裏33-3 それぞれの半年(ネイクミット視点)
ミルティ様が公爵家跡継ぎでなくなったことで周囲の見る目は随分変わったけど、あたしとの関係には変化はない。
「あの方は、もう公爵家の跡取りじゃないんだから、無理して相手することないのよ」
あたしに忠告してくれる人は多いけど、あたしは最初から、公爵家の跡取りだからお付き合いしてたわけじゃない。
ミルティ様との勉強会は、まだ続いている。
でも、マリー様が寮を出てしまわれたことで、マリー様と私との勉強会は終わってしまった。
私も研究科に進んだこともあって、なかなか教わる時間が取りにくくなったということもある。
マリー様が寮を出たことは、それなりに噂にはなったけど、不世出の才媛の指導を受けるためという話で、みんな納得してるみたい。
以前ミルティ様から伺った、不世出の才媛と呼ばれるマリー様のお祖母様。
領地から出てこなくてもったいないと言われていたのが、この春、王都に出てこられた。
当然というか、詳しい事情を知っている人なんかミルティ様以外にいるわけもない。そして、ミルティ様が他人にそんなことを説明するわけもないから、誰も本当のことを知らない。
一応、あたしはミルティ様から事情を伺ってるけど、例によって誰にも言っちゃいけない内容だ。
ミルティ様のお祖母様、ゼフィラス前公爵夫人の遺言で、マリー様のお祖母様は、王都でマリー様と暮らしつつ、研究の指導をなさるらしい。
住んでいるお屋敷は、ジェラード侯爵邸で、マリー様はもう公爵家に入ったから、同居ではなく住み込みで指導を受けるという体裁を取るんだそうだ。
こういう、実態は変わらないのに言葉面で体裁を整えるっていう貴族のやり方は、正直言って、いまだに慣れない。
マリー様は、もうジェラード侯爵家の人じゃないのだそうで、でも、マリー様のお母様だって公爵家の出身なんだし、そんな繋がりを断ち切るようなことをしなくてもいいのにと思う。
アイン様が言うには、そういうのは建前で、実際には、生家は生家としてちゃんと大事にするのだそうだ。
ただ、貴族の世界では、一般的に、養女に入るのはより家格の高い家の子になることで、結婚相手の家格に合わせるとかの目的があることがほとんどだから、どうしても生家との繋がりを見せなくするようになるんだとか。
マリー様の場合、公爵家の跡を継ぐわけだから、そんなことを気にしなくてもいいような気がするんだけど、侯爵家からの影響を受けていると見えないように距離を置かなければならないんだそうで。
なんだか面倒な話だとは思うけど、それだけに、マリー様がお祖母様と一緒に暮らすためには名目がいるんだそうだ。
後で、こっそりミルティ様から真相を教えていただいた。
マリー様のお祖母様がマリー様の指導のために王都に出てこられたというのは本当だけど、一緒に住むことになったのは、護衛の都合らしい。
一昨年の一件で、マリー様を狙う人がいなくなったわけじゃなくて、いつかまた新手が襲ってくるかもしれないそうだ。
あの一件で、不世出の才媛の秘密も漏れてしまって、マリー様もお祖母様も、いつ狙われてもおかしくない状態になってしまったから、お二人を一緒に守る方が安心ってことになったんだとか。
だから、マリー様は、特例として寮を出ることになった。
寮を出たマリー様は、落ち着くと、あたしとミルティ様をお屋敷に招いてくださった。
マリー様のお祖母様にもご挨拶したけど、初めて見るマリー様のお祖母様は、もう50歳を過ぎていると聞いたのに、キラキラとした柔らかい光を放つ金の髪と、マリー様と同じ青い瞳の、とても穏やかな雰囲気の方だった。
病弱と聞いていたとおり、とても小柄で痩せた方だったけど、なんというか、楽しそうに目が輝いていた。
「あなたがネイクミットさん? マリーから話は聞いてるわ。領地に帰るたびに、あなたのお話を聞かせてくれるの。
とてもいいお友達なのね。これからもマリーと仲良くしてくれるかしら」
お年を感じさせない、というか、お年の割には妙に悪戯っぽい笑みを浮かべたお祖母様にそう言われ、あたしは
「は、はい、あの、私の方こそ、マリー様にはとてもお世話になっていて…」
と、しどろもどろに返すのが精一杯だった。
緊張しすぎて、何を喋ったかよく覚えていない。
変なことを言わなかったか、心配だ。
マリー様のお部屋に通されたあたしは、お茶を飲みながら、マリー様やミルティ様とお話をした。
そういえば、いつからかは忘れたけど、ミルティ様は、マリー様のお兄様のことを「オルガ」と呼ぶようになっていた。
「様」付けで呼ばないようにと言われたからだそうだけど、同じように言われたあたしは、今でも「アイン様」としか呼べない。
あたしの場合、元々の身分差があり過ぎて、「アイン様」と呼ぶことさえ夢のようだったから、「様」を外すなんて想像も付かないんだ。
楽しくお茶していると、時間があっという間に過ぎ、あたしはミルティ様と一緒に馬車で寮まで送っていただいた。
「あの屋敷の使用人ね、全部護衛みたいなものなの。
わからないでしょ?」
寮に帰ってから、ミルティ様に言われて、あたしは驚いた。
あの、お茶やお菓子を運んできてくれた人達が護衛? そんな強そうには見えなかったけど。
「ルージュみたいな、いかにもな感じの護衛じゃなくて、変なのが入り込まないようにする方のだからね。
別に、護衛の類が全部腕っ節が強いってわけじゃないの。
ああいうのがお姉様達を守ってるのよ」
その後も、月に一度くらい侯爵邸に招かれているけど、いつ見ても、そんな人達には見えなかった。
実は、あたしにもこっそり護衛が付いてるとミルティ様に聞いたけど、とても信じられない。
ミルティ様に限って、あたしをからかったなんてことはないはずだけど、やっぱりあたしなんかを守るためにそんな手間を掛けるなんて、頭でわかっていても心が着いていかない。
貴族の世界というのは、まだまだわからないことがいっぱいだ。
ネイクは、自分の価値をよくわかっていないようです。
次回パスール視点は、9月4日(月)午前零時更新です。




