裏33-1 それぞれの半年(ミルティ視点)
「いいかい、ミルティ。僕は、君と対等なパートナーでありたい。
だから、僕のことはオルガと呼んでほしいんだ。様なんて、いらないよ」
「対等?」
「そうさ。年は僕の方が上だけど、家格は君の方が上なんだ。
本来なら、僕の方が君を様付けしなきゃいけないくらいだ。
父上はね、母上のことを幼い頃からずっと『ドロシー様』って呼んでたそうなんだ。婚約してる間も、ずっと。
それで、母上から、様を付けるなって言われてたんだってさ」
「伯母様が? どうしてですか?」
「母上はね、様付けで呼ばれると、壁を感じるんだって」
「壁ですか?」
「そう。対等な相手と見てもらえてないって感じるんだってさ。
ミルティは、ずっと僕を『お兄様』って呼んでくれてたけど、兄だと思ってたわけじゃないだろ?
僕もね、ミルティがあの夕焼けで感動してくれたのを見て、君となら価値観を共有できると思ったんだ。
同じ景色を見て美しいと思い、同じものを食べて美味しいと思う。それが僕の理想だったみたいだ。一昨年、ミルティと遠乗りして、一緒にサンドイッチを食べて、夕焼けを見て。
ミルティとじゃなきゃ、ああいう気持ちにはならないと思うんだ。
僕は、君と一生そういう気持ちを重ねていきたい。
だからね、お互い対等でいたいんだ」
「対等…。
私は、ずっとオルガ様…オルガの傍にいたいと願ってきました。
心を偽らず、私に本音で接してくれるあなたと。
私は、ずっとあなたと結婚したいと、あなた以外の人とは結婚したくないと、思ってきたんです。
どうしたらあなたと結婚できるか、それだけを考えてきました。
私があなたを…オルガを好きなのと同じだけ、オルガも私を好きでいてくれますか?」
「僕は、正直言って、一昨年まではミルティのことを妹だと思ってた。
でもね、卒業が近付いて、政略結婚が現実味を帯びてくる中で、ミルティ以外に価値観を共有できる女性はいないって思ったんだ。
一緒に遠乗りして、大きな口でサンドイッチにかぶりつく、そんなミルティが僕は好きだよ」
そうして、私は念願だったオルガの婚約者となれた。
私の代わりに公爵家を継いでくれたお姉様には、感謝してる。ううん、感謝なんて言葉ではすまない。
殿下を押しつけないですんだことだけが救いだ。
伯父様は、この春、侯爵位を継ぎ、名実共にオルガは次期侯爵となった。
ジェラード侯爵夫人の座を狙っていたハイエナ共が私を目の敵にしているけど、負け犬には好きなだけ吠えさせておいてやろう。
私は、オルガを支え、同じものを見て生きていく。
そのために、まずはジェラード領の実態を学ぶ。
オルガと一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒に学ぶ。
お祖母様は、お祖父様の希望を叶えるために生きた。
私は、オルガと一緒に笑うために生きよう。
オルガは、この春、学院を卒業して領地に帰った。
帰る前に、私に、長期休暇には待ってるって言ってくれた。
私が卒業するまでは3年近くあるし、来年にはお姉様が、再来年にはネイクが卒業してしまう。
私は、1人で学院に残されて、周りが敵だらけになるだろう。
でも、平気だ。学院は、オルガの役に立てる私を育てるための場所だから。
そして、長期休暇には、オルガに会いに行く。
かすかな希望に縋って頑張っていた頃に比べたら、後で楽しみが待っているとわかっているんだから、天国みたいなものだ。
今、私は、長期休暇を利用してジェラード領に向かってる。
私の専属護衛だったルージュはお姉様の護衛になって離れたけど、学院の外では、今でも影が張り付いてる。
跡継ぎでなくなったとはいえ、私がゼフィラス公爵家の娘であることは変わらないし、お姉様に対する人質としての価値もある。
私には、生涯護衛が付くことになるだろう。
そのことは、私が跡継ぎであろうとなかろうと変わりはしない。
ネイクだってそうだ。
ネイクは、私以上にお姉様の弱点になりうる。
「この国の民」というお姉様にとっての漠然とした存在は、ネイクという友人によって具体性を与えられている。
市井に生きる民を知らないお姉様にとって、ネイクがその代表だ。
ニコルの時、ネイクが狙われたのは偶然なんかじゃない。
ネイクの価値…文字どおりの意味じゃなく、道具としての意味で理解している奴は、きっとまた出てくる。
これから先、民のためにお姉様が生み出す様々なものを横取りしようとする奴らが。
ネイクには、護衛を付けるべきだ。
直接にも間接にも、もうネイクはこの国の行く末に大きな影響を与えるところまで来ている。
お姉様に対する人質にされたら、お姉様は逃げられないだろう。まして、ネイクが殺されでもしたら、お姉様が受ける衝撃と痛みは、とんでもないものになる。
私が王都にいる今のうちに、お父様に言っておかないと。
「お父様、お願いがあります」
「珍しいな。お前が素直に願い事など」
「自分のことではありませんので。
お父様、ネイクに護衛を着けてやってください。
彼女は、人間としても素晴らしいものを持っていますが、それだけでなくお姉様に対する人質として価値を見出すバカ共が現れかねません。
ニコル事件のようなことがまた起きないとも限りません。一刻も早く、ネイクに護衛を」
お父様は、軽く溜息を吐くと、疲れたような笑いを浮かべた。
その小馬鹿にしたような笑いは何よ! 私は真面目に心配してるのよ!
「そう不機嫌になるな。
お前が母上に似てきたと思っただけだ」
お祖母様? お祖母様が何の関係? 似てきたって…。
「ネイクミット・ティーバには、ニコル事件の後、すぐに護衛が着けられた。
母上がな、また狙われる恐れがあるから必要だと、陛下に掛け合ったんだ。
まさか、お前が同じことを言い出すとは思わなかった」
お祖母様が。そう、護衛が着いているなら、いいわ。
「わかりました。ありがとうございます」
退室しようとしたら、お父様に呼び止められた。
「ミルティ。ネイクミット・ティーバだけじゃない。
マリーに近しい存在には、皆等しく危険がある。
お前はオルガに嫁いで我が家を離れることにはなるが、当然、影が付いていくことになる。
お前には話していなかったが、元々、ジェラード領は研究については重要拠点だった。
叔母上が王都に出てきたことで、向こうの研究施設は凍結・廃棄されたが、それでも多くの新作植物を栽培している領地であることは変わらない。
以前に比べて人数は減ったが、今後も影が動き回ることにはなる。
お前やオルガも、マリーに対する人質になりうるという点では変わらないからな。
表立って着いている護衛はルージュだけだからマリーの専属になったが、そのほかにも護衛は着いているんだ。安心して過ごすといい」
「わかりました。ありがとうございます」
そういえば、お父様は、私が大伯母様の研究のことを知ってるって知らなかったんだっけ。
ま、今でも詳しく知ってるわけじゃないんだけど。
大伯母様が毎年うちを訪ねて来る時に報告書を持ってるんだもの、大凡のところくらいはわかるわよ。
内緒にされる理由もね。
まあ、お姉様の安全のためなら、内緒にされるのも仕方ないわね。
今回から6回にわたって裏33話「それぞれの半年」シリーズが続きます。
それぞれ短めなので、少々変則的に“2日おきに更新”という形にします。
次回裏33-2話は、8月29日(火)の午前零時更新となります。




