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裏4 護身術と貴族の嬢ちゃん(クロード視点)

 今回は、護身術の訓練相手のクロード視点です。

 俺の名はクロード。

 王都の養成学校で「影」になる訓練をしている…いた。

 今は、王都の東にあるジェラード侯爵領というところに向かっている最中だ。

 別に、学校を辞めさせられたってわけじゃない。

 俺のいる養成学校は、普通の学校じゃない。

 素質のある者が選ばれて放り込まれる、戦闘技術の訓練機関だ。

 ガルデン王国(この国)は平和だが、何もしないで平和でいられるわけじゃない。

 隣国から攻められることのないように外交するには情報収集が必要だし、国内の貴族の中から不穏分子を捜すことも必要だ。

 この機関に入った者は、それぞれの能力に応じて、ある者は騎士に、ある者は護衛に、ある者は「影」と呼ばれる密偵になるべく技を磨いている。

 ここでは、キドー師匠を最高師範として、最初のうちは、その弟子を通じて教えを受け、ある程度腕が上がると、直接師匠の教えを受けられるようになる。

 俺は、8歳でここに入って6年になるが、3年ほど前に、直接指導を受けられるようになった。

 11歳でそこまでになれる者は、多くない。

 俺の技量は、ちょっとばかり自慢できるレベルのものだ。


 師匠は、詳しい出自はわからないが、代々王家に仕えている武門の家の出身だと言われてる。

 今の王様が王太子だった頃に護衛をしていたこともあるって話だ。

 師匠に何度か胸を借りたことがあるが、師匠は、騎士みたいなお綺麗な剣捌きも、盗賊みたいなこすっからい剣捌きも、自由自在に使いこなす。

 本来の剣筋がどういうものなのか、想像も付かない。

 いつか、師匠と本気で仕合えるほどの腕になりたいと思う。

 もっとも、俺は影として、危険の排除や情報収集、暗殺を任務とすることになる予定だから、師匠とやり合えるような腕になるのは難しいだろう。



 その師匠が、2年前から、王都とジェラード侯爵領を行ったり来たりしている。

 ジェラード侯爵領といえば、養成学校(うち)で生え抜きの護衛や影が派遣される花形の派遣先だ。

 たしか、王立研究所の秘密の研究施設があって、国内外から研究内容を探りに来る密偵が後を絶たないって場所だったはずだ。

 とはいえ、師匠が今更自分で護衛の仕事をするわけもないし、いったい何が目的なんだろう。

 師匠がジェラード侯爵領に行ってから、俺の同期のルージュも結構な頻度でジェラード侯爵領に呼ばれていった。

 養成学校(ここ)に入ったばっかみたいなチビや、既に一人前として動いてる人も呼ばれてる。

 共通しているのは、女ってことだ。

 ハニートラップの類にしちゃ、チビが呼ばれるのは解せねえし、とか思っていたら、思わぬところから答えが返ってきた。

 次は、俺がジェラード侯爵領に行くことになったんで、先に何度も行ってたルージュから、仕事の内容も教えてもらえたんだ。


 仕事は、10歳の貴族の小娘のお相手だそうだ。

 なんでも、今の侯爵の息子の嫁が、ゼフィラス公爵家のお嬢さんで、その娘、要するに侯爵の孫娘に護身術を教えるため、いろんな年代の女を呼んでたんだと。

 侯爵家令嬢ともなると、護身術の訓練でも、下手に男を近づけるわけにはいかねえらしい。

 じゃあ、俺はいいのかって話なんだが、なんでも少し腕が上がったので、今度は男が相手でもブルっちまわないよう、あんま顔の怖くねえ、年も近い俺を相手に選んだんだとか。

 童顔なのは、俺、気にしてるんだけどなぁ。

 あと、俺が、教本どおりから力任せまで、幅広い剣術を操れるのも都合が良かったそうだ。

 剣捌きが器用なのは、影にとってはいいことなんで、前から褒められてるところだし、そこが評価されてるのは、素直に嬉しい。


 で、肝腎の嬢ちゃんの腕はってぇと、ルージュいわく、まあまあらしい。

 (かどわ)かし防止の体術から始まって、今は自衛のための短剣術を中心に、実戦的な訓練をしてるとこだそうだ。

 刃引きとはいえ、鉄の剣で実際に斬りかかってくるのを避けさせるなんざ、貴族の嬢ちゃんに何やらせてんだか、師匠は。

 ルージュに聞いたところじゃ、嬢ちゃんは

 「飲み込みは、かなりいいかな。

  ただ、体力が決定的に足りない。

  腕力がないから、細剣にも振り回されてる。

  おまけに、足運びがなってない。

  クロード(あんた)が呼ばれたのは、男を相手にすることに慣れるためだろうね。

  今までは、あそこん()のお坊ちゃんが相手してたんだけど、学院に行っちまったからねぇ。

  あんたに慣れたら、もっと強面を連れてくんじゃない?」


 ルージュにそんなことを言われて王都を出て、のんびり馬に揺られること3日。

 ジェラード侯爵領に着いた俺は、嬢ちゃんと顔合わせをした。

