裏33-6 それぞれの半年(ダイハン視点)
ゼフィラス前公爵夫人の急死。新年早々もたらされたその知らせは、私に大きな衝撃を与えた。
もちろん、公爵家との取引は公爵夫人にお買い上げいただく茶器などによるものだから、前公爵夫人がおられなくても続くだろう。だが、ドリスト商会が贔屓にしていただけるのは、私が大奥様に認められているからという点が大きいはずだ。
言ってみれば、私は大きな後ろ盾を失ったことになる。
大奥様と奥様との繋がりがどのくらいなのかははっきりとしないが、公爵家立ち上げの初代公爵夫人と、官僚子爵家から嫁いだ公爵夫人の力関係など、考えるまでもなくわかることだ。
…いや。いかに急だったとはいえ、暗殺や事故死ではないのだ。私が有用だと思われているのならば、必ず何らかの形でお声が掛かるはずだ。それなりの立場でありながら、表向きは特に力を持っていない方から。
私は、暫く様子を見ることにした。
それから4月に入っても、未だにお声は掛からない。
月に一度は奥様を訪ねているにもかかわらずだ。
さすがにおかしいと思い始めた。
考えてみると、昨年末に、公爵家の後継者が急に変わるという珍しいことが起きた。
公爵御夫妻に御子がないわけでもないのに、公爵の姉君の、それも娘を養女に迎え、後継者にしたのだ。
これが、息子を養子に迎えたというなら、まだわかる。
婿を迎えるよりも自然だし、何より姉君の御子なら、血筋的にも問題ない。なんなら、ご令嬢と結婚させる手もあるだろう。
だが、養女に迎えるというのは…。
血筋、か? ジェラード侯爵はバラード伯爵令嬢を妻に迎え、その嫡男の妻にゼフィラス公爵令嬢を迎えた。
ジェラード侯爵家もバラード伯爵家も、由緒正しい領地貴族だ。
一方、奥様は、官僚貴族であるバトゥーブ子爵家出身。奥様ご自身は、温厚で人当たりの良い人物だが、やはり出自の低さを指摘する声も多い。
そう考えると、ジェラード侯爵令嬢の方がゼフィラス公爵令嬢より、総合的には血筋がいいとも言える。しかし、それだけで後継者をすげ替えるものだろうか。
これは、噂に聞こえるお家騒動は本当なのではないかという気がしてくる。
一応、ムースからの情報では、特に問題のある話ではなかったはずなのだが…。
そんなある日、いつものように奥様のところに顔を出した後辞去しようとしたところ、侍女に呼び止められた。いつも大奥様に取り次いでくれる侍女だ。これは、もしかすると。
通されたいつもの部屋には、見たことのない男が2人。…直接見たことはないが、片方は恐らく公爵ご本人だ。ということは、大奥様のことを教えていただけるということか。
「ドリスト商会会頭、ダイハン・ドリストで間違いないな」
公爵らしき方が口を開く。
「…はい」
一瞬、返事をする必要はないのではないかと思ったが、黙ったままではまずい雰囲気になってきたので、返事をする。
「これまで母の元に注進、ご苦労だった。
残念ながら、先日母は急逝したが、その方には今後も変わらぬ働きを期待している。
今後は、ここにいるカダチに伝えるように」
使用人の1人…というわけではなさそうだ。どうやら、そういう方面を扱う使用人もお持ちということか。とりあえず、望んでいた展開になったということだ。
「今後も、ネイクミット・ティーバに教えを請いたいという者がいれば、昨年同様、報告するように。
当面、こちらからの要望は特にはない。
では、今後も期待している」
公爵は、必要なことだけ告げると、退室された。
やはり親子だ。漂う威圧感は同種のものだ。
実際に私の応対をするのは、残ったこちらの方というわけか。
「ダイハン・ドリストでございます。
今後ともよしなにお願いいたします」
挨拶すると、カダチ様は、
「ええ、よろしくお願いします。
なに、私は使用人に過ぎませんから、大奥様や旦那様に対するような畏まった受け答えは必要ありませんよ。
まあ、今日は顔合わせということで、今後よろしくお願いします」
にこやかだが、食えない男のようだ。
まあ、別にこの男を出し抜く必要などないわけだが。
こうして、私は、公爵家とのお付き合いを続けられることになった。
裏33話シリーズもこれで終了です。
次回34話は、通常どおり9月13日(水)午前零時に更新します。