、今は公爵令嬢という立場になっておられます。
この方の凄いところは、家柄、血筋だけでなく、その才能もずば抜けているということです。
学院で、史上2人目となる二段飛び級を果たしたこともそうですが、何よりも、既に新種の作物を完成させているのです。
この研究所におられる研究員の方々は、いずれも俊英と名高い方ばかりですのに、それでも新種を作られたのは3人だけです。
それなのに、次席は、院生のうちに新種の基礎研究を完成させたのです。
たったの3年で、です。
昨年の実証実験で、研究の完成が確認されました。
名実共に研究所の未来を背負って立つお方と言えるでしょう。
そもそも、この「次席研究員」という役職は、今年、ローズマリー様のために作られたものです。
そして、同じく新設された役職が「首席研究員」で、こちらはセルローズ・ジェラード様が就いておられます。
このジェラード首席こそ、これまで唯一、複数の新種を完成させた、正に天才の中の天才、生きた奇蹟です。
首席は、次席の祖母に当たられ、次席を教え導いた方だとか。
学院にいらした頃は「不世出の才媛」と呼ばれ、初めて二段飛び級した方として、学院で語り継がれています。
この方こそが、この研究所の大黒柱です。
何か事情がおありになるようで、永らく領地で研究なさっておいででしたが、昨年ローズマリー様を指導なさるため、王都に出てこられました。
私は、これから、首席と次席の下で、各部署の調整役として働くのです。
「不世出の才媛」と「奇蹟の再来」、王国きっての天才であるお2人を支える重大な仕事です。
既に20歳を過ぎ、嫁ぐ相手もない私にとって、これ以上素晴らしい生き方はありません。
全力で勤め上げてみせます。
というわけで、マリーに心酔する秘書アイーダでした。
今後は、ちょくちょくアイーダ視点が入ると思います。




