裏31-1 あなたのところに(カトレア視点)
…夢を見ていたようです。懐かしい夢。
ずっと気を張ってきたのが、いいところまできたせいで気が弛んだようです。風邪をひくだなんて。
頭の中に霞が掛かっているよう。体が重くて、手を動かすのも億劫。
「お祖母様、目が覚めましたか? 水をお飲みになってください。
喉を潤したら、スープと薬を。
苦しいでしょうけれど、まずは体力を回復させてください」
そう言って、マリーは私に吸い飲みで水を飲ませてくれました。
その後は、スープと水薬を。
正直、水を飲むのも苦しいけれど、まだやらなければならないことがあります。
こんなところで寝込んでいる暇はないのです。
とにかく体力を取り戻さなければ。
私は、なんとかスープと薬まで飲みました。
時間の経過がよくわかりませんが、ずっとマリーが看病してくれているようです。
どれくらい時間が経ったのかわかりませんが、夢を見ては目を覚まして、水とスープと薬を飲むということを、もう何回となく繰り返しています。
夢…学院時代の、セリィと会った頃の夢を見ます。
旦那様を奪われまいと、必死に立ち回っていた頃の夢。
「あなた、<転生ヒロイン>?」
「え? あ、ランイーヴィル様? すみません、ぼうっとしていて。何か仰いましたか?」
あなたが転生者でないと知って、どれだけ気が楽になったか。
出会った時は、生涯の友になるなど、想像もしませんでした。
「それで、セリィ、次の組み合わせなんだが…」
「殿下、婚約者のいる令嬢を愛称で呼ぶのはおやめなさいませ」
セリィの才能に惹かれる旦那様を見て、どれだけ焦ったことでしょう。
でも、セリィは、自覚はなかったようですが、自分の婚約者しか見ていませんでした。
誠実で、気のいい娘でした。
他の取り巻きの娘達とは違い、ランイーヴィル公爵家令嬢としてではなく、カトレアとして接してくれた。
心にもないおべっかなど言わず、常に本音で接してくれた。
腹芸だって策略だって得意なくせに、そんなものおくびにも出さずに。
「不世出の才媛の孫にして愛弟子ローズマリー・ジェラードは、セルローズ・ジェラードに比肩する成果を挙げたと世に知らしめてくれないか」
「最後の、世話を…ローズマリーを、あの子の才を…」
旦那様との最期の誓いは、ほぼ果たしました。
マリーは、研究者として独り立ちしましたし、研究所にも入ってくれました。
あと1年は、在外研究員ですが、卒業すれば、きちんと研究所に入ってくれます。
ゼフィラス公爵家の跡取りとして、好きなように動けるようにもしました。
後は、セリィを王都に呼べれば…。
まだまだ研究者としてはセリィの方が上ですもの、その技術と経験をマリーに与えてくれれば…。いいえ、2人が王都で揃って研究することこそが、旦那様の本当の望みですもの、なんとしても。
…いけない、体に力が入らなくなってきたわ。
これは、もう駄目かもしれない。
いいえ、まだよ。…まだ、死ぬわけにはいかない。あの人に、胸を張って会えないわ。
マリーを、この奇蹟の娘を、育て上げないと…、あと、ほんの少しで…
「マリー…」
「お祖母様」
「お祖父様の遺言を、研究を、お願いね」
「はい、お祖母様。約束します。すぐに卒業して、研究所に入りますから」
「もう少し…あと少しで、あの人のところに行ける…」
そう、あと少し。セリィに会うまでは死ねない。
もう…少し…お願い、私の命、そこまでもって…。
「お母様! ドロシーよ、わかりますか? セリィお義母様も一緒よ!」
「カトレア様! しっかりなさってください!」
ああ…セリィ…、間に合った…。
あと一仕事、これで終わりだから…
「セリィ…ありがとう。
あなたのお陰で、あの人は研究だけして生きられました。
あなたの研究を利用させてもらったことは、感謝してもしきれません。
その上、今度はマリーを研究所に引き入れなければならなくなりました。
ごめんなさい。
もう、そうしないとマリーの安全を守れないところまで来てしまったの」
私の生涯の友。欲得ずくでない、たった1人の、本当の友達…。
あなたへの対価は用意できなかったの。私が払える対価は…
「セリィ、あなたの力を借りなければなりません。
マリーを導く役を。
あなたがジェラード領を出たくないのは知っています。が、王都で研究の引継を…。屋敷は用意しました。
ジェラード領への還元は、今後もできるようにしておきましたから、あなたがマリーを支えてあげて…。
今回は、取引する材料がないの。
ごめんなさい。卑怯だけれど、友人として最期のお願いよ… 」
最期に、甘えさせてちょうだい。あなたの好意に縋らせて…
「わかりました。
カトレア様との友情に誓って」
やっぱり、あなたはそう言ってくれるのね。
「ありがとう」
これで、私の役目は終わり。
もうできることは、何一つ残ってないわ。
やっと旅立てる。
私の居場所、あなたの隣へ…
「あなた、最期の誓いは果たしました。
これで、ようやくあなたのところに行けます…」
どんな世界の、どんな場所でも構わない。あなたさえ、いてくれるなら。そこが私のいるべきところ。
絶対に、生まれ変わっても、あなたを見付けてみせますから。
待っていてください。あなた。
これまでカトレアの死を、3人称、マリー視点、カトレア視点と、3つの角度から描いてきました。
これで本当にカトレア退場です。
この後、前作後日談5「最期の願い」をお読みになると、多分、当時と印象がかなり変わるのではないかと思います。というか、変わってほしいなあ、と思います。




