裏31-2 理解できない(ナシール視点)
そのころ(同じ年末休み)のネイクの状況です。
もちろん、カトレアの状況は知りません。
明日、ネイが帰ってくる。
今回、どうやって帰ってくるのかは知らないが、この前ドリストの親父さんから知らされた噂が気になる。
場合によっては、ネイの立場が危ないかもしれない。
貴族に関わるなら避けては通れないところだが、ネイのような素直なタイプは、うまく立ち回れないから心配だ。
心配していたんだが。
ネイは、ごく当たり前のように、ゼフィラス公爵家の馬車で送られてきた。オークール子爵令嬢と一緒に。
「兄さん、ただいま!
男の子だって? おめでとう!」
おかしい。
なんで、こんなに明るい? 強がってるわけでもない。
貴族のお家騒動に巻き込まれたんじゃないのか?
「おい、ネイ、公爵家の馬車に送られてきたけど、大丈夫なのか? 今、公爵家はお家騒動の真っ最中なんじゃないのか?」
ネイは、目をパチクリしている。何を言われてるかわからないといった感じだ。
まったく、どうなってんだ?
「あのさ、兄さん。もしかして、マリー様とミルティ様のことを心配してる?」
「そうだよ! お二人に挟まれて、大変だったんじゃないのか!?」
「あ~~~~。心配してくれて、ありがと。
でも、よく知ってたね。もしかして、ドリストの旦那様?」
「ああ。王都での噂は、なるべく拾ってくれてんだ。色々商売にも影響するからな」
「そっか。じゃあ、もしかして父さんも?」
「まあ、それなりに。当然だろ」
「変に心配させるのもなんだから黙ってたんだけど、却って悪かったね。
マリー様達のことなら、何も心配いらないから。
後で、ちゃんと説明するよ」
ネイの奴、本当にあっけらかんとしてやがる。
人をこれだけ心配させといて。
親父さんから聞いた噂ってのは、ゼフィラス公爵家でお家乗っ取りがあったってものだった。
ジェラード侯爵令嬢がゼフィラス公爵家に養女に入って跡を継ぐことになり、公爵令嬢がジェラード侯爵家のご子息と婚約したとか。
誰が見たって、侯爵令嬢が公爵令嬢を押しのけたようにしか見えない。
普通、貴族の家は嫡男が継ぐって決まってるから、後継者争いなんて起こらないんだが、ゼフィラス公爵家は嫡男がいないからな。
それだけなら他人事なんだが、なにしろネイは、公爵令嬢にも侯爵令嬢にも近い位置にいるから、下手をするとモロに波を被っちまう。
そりゃあ、心配するだろうが。
こちらの心配を知ったネイは、すぐに親父のところに行って、俺達2人に説明を始めた。
「あたしは、噂の方はよく知らないから、あたしの知ってる範囲で話をするけど。
まず、マリー様が公爵様のところに養女に入ったの。これはね、公爵家と王立研究所を継ぐためなの。
後で教えていただいたんだけど、一応、夏くらいには、マリー様に打診があったらしいよ。
で、ミルティ様は、マリー様のお兄様と婚約なさった。これも、本当の話。
多分、噂って、マリー様が公爵家の跡継ぎの座を奪ってミルティ様を追い出したって感じになってるんじゃない?」
感じになってるどころか、今の話が本当なら、それ以外の何者でもないだろうが。
「う~ん…。そう思われるのも仕方ないとは思うけど、本当のところ、ミルティ様がマリー様にお願いなさったんだよね。公爵家継いでほしいって。
マリー様は、ミルティ様のために、養女の話が出た時、迷わず頷いたんだって」
「なんで公爵家の家督を自分から譲るなんて話になるんだ!? 犬や猫の子じゃないんだぞ! 普通は奪い合いになるほどの地位だろう!?」
「何が欲しいかなんて、人それぞれだから。
アイン様だって、貴族のお嬢様よりあたしを選んでくれたし。
婿入りすれば黙ってても子爵位を継げるのに、あたしと結婚して爵位を掴み取る方がいいって言ってくれたのよ。爵位なんか貰えるかわからないのに。あたしの方がいいって。
ミルティ様も同じよ。
ミルティ様はね、マリー様のお兄様と結婚したかったのよ。ずっとチャンスを狙ってたの。
だから、マリー様に公爵家を継いでほしいって、前からお願いしてたらしいよ」
「前から?」