 いかにもお貴族様らしい、苦労知らずな娘ってのが第一印象だった。

 フワフワした白金の髪に、ややツリ目がちな青い目、気の強そうな見た目に反して柔らかい物腰と、いい意味で典型的な貴族のお嬢さんだ。

 ルージュから聞いてたから心配しちゃいなかったが、悪い意味で典型的なお貴族様だったら、訓練の時に力の加減を間違えてたかもしれねぇ。



 それで訓練の内容だが、この嬢ちゃんに刃引きの剣で斬りかかるというものだ。

 ルージュくらいの力なら、正面からでもいなせるから、腕力は6割くらいまでに加減しなきゃならねぇが、それ以外は加減しなくていいそうだ。

 ホントかよ…。



 実際に斬りかかってみて驚いた。

 何が「まあまあ」だよ。

 何が「足運びがなってない」だよ。

 一見メチャクチャな足運びだが、どんな力を掛けてもステップで威力を殺してるし、吹っ飛ばされたように見えても姿勢が崩れねぇ。

 ありゃあ、吹っ飛ばされたフリしてやがる。

 その証拠に、こいつは一度も転んでねぇ。


 どうなってんだよ、このお嬢さんは。

 力尽くで斬りかかれば、刃を逸らしつつ自分からステップで飛んで威力を殺すし、剣筋を途中で変えてみても対応して受け流す。

 オマケに、フェイントまで見切りやがる。

 今のフェイントなんて、ルージュでも引っかかるぞ。

 このお嬢さん、何者だよ。

 この俺が、1時間相手して、一度も剣を当てるどころか転ばせることもできねえなんて。


 俺は、試しに、本当に殺気を放って斬りかかってみた。

 そしたら、このお嬢さん、驚いて硬直しちまった…ように見せて、なんと前に出やがった。

 右上から斜めに振り下ろした俺の剣の腹に両手で短剣を押し当てるようにして受け流し、その勢いで体を右回りに一回転しながら俺の右脇を抜けていった。

 しかも、抜けながら、短剣を俺の脇腹に突き立てようとまでしてやがった。

 俺が、受け流された時点で一歩前に出てなかったら、右脇腹に思いっきり食らってたはずだ。

 ホントにこいつ、何者だよ!?



 俺は、訓練の後、一部始終を見ていた師匠から、別室に引っ張ってかれた。

 殺気を放ったことについてどやされるのかと思ったら、師匠は、意地の悪い笑みを浮かべながら

 「どうだ、今の気分は」

とか聞いてきた。


 「ありゃ、何者(ナニモン)です? 実戦経験のない貴族のお嬢さんってのは嘘ですよね? ルージュよか、よっぽど強いでしょう。

  俺の殺気にだって動じねぇし。

  なんだって戦えないフリなんてしてんです?」


 「あの方は、正真正銘、戦いなんぞ知らない生粋のお嬢様だ。

  なかなか面白く仕上がってるだろう。

  本人も、自分の力を把握してない。

  そういう依頼なんでな」


 そういう依頼(・・・・・・)? 暗殺者にでも育てる気かよ?


 「どういうことです?」


 「あのお嬢様は、狙われる。

  あちこちの貴族から。下手すりゃ国外の密偵からもだ。

  それだけの価値がある。

  だから、一見ただのお嬢様に見せて相手を警戒させず、どんな一撃からも逃げ延びられるように指導した。

  あのお嬢様の秘めた能力に気付けたお前は、影としては相当に有能だってことだ。

  胸張っていいぜ」


 「ゼフィラス公爵の孫娘、先王の曾孫…でしたね。

  でも、その程度じゃ、そこまで狙われる理由にゃならんでしょう。

  公爵家からすりゃ外孫だし、今の陛下の直系ってわけでもねぇ。

  王家の血を引いた娘くらい、公爵家にならいくらでもいるはずじゃあ?」


 「王家の血、ならな。

  ジェラード侯爵令嬢ってところに意味があるんだよ」


 「ここの研究施設絡みですか?

  いったい何があるんです?」


 「不世出の才媛って、知ってるか?」


 「…いえ」


 「貴族の間じゃ有名な話だがな、ここの侯爵夫人は、飛び級っていって、王立学院に入学して2か月で3年生と肩を並べたほどの天才だ。

  養成学校(うち)で言えば、入ったばかりのチビが、2年修行した奴をあっさり伸しまくったってとこだな。


  夫人は、卒業後すぐに結婚して、ジェラード侯爵領(ここ)に引っ込んだが、王立研究所が作った新種の作物の栽培許可は、常に真っ先にここに下りる。

  侯爵夫人がゼフィラス公爵夫人の取り巻きの中でもお気に入りだったってのは有名だから、ほとんどの貴族はそう信じてるが、そうじゃない。


  侯爵夫人は、ゼフィラス公爵直属の秘密研究員として、ここで色々作ってる。

  覚えとけ。新種の作物は、ここの研究施設で生まれるんだ。

  そして、ごく一部の貴族は、そのことを知っている」


 「だから、影が張り付いてんですか」


 「そういうことだ。

  研究が盗まれれば大事だし、侯爵夫人の身に何かありゃ、戦になりかねん」


 「でも、それと孫娘は関係ねえでしょう。

  そりゃ、お嬢さんと結婚すりゃ親戚になれるけど、そんなに旨味がありますかい?

