裏33-5 それぞれの半年(トゥーリー視点)
今回は、ネイクを実家に送っていってくれたトゥーリー・オークール視点です。
登用試験に向けた勉強会も4年目に入りました。
アイン・ヒートルース子爵家ご子息を主催者とする勉強会のメンバーは、ヒートルース様とネイクミットさんを入れて、全部で25人。うち女性が8名。
官僚貴族の子女と平民で構成されており、私のような領地貴族の娘は、他におりません。
形式としては、週に一度、学院の自習室に集まって、ネイクミットさんによる講義や解説などを聞くというものです。
ただ、勉強会のメンバーにも、ランクといいますか、頭のデキの差というものがあるので、同じ説明を受けても、わかる方わからない方に分かれてしまうのです。
そうすると、ネイクミットさんは、わからなかった方への個別指導にシフトしてしまうので、その後は、他のメンバーは互いに教え合いながら、文字どおり自習することになります。
この勉強会でのルールの1つは、ネイクミットさんに敬意を払い、その立場とお考えを尊重すること。
ネイクミットさんは平民ではありますが、私達勉強会のメンバーは、皆、登用試験に受からなければ立場を失う者ばかり。
いえ、私達女性は、貴族家に嫁ぐという道もありますが、それは基本、親の命じたところに嫁ぐということに他なりません。
それはつまり、自分の望まぬところにも嫁がねばならないということ。私は、それが嫌で登用試験を受けるのです。
受かりさえすれば、家の庇護から外れても生きていける。家の呪縛から逃れられるのです。
この勉強会、元々は、平民の娘達がローズマリー様に教えを請うたのが始まりでした。侯爵家令嬢に、自分のために時間を使ってほしいと願うなど、なんという不敬。相手によっては、それだけで機嫌を損ねて何をされるかわからないというのに。
まったく、ものを知らないというのは、時として恐ろしいものです。
彼女たちは、同じ平民であるネイクミットさんがローズマリー様の教えを受けていたから、自分も大丈夫だと思ったのでしょう。目をかけている者とそうでない者の差など考えたこともないのでしょうね。
けれど、数を頼んで1人では言えないことを言うというのは、時に有効な手段でもあります。私は、彼女たちの後押しをする形で、私自身も加えていただくことに成功しました。そこまではよかったのですが、私もまた何もわかっていなかったのだと思い知らされることとなりました。
二段飛び級なさる方の頭は、きっと私達とは構造が違っているのです。
その説明の何もかもが謎かけのようで、せっかくのローズマリー様のご説明を、誰1人として理解できませんでした。確かに王国語を話してらっしゃるのに、まるで違う国の言葉であるかのように理解できないのです。
いえ、たった1人理解している方がいました。それがネイクミットさんです。
彼女は、ローズマリー様の外国語のような言葉を、私達に理解できるように解説してくれました。
それで、私はようやく理解したのです。ネイクミットさんは、単に目をかけられているのではなく、その才能を認められてローズマリー様のお側に侍っているのだと。飛び級した実力は、本物なのだと。
私達は、ネイクミットさんに勉強を教わるべくお願いにあがりました。
噂を聞きつけた志を同じくする男性達も。
男性が加わったことで、女子寮での勉強会はできなくなりました。
そこで、ヒートルース様が取り仕切って学院の自習室を使うようになり、今に至る勉強会が始まったのです。
私達は、仲間にして競争相手ということになります。
私は、幸運にも領地がネイクミットさんの家のあるテヅルに近いので、長期休暇などの帰省の際には、ヒートルース様からネイクミットさんの送迎を依頼されました。
多少遠回りにはなりますが、馬車の中では彼女と2人でゆっくりとお話ができます。
効率的な勉強の仕方やコツ、ローズマリー様の説明に隠された真理など、いくら聞いても飽きることのない智恵の宝庫がそこにありました。
ヒートルース様も、かなりの切れ者のようです。
この勉強会を立ち上げる素早さは見事なものでしたし、ネイクミットさんを奪おうとする兄君に対する対処も辣腕を窺わせるものでした。
キューレル子爵家ご令嬢に婿入りすることで労せずして爵位を手にできるという餌をちらつかせてネイクミットさんを奪おうとした兄君に対し、勉強会の参加者をキューレル子爵令嬢に紹介することで味方に付け、兄君の思惑をはね除けました。
子爵令嬢は、その後、勉強会の参加者でダコークァ男爵家次男であるディワイター・ダコークァ様と婚約され、一昨年卒業されました。
再来年、ダコークァ様が卒業するのを待って婚姻されるご予定だとか。
ダコークァ様の成績ならば、登用試験も通るでしょうから、キューレル子爵家は安泰です。
また、ヒートルース様の兄君による王子殿下暗殺未遂事件でも、攫われそうなネイクミットさんを守るため、矢面に立って兄君と対峙なさいました。
ことによっては自らも命を失う危険がある中で、婚約者を守るべく奮闘されたお話は、勉強会参加者の間では大変な話題でした。
帰省の際、我が家の馬車で送るよう依頼されたことといい、ヒートルース様が情勢をよく読んで、ネイクミットさんを守ろうとされていることがよくわかります。
ネイクミットさんを送迎するという私の至福の時間は、たった2回で幕を降ろしました。
ゼフィラス公爵令嬢がネイクミットさんを気に入ってしまわれたことが原因でした。
ネイクミットさんの個別指導を受けた公爵令嬢は、算術で公爵家初となる飛び級を果たし、以後もネイクミットさんを独占する時間を持っています。
利用価値が高いと踏んで抱き込んだのかと思っていましたが、長期休暇の送迎を公爵家ですると言い出したことで、そうではないことがわかりました。
「去年はあなたが送り迎えしたそうね。
でも、今年は公爵家で馬車を出すわ。
あなたの役目を横取りするのもあまりいい気分ではないから、あなたも一緒にお乗りなさいな。
あなたの家の馬車は、ネイクの家の前まで迎えに来るといいわ」
高慢だと評判の公爵令嬢からこう言われてしまっては、私には従うしかできません。
馬車の中では、私のことなど目に入らないかのようにネイクミットさんを独占する公爵令嬢のお姿に身の置き所がなくて困りましたが、意外にも私が会話に加わることをお許しになったりと、高慢なだけではないのがわかります。
ネイクミットさんと公爵令嬢の会話でも、かなり高度なお話が飛び交い、私が口を挟めないこともあったのです。
公爵令嬢もまた、飛び級するほどの天才なのだと思い知らされました。
そして、ある日突然、公爵令嬢とジェラード侯爵家ご子息との婚約が発表されました。
それに伴い、ローズマリー様がゼフィラス公爵家に養女に入られることになったのです。
裏で何があったのか全くわかりませんが、ローズマリー様は王子殿下とは距離を置いておられるようですから、殿下との婚約間近という噂は当てにならないのではないかという気がします。
今年の新入生には、ネイクミットさんを「先生」と慕う者が何人もいるようですし、ヒートルース様とネイクミットさんの人脈は、かなり広範囲に亘っているようです。
勉強会の参加者は、私も含めて皆成績を上げてきていますから、官吏として人脈の一端を担う人が何人も出るでしょう。
私も登用試験に合格すれば、その一員となるのです。
同期として、色々と融通の利く関係となれば、何かと仕事の役にも立つでしょう。
私は、運がいいようです。
次回裏33-6話は、9月8日(金)午前零時に更新です。
その後の34話は、通常どおり9月13日(水)午前零時更新に戻ります。




