32 4年目の春
学院で迎える最後の春です。
今、私は、王都のジェラード侯爵邸に住み、そこから学院に通っています。
この屋敷はお祖母様が用意したもので、使用人も信用のおける人を厳選しているそうです。
私の専属護衛になったルージュもここに住んでいます。といっても、実はどの部屋に住んでいるのか、私は知らないのですけれど。
おばあちゃまは、お祖母様との約束どおり、この春、王都に出てきてくれました。なんと、おじいさまと一緒です。
侯爵位と領地は、お父様が継ぎました。
お兄様は、この春、学院を卒業して領地に帰りました。
3科目も飛び級したお兄様は、王城から声が掛かっていたのですが、領地を継ぎたいからと断ったそうです。
ミルティは少し寂しそうですが、お兄様から、長期休暇には待ってるからと言われたそうで、休暇を指折り数えています。
周囲の噂は相変わらずで、その上、ジェラード侯爵夫人の座を狙っていた令嬢達からも目の敵にされているようですが、ミルティは全く気にしていないようです。
「オルガをこの世で一番愛しているのは私ですから。誰にも負けてなんてやりません」
などと胸を張っています。本当に逞しいです。
ネイクは、相変わらず忙しいようです。
お父上に頼まれて、去年の夏以降、王都の商会の子女を相手に、学院の入学試験のための講義をしていたのですが、その評判が良くて、今年も、という話になったそうです。
お父上の商売の義理などもあって、断れないんだそうで。
その辺りについては、アインさんは、ほどほどに相手してやった方がいいと助言したそうです。
ネイクのお陰で学院に合格した人は、ネイクに感謝することになるし、どこかでネイクのためになるかもしれないから、と。
基本、アインさんは、ネイクとの将来を考えて上手く立ち回ろうとしているので、ネイクはアインさんの助言に従います。
ああやってひたむきに着いていくという愛の形もあるんですね。
正反対のミルティとネイクが仲がいいのも不思議です。
研究室2年目となったアーシアン殿下は、苦労しているようです。
全くの手探りで、1年目は成果は挙がりませんでした。手探りなんだから、当たり前です。
一度、相談を持ってこられたのですが、私ではお役に立てませんから、とお断りしました。
今やお兄様の婚約者となったミルティを巻き込むわけにはいきませんし、私が今、殿下に近付いたら、殿下がゼフィラス公爵家に婿入りするという噂が流れるのが目に見えています。
殿下も、研究に一所懸命になるのはいいですが、もう少し周りを見る余裕がほしいですね。
私の方は、新しい屋敷にも慣れてきました。
ミルティやネイクと離れて住むのは少し寂しいですが、久しぶりにおばあちゃまと一緒にいられるようになったことは、とても嬉しいです。
研究の打ち合わせなどは屋敷の方でやって、研究室では、実際の作業をするといった感じです。
私も研究室にだけ行っているわけではないので、おばあちゃまとは研究室で待ち合わせることが多いです。
最初に研究室に入った時、おばあちゃまはその変わりように驚いたそうです。
この研究室は、35年前におばあちゃまとお祖父様が研究していた建物ですから。35年の間に増築・改築を重ねて、今では元の姿は分からなくなっているとお祖父様が仰っていました。
もっとも、おばあちゃまは
「やっぱり30年も経つと変わってるわねぇ」
と、あまり驚いているようには見えませんでしたけれど。
私の研究していたとうもろこしの方は一応完成したので、この春からは何か別のものを考えなければならなかったのですが、ちょうどおばあちゃまが王都にいらして、領地の研究室を閉めることになったので、あちらの続きをここでやることになりました。
そうなると、私の研究とは言えなくなりそうですが、おばあちゃまからの研究の引継という名目には合致するので、あまり気にしなくてよさそうです。
今は、なかなか世代間で安定しない小麦と、同時進行でやっていた綿花の研究をやることにしました。
おばあちゃまの研究ですけれど、私が引き継いで、いずれ完成した時には、おばあちゃまとの共同研究として発表します。
直接おばあちゃまの名前を世に出すチャンスですもの、無駄にはできません。
さすがにこの1年で完成できるとは限りませんが、完成しなければ、研究所に持ち越して研究を続ければいいのです。
まだまだ時間はたっぷりあります。
「そう言えばマリー、殿下とはその後、研究の話はしないの?」
おばあちゃまが殿下の研究を気にするとは思いませんでした。
ああ、そういえば、綿花の方が完成したら、染めてみたいと仰っていましたね。
「お互い立場がありますし、そう気安くお話するわけにもいきませんから。
それに、殿下の研究は殿下おひとりのものです。私がしゃしゃり出てもご迷惑になるでしょう。
うまいタイミングでお互いの研究が完成したら、組み合わせての発表というのもいいかもしれませんね」
「本当に一から始めた研究なら、同じ時期に完成とはならないでしょうね。
少し残念だわ。マリーの口から初めて名前が出た男性がどんな方か、見てみたかったのだけど」
「優秀な方ではありますけど、お会いしても面白いことはないと思いますよ? お祖父様ほど研究に一途というわけでもありませんし」
「そうね。
とりあえずは私達の研究に集中しましょうか」
こうして、私の至福の研究タイムは帰ってきました。
学院最終学年スタートです。
マリーは、二段飛び級のお陰もあって、セリィと同じく1年早く4年で卒業します。
同じ学年であるネイクやアインは、来年卒業となります。