  まさか、あのお嬢さんも新種の作物作ってるってわけじゃねぇでしょう」


 「今は、な」


 え?


 「確かに、今はまだ(・・・・)作っちゃいない。

  だが、多分、5年後には作ってる。

  ゼフィラス公爵夫人からは、そのつもりで警護に当たるよう依頼されている」


 「まさか、あんなちっこいのが…」


 「侯爵夫人がアライモを作ったのは、14歳の時だ。

  まさしく、あんなちっこいのが、国を揺るがす大発明をしたんだよ。

  実際、お嬢様が剣を握って、まだ1年だ。

  剣の才能だけでも食っていけると思わんか?」


 …確かに。

 俺が養成学校に入って6年…ってことは、ルージュも6年いるってことだ。

 そのルージュの目を欺いて実力を隠し、下手すりゃルージュよりも強い奴が、まだ剣を握って1年だってのか。


 「だから、普通の貴族令嬢に見えるよう、体は作らせない。

  運足も、本人の自己流にさせている。

  攻撃も教えない」


 「ちょっと待ってください!

  彼女、さっき、えぐい反撃してきましたよ!?

  あれ、教えた技じゃねぇんですか!?」


 ほとんど叫びのようだった俺の問いに、師匠の答えは冷たいものだった。


 「教えていない。

  あれは、腕を捻られそうになった時の対処法として教えた肘撃ちの応用だろう。

  天性の勘だ」


 「あれが勘?

  殺気を当てられるのだって初めてでしょう。

  普通なら、すくみ上がるところだ。

  それを咄嗟の判断で反撃までできんですか!?」


 「天才ってのは、そういうもんだ。


  お嬢様を襲ってくるのは、刺客だけじゃない。

  道理を知らない貴族の小僧が、強引に言い寄ってくることもあるだろう。

  そんな時、正当防衛を主張できる反撃以外は、相手につけいる隙を与えるからな。

  お嬢様の方から手を出す技術はいらないんだ。

  感覚だけでやってるが、お嬢様の反撃の度合いは、相手の攻撃の脅威度に応じている。

  お前の攻撃にきつい反撃が来たのは、殺気に反応したからだ。無意識だがな。

  正しく天才だよ。


  もし、その天才が剣だけでないとしたら?

  これほどの才能が、研究でも発揮されるとしたら?

  狙われるとは思わんか」


 「狙われますね。

  俺なら、万全の計画を練って、一服盛って攫います」


 「だから、才は見せない。

  運足もでたらめ、受け流しきれずに大きく飛ばされる。

  そうやって、敵が油断してくれた方が助かるからな」


 「なるほど。


  俺、影になったら、お嬢様の護衛させてもらえますか?

  護衛は、お嬢様の価値を知ってる奴の方がいいと思うんですよ」


 「お前が、これからお嬢様と信頼関係を築けたら、そうしてやろう。

  お嬢様は、影の気配にも敏感でな。

  嫌いな人間が見張っていると気付くんだ。

  お前が嫌われてしまえば、影につくのは無理だぞ」


 「嫌われないよう、努力します」





 こうして、俺はマリーお嬢様が学院に入るまでの2年間、訓練相手として過ごすことになった。

 時折ルージュやほかの大人も訓練相手に呼ばれるが、俺は常にお嬢様の傍にいた。

 剣術だけでなく、棍や投げナイフなんかの対処法も俺が教えたってのは、ちょっとした自慢だ。

 護身術の練習相手という俺の仕事は、お嬢様が学院に向けて出発する前の週に終わった。

 ジェラード侯爵領を離れる俺に、お嬢様は、ハンカチをプレゼントしてくれた。


 「私が刺繍したものです。

  お守りだと思って持っていてください。


  クロード、これまでありがとう。

  あなたに教わったことは、忘れません」


 おいおい、侯爵家のご令嬢が、どこの馬の骨ともわからん奴に刺繍入りのハンカチなんて渡していいのかよ。

 うわ、家紋かよ、刺繍も巧いじゃねぇか。

 どこまで天才なんだ、このお嬢様は。

 家紋入りのハンカチを渡すことの意味わかって……んだろうな、きっと。

 まったく、お人好しが。


 「その技が一生役に立たないことを祈ってますよ、お嬢様。

  それじゃあ、どうぞお元気で」


 こうして、俺はお嬢様に別れを告げた。

 つっても、影からお嬢様をお守りするのが、これからの俺の仕事なんだけどな。

 どんな奴からも、どんな悪意からも、絶対(ぜってえ)守ってやっからな、お嬢様。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはりすごい人だったね、師匠。 「ベスト・キッズ」のミスター宮城が浮かんだー。 [気になる点] >家紋入りのハンカチを渡すことの意味 は、侯爵家の庇護下(アンタッチャブル)にしたってこと…
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