「いつお願いしたかは知らないけど、マリー様が植物学で二段飛び級なさった時から考えてらしたみたい。
ゼフィラス公爵家の当主様は研究所の所長になることになっていてね、ミルティ様は、次の所長にはマリー様が相応しいから、養女の話が出るだろうって予想してらしたみたい。
だからマリー様に、その時は受けてくださいってお願いしてたの」
「…とても信じられない話だな」
ポツリと、親父が言った。
俺も全く同意見だから、脇で頷いてたけど。
公爵家の跡取りが、自分からその座を捨てるなんて、あり得ない。
「まあ、そうだろうね。
学院でも、マリー様がミルティ様を追い落としたって噂がまかり通ってるもの。
でも、あたしは最初から聞いてたから。
ミルティ様は、マリー様のお兄様に嫁ぐための手札として、経営学を飛び級したのよ。領地経営の役に立つってアピールのために」
「ちょっと待て! 飛び級って、そんな簡単にできるものじゃないだろう! 2~3年に1人って、超難関なんだぞ!」
「ミルティ様の本気に掛かれば、できるんだよ。簡単とまでは言わないけどさ。
ミルティ様との勉強会では、算術とか料理とか、経営学以外のことも色々やってたけど、全部で週3時間くらいだった。
経営学は、去年の年明けから3か月くらい重点的にやったけど、それだけでミルティ様、飛び級しちゃったんだよ。それまで、教科書見たことだってなかったのに」
「3か月…」
住む世界が違うどころの話じゃない。
一体どういう頭してると、そんなことができる? ネイの教え方が上手いのか? そういや、夏にネイが教えてやった連中の親は、ひどく喜んでたが。
…ちょっと待て。今、料理って言わなかったか?
「おい。今、料理教えたって言ったか?」
「うん。言った。
マリー様のお兄様と外で食べられるようなものを作りたいって仰って。サンドイッチとか一緒に作ったよ」
「貴族が食べるようなもの、お前、作れるのか?」
「まさか。
あたし達が食べるやつだよ。
ミルティ様、料理なんか初めてなんだから簡単なものじゃないと作れないってば」
「俺達が食うようなもん、お貴族様の口に合うわけないだろう。ご不興買ったらどうすんだ」
それまで可愛がってた相手でも、ちょっと気に入らなければすぐに捨ててしまう貴族は多い。下手に不興を買えば、命にだって関わりかねないのに。
「ミルティ様は、そんな方じゃないよ。
第一、貴族ったって、剣術の講義の遠征とかだと、携帯食とか保存食とか食べるんだし。
実際、喜んでもらえたそうだよ。
マリー様も、ミルティ様がサンドイッチ作ったこと自体は驚いてらしたけど、お兄様が喜んだってとこは納得してたし。
あたしは、ミルティ様が遠乗りに行けたことの方に驚いたけどね」
「はあ!? 遠乗り!?」
「ミルティ様、去年うちにいらした後、マリー様のところの領地に行って、お兄様から乗馬を習ったんだって。
それで遠乗り行って、サンドイッチ食べたって」
「おい、ネイ。乗馬ってな、貴族のお嬢様の嗜むもんじゃないだろう」
「だからさ、それでちゃんとうまく行ったのよ。
大体さ、マリー様もお兄様も、ミルティ様とは生まれた頃からの付き合いなんだし、ミルティ様の性格くらいわかってるって。
ミルティ様がお兄様と結婚する上で最大の問題が、ミルティ様が公爵家の跡取り娘だってことだったわけで、そこをマリー様が養女に入ることでクリアしちゃったからね、すんなり行ったんじゃない?」
よくわかった。俺達には理解できない話だってことが。
話を終えたネイは、あっけらかんとして、俺の息子と遊んでる。
「うわ~、小っちゃくて可愛い。あたしも、そのうちアイン様の赤ちゃん産むんだろうなあ」
ジョアンナは、夏の一件があるから、ネイに心なしか下手に出ている。まあ、ネイはそんなことで調子に乗る奴じゃないから、2人は上手くいっているようだ。
もしかしたら、ネイの立場をうまく利用して立ち回るってのは、とんでもなく難しいことなのかもしれない。
とりあえず、これだけは唾付けとこう。
「ネイ、ナイルスがも少し大きくなったら、勉強教えてやってくれ」
「うん、わかった。ナイルスくん、おばちゃんと勉強しよっか~」
ナシールの息子ナイルス、ネイクの家庭教師予約です。