33 最後の夏、初めての夏
学院での最後の長期休暇を迎えました。
単位の取得は予定どおりで、来春には無事卒業できます。
ネイクと離れるのは寂しいですが、私は卒業しても王都のジェラード邸に住み続けることになるので、休日には会えるでしょう。
そして、王都で過ごす初めての長期休暇です。
私には初めてですが、おばあちゃまが院生だった頃は、長期休暇に領地に帰ったことはなかったそうです。
研究室の植物たちの様子を見に通い、おじいさまとお出かけして。多分、おじいさまとのお出かけが主目的だったんだと思いますけれど。
この夏、おばあちゃまは、おじいさまとお出かけしましたが、そのほかに何度かリリーナさんと会っていました。
護衛の関係などもあって、リリーナさんが屋敷にいらっしゃる形です。
リリーナさんとは、私はお祖母様の葬儀以来ですが、おばあちゃまもお友達と水入らずで過ごしたいでしょうから、挨拶だけで席を外すようにしています。
おばあちゃまは、学院卒業以来、リリーナさんとは年に1回会えるかどうかだったそうなので、いつでも会える今の環境は嬉しそうです。
おじいさまもリリーナさんと面識があるそうで、屋敷でも何度か顔を合わせています。
この前、少しお茶をご一緒して聞いたのですが、驚いたことに、リリーナさんは元々はお祖母様が苦手だったそうです。
お祖母様と普通に会話できるようになったのは、研究所に入った後なんだとか。
なんでも、お祖母様は学院では気難しいと評判だったのだそうです。
「私は、そんなこと思いもしなかったわねえ。
いつも冷静で落ち着いていて、とても理性的な方だと思っていたわ」
「そんな風に思えるのは、セルローズ様がカトレア様と気がお合いになったからでしょうね。
私は、殿下との初対面であんな失礼なことをしたせいで、嫌われていると思っていましたから、お会いするのも怖くて」
「理不尽な怒り方をするような方ではなかったわ」
「それは、後でわかりましたけど、あの頃は…。
あの方は、見た目で損をなさっておいででした」
私の知らない昔の話で盛り上がるお二人の邪魔をしてもいけないので、私は黙って話を聞いていました。
ああいうのって、なんだか羨ましい。
いつか私も、ネイクとああやって昔話をする日が来るのでしょうか。
30年後。今まで私が生きてきた、更にその倍の時間。想像も付きません。
後で、おばあちゃまにそんなことを聞いてみました。
「それは、いつか振り返る日もあるんじゃないの? マリーの場合、結構波瀾万丈な学院生活を送っているのだし。
楽しかったことは勿論、辛かったことも、時が経てば笑って話せるものよ。
充実した日々を送ったのなら、それはみんな宝物になるわ」
「辛かったことも…ですか?」
「そうよ。私がヴァニィへの恋心を自覚したのは、ある殿方から王城に上がるよう誘われた時だったけど、当時はとても気持ち悪くて不安になって、それはもうひどい精神状態だったと思うわ。でも、今にして思えば、あれがあったから自分の気持ちに気付けたのよ」
「あの、それって、前に話してくれた、他の人にプロポーズされそうになって鳥肌が立ったって時のことですか?」
「ええ、そう。よく覚えてたわねえ。
私はね、いつからヴァニィを好きだったのか、自分でもわからないの。あの頃は、不思議なくらい鈍かったわ」
「腕を組んで歩くものだと思っていたとも聞きました」
「そうね。どうしてかしらねえ。ヴァニィと歩く時はそうするものだと思ってたのよ。子供だったわねえ」
私も、いつか、学院時代を笑って振り返る日が来るのでしょうか。
アーシアン殿下に恋をして、破れたことも。
今では、殿下のことを考えても、胸が痛くなりません。
10年近くもお兄様のことを想い続けたミルティとは、全く違います。
私が冷たいだけなのか、殿下が運命の人でなかったせいなのか、それはわかりません。
確かめるには、私が運命の人に巡り会うしかないわけで、前提からもう破綻しています。
ともかく、今の私にできること、やるべきことは、残り少ない学院生活を、悔いの残らないように全力で過ごすこと、それだけです。
とはいえ、特別なことをする必要はありません。
ネイクやミルティとの時間を大切に、そして研究を中心に。
おばあちゃまから引き継いだ研究に、全力を傾けて。
せっかくおばあちゃまと一緒に研究できるのですから、1秒だって無駄にはできません!
研究の成果を喜んでくれる人達のために、そして、それがおばあちゃまと私の研究の成果だと胸を張るために。
私は、残り8か月を全力で過ごすのです